恋文SF

 ついに、ついに私は成し遂げた。10年にわたる研究の末、とうとう―――


 研究は、人々の通信内容を盗み出すところから始まった。普通に犯罪だが、恋と戦争では手段は問わないものだ。ネット上を飛び交う大量の通信から、愛の告白を抽出する。それらを成功例と失敗例に分類し、分析するのだ。


 そしてついに、成功例に共通して見られる構造―――いわば、恋愛の文法を発見した。


 この文法に従って書いた恋文を送れば、ほぼ確実に相手はこちらに惚れる。実証実験では成功率は100%だ。すでに他の相手がいる程度ならば問題なく成功する。異性愛者を同性愛に目覚めさせることに成功した例すらいくつかあったのだ。


 ちなみに実証実験は、他人の愛の告白のメッセージを勝手に書き換える形で行った。ネット上を飛んでいく愛の告白を検知して、勝手に変換してから、改めて相手に送るのである。こちらも普通に犯罪だが、まあキューピットみたいなもんだし問題はないだろう。本来の送り主も喜んでたし。


 いま、目の前のPCにはエディタソフトが起動している。このエディタに、想い人が書いた文章を十分な量読み込ませる。相手の言語感覚がどんなものか、ソフトに学習させるためだ。そして雛形となる恋文を書けば、それを成功する恋文に変換してくれるのだ。


 そして、私はこれを一般に公開したりはしない。これを使って、10年前から想い続けている女性に恋文を送るのだ。


 エディタを開いた。すでに彼女がSNSに投稿した文章をいくつも読み込ませてある。雛形となる恋文を書き込み、変換し、確実に成功するはずの恋文を生成した。メッセージアプリを開いて、あとはコピペして送るだけ―――


 そこで、親友からメッセージが届いているのに気付いた。私の最も信用している友人で、このエディタもそいつにだけは渡している。なんでも、そいつも私と同じく10年間想い続けた相手がいるのだという。私が言えたことではないが、随分と一途な奴だ。


 いつもと違って、妙に長い文章を送ってきているようだ。きっと成功報告かなにかだろう。まあ、彼女にメッセージを送る前に、成功例をまたひとつ確認しておくというのも縁起が良いかもしれない。


 そして私は、親友とのトークルームを開き、メッセージを読み始めた―――。

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