異世界転生SF

 その日、彼は歓喜した。世界的に人気なシミュレーションゲームである「マイワールド」で、ついに人口77億の世界を創造することに成功したからである。


 マイワールドは、自分だけの文明を創造できるゲームだ。初期パラメータさえ入力してしまえば、宇宙の始まりから望み通りの知的生命が発生するところまでオートで計算してくれる。その後は知的生命の行動に少しずつ介入して、自分だけのオリジナルの文明を創造するわけである。


 彼はここ数か月の間、学校の宿題を適当にやっつけては、お母さんに夕食に呼ばれるまでこのゲームに没頭する生活をしていた。そしてとうとう、知的生命体が77億もいる世界を創造することに成功したのだ。


「うーん、なんでだろ。いちばんひどい条件の世界なのに」


 彼がこれまで作っていたのは、みんな好条件の世界ばかりだった。そのほうが繁栄すると思ったからだ。


 ちょっとしたことで滅ばないように、いろんな種族を作って、魔法も使えるようにして、凄い武器も与えた。頑張ったら倒せるくらいの敵を作って、倒したら便利なアイテムやスキルを得られるようにしてあげた。無謀な挑戦をして死なないよう、自分のステータスを確認できるようにした。いっぱい子供を作るにはいっぱい結婚しないといけないから、きれいなメスをいっぱい用意してすぐオスとくっつくようにしてあげた。


 そんな世界だから、一応そこそこ繁栄はする。しかしいつも人口は4億くらいで止まってしまうのだ。


 どうしてもそれ以上に進めなかった彼は、発想を変えてみた。つまり、条件を悪くしてみた。ヤケクソになったとも言える。


 まず、魔法は使えなくする。便利アイテムもなし。住民もデフォルト設定のままの能力値にする。そこらへんの獣に普通に食われるくらいの強さだ。ステータスの確認もできない。種族も一種類だけ。適当に設定したので見た目はなんだかブサイクになってしまった。なんだか表面にぶつぶつ穴が開いていて、よく見ると気持ち悪い。


 そんな世界だからすぐ滅ぶと思っていたが、意外なことにプレイヤーの介入もなしで長い間生き延びて、世界中に散らばった。ちょっと介入したら瞬く間に文明を作って―――そのまま、人口77億に到達した。


「こんなにひどい世界なのに、なんでこんなに増えたんだろ。すごい繁殖力だなぁ」


 そこで彼はふと思いつく。


「……そうだ。こいつら他の世界に移したら、もっともっと増えるんじゃない?」


 こんな悪条件な世界で、ここまで繁殖したのだ。もっといい条件の世界に飛ばしたら、もっともっと繁殖するはずだ。


「……住民の移し方……えーっと、異世界転生ツールってのをダウンロードすればいいんだな……死なないようにいっぱい能力を与えて、見た目を整えて、異性をいっぱいくっつけてちゃんと遺伝子が広まるように……」


 使い方を調べながら、ツールを使って一人のオスを転生させた。一人だと足らないかもしれないから、条件を変えてもうすこし―――と操作していると、お母さんの声がした。彼もやっぱりお母さんは怖かった。すぐに階段を下りていく。





 そして異世界転生ツールは、彼が再度そのゲームを開く夕食後まで、淡々と動きつづけた。


 適当な経緯を捏造しては、人口77億の世界から異世界へ、次々と人を送り込む。彼が設定したとおり、チート能力とそこそこの見た目を与えて。遺伝子が広まりやすいよう若いオスを多めにして、転生先ではランダムな数の異性をあてがう。


 そんなわけで、ゲーム内時間で数百年の間、数百万人の人間が適当な異世界へと植民されるのであった。

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