お料理SF

 火星の日本地区に、電気を食べて生きる人々のコロニーがある。そんな噂がネット記者の間で流れた。そのコロニーは閉鎖的で、生身の体で直接訪問してくる記者以外からは一切の取材を受けないのだという。そこで私は日本地区で最大の新聞社の記者として、彼らの生活を取材することになった。

 

 そのコロニーは火星でもかなり高緯度の場所にあった。辺境のコロニーにありがちな、巨大なドームの中に一軒家が点在するような光景を想像していたが、意外なことにそこそこ発展している。この分だと人口も5000人はいるだろう。


 まず気づいた一般的な街との違いは、飲食チェーン店の看板がどこにもないことだった。代わりに―――


「超低ノイズ200V直流電源 はがね屋」


「オーガニックホワイトノイズ ダイモス」


「がっつり1500カロリー 電二郎」


 といった看板が散見される。どうやら本当に、食事の代わりに電気を提供しているようだ。電気を料理して味をつけているのか。美味しい電気―――なんだか想像もつかなかった。


 記者らしく街ゆく人にインタビューを行ってみたものの、何故かすぐに逃げられてしまう。いくつか見つけた飲食店のような店でも門前払いされてしまった。そこで、日本地区ならば必ず各コロニーにあるはずの、コロニー役所に行ってみることにした。


********


 役所の見た目は一般的なものと変わらない。窓口で取材の申し出を行うと、なんとコロニー長が直接インタビューに応じてくれるとのことであった。住民の態度から閉鎖的な街なのかと思ったが、そうでもないようだ。


 大きな窓のついた部屋に通された。しばらく待つと、コロニー長氏がやってきた。


「やぁ、どうも。こんな僻地のコロニーまでよくおいでくださいました。随分かかったでしょう?」


 かなり恰幅の良い、壮年の男性であった。電気を食って太ることがあるのか―――と、失礼な発想が頭をよぎった。二言三言挨拶を交わして、取材に入る。


「……では早速ですが、取材のほうを始めさせていただきます。まず、この街の人々は食事をせず、電気からエネルギーを得ているというのは本当ですか」


「ええ、本当ですよ。我々の食事風景はもうご覧に?」


「いえ、見せていただけませんでした」


「では、まずそのあたりから。我々は皆、一人一人がこのプラグを持っていまして―――」


 そういって見せられたのは、有線のヘッドホンのような機器だった。耳に当てる部分が金属製である以外は、一般的なヘッドホンと変わらない。


「このプラグを付けてですね、端子を電源に接続するんです。すると、右耳と左耳の間に電流が流れる。その電流からエネルギーを得るわけですね。あとは、水分も必要で―――」


 コロニー長氏の説明によるとここの住民は、某国で宇宙開発のために遺伝子改造を受けた人々の末裔なのだそうだ。過酷な環境でも生き延びることのできる形態を追求した結果、呼吸と水分補給、そしてさえできれば生きていける人間が生み出されたのだという。


 あまりにも宇宙開発のために便利な性質を獲得したが故に、より過酷な環境―――木星の衛星とか―――に送り込まれそうになって、50年ほど前に日本地区に亡命してきた、とのことであった。


「……とまぁ、我々の特徴としてはそんなようなものですよ。他にご質問は?」


「二つほど。まず一つ目なんですが、どうも私は住民の皆様に避けられているように思うんですね。何か理由があるんでしょうか」


「あぁ、ここの住民はよそ者が苦手なんですよ。なんせ電気で動く人間なんて珍しいから、取材の依頼もいっぱい来るでしょう。みんなうんざりしちゃってね。直接来る人以外は相手しないことにしたから、最近は多少マシになりましたが」


「ああ、それはそれは……なんというか、同業者として申し訳なくなりますね」


 出自といい、なんとも苦労の多い人々のようだった。私も記事の書き方には気を付けねばならないだろう。


「……あぁ、あと最後に一つ、よろしいですか?」


「ええ、どうぞ」


「お店の看板とかを見ると、電気に味があるみたいですが。その、どんな味なんでしょうか?」


「うーん、どんな味って言われてもねぇ。私らにはあなたがたのような味覚はないわけですし、説明が難しいですねぇ」


 なるほど確かに。これはダメな質問だったようだ。


「確かに、説明のできるようなものじゃないのかもしれませんね。―――しかし、電気に味をつけようなんて最初に考えた人は変わってますね」


「そうですかねぇ?」


コロニー長氏は、きょとんとした顔で続けた。


「だって、あなた方の食事だって同じようなものでしょう。言ってしまえばただの栄養やエネルギーの補給だけど、楽しむために味をつけたりする。我々もやってることは何も変わりませんよ」


 それを聞いて妙に納得してしまった。エネルギー補給であるという点で、充電も本質的には一般的な食事と変わらないものなのかもしれない。


「挙句、味のほうが目的になって必要以上に食べ過ぎたりね。なにも変わりません」


 コロニー長氏は、自分の大きく突き出た腹を叩きながら笑った。



********



 宿に帰り、記事を書きながら考えていた。


 充電も食事も大した違いはない。さらに言うなら、ライオンがシマウマを捕食するのも人間の食事と大して変わらない。でも人間は、料理という技術で「エサ」と「食事」を区別する。料理というものは、人間もまた数ある動物の一種なのだという事実を覆い隠す働きがあるのかもしれない。


 生き物とは、エネルギーを補給し続け、そして死ぬまで動き続ける動的平衡だ。でも人間は自分をそんな物理現象だなんて思いたがらない。だからただのエネルギー補給を飾り立てて、それの本質を隠したがるのかもしれない……。


 ……難しいことを考えていたら、なんだか自分もお腹が空いてきた。今日の夕飯はなんにしようかな。今日は疲れたから、ちょっと健康に悪いけど青色の光をがっつり食べてもバチは当たらないだろう。火星では自然光が弱いから、なんて言ってつい食べ過ぎちゃうんだよな。こんな食生活をしていたら、いずれコロニー長氏のように太ってしまう……


 そんなことを思いながら、私は食用光源の電源を入れた。そして、現代の人類としては一般的な食事―――すなわち光合成を、ゆっくりと始めたのであった。

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