VRMMOSF

超超圧縮電撃開放タウンゼント・ストリーマァァァーーーーッッッ!!!!!!」


 最後の一撃をラスボスの腹に叩き込む。攻略不能かと思われた最強のエネミーのHPは遂に0になった。断末魔の叫びを上げながら、光の粒となって消えていく。


 大人気だったこのVRMMOが、突如としてログアウト不能かつゲーム内で死んだら現実でも死ぬというデスゲームと化して約1年。現実世界に戻るための唯一の手段であったラスボスの攻略を、俺はとうとう成し遂げたのであった。


「GAME CLEAR!!!!!!!」の文字が眼前に大きく表示されている。ステータスメニューの下には一年間ずっと思い焦がれていた、このゲームから抜け出して現実に目覚めるためのログアウトボタンが、しっかりと表示されていた。


 万感の思いととともにボタンを押す。そして俺は、剣と魔法の仮想現実から、唯一無二の現実へと帰還したのであった―――。




 ―――記念すべき帰還の直後、俺は病院のベッドで目覚めた。どうやら一年間、現実の体のほうは病院でお世話になっていたらしい。


 親や現実の友達と再会を喜んだり、ゲーム内で知り合った友達と現実で改めて再開したり、空白の一年間に現実で起こった様々なニュースを確認して驚いたり。そんなことをしている間にリハビリも進んで、明日はもう退院の日だった。


 最後の夕食を終えて、自分の病室に向かって歩く。目覚めたときははゴボウのように痩せ細った自分の足を見て驚いたものだが、今やしっかりと筋肉が戻って自分で歩けるようになっていた。


 明日の午前中にはもう病院を出る。本来ならもっと上機嫌でいられたのかもしれないが、俺は1つの大きな問題を抱えていた。


 ゲームから目覚めるときに押した、ログアウトボタン。それが、視界の端にずっと残ったまま消えないのだ。


 初めはすぐ消えるだろうと思っていた。一年間ぶっ続けでVRMMOをプレイし続けた直後だし、幻覚の一つや二つは見えてもおかしくないと思っていたのだ。しかしリハビリを進める数か月の間、そのボタンは消えることなく俺の視界に居座り続けた。医者にも相談していくつかの治療を試したが、ボタンはそのままだった。


 ボタンを押してみよう、と考えたことはあった。しかし押したら何かが壊れてしまう気がして、ボタンに触れることはできないままでいる。


 結局ボタンは消えないまま、とうとう退院前日となってしまった。自分の言動にはおかしいところはないようだし、ボタンの幻覚以外は健康そのものだ。退院しても問題などないだろうが、なんとも落ち着かない。


 考えながら歩いて、そのまま自分の病室に着いた。相談して以来、精神的に負荷のかからない環境にいたほうがいいと言うことで、一人部屋を使わせてもらっていた。


 ドアを開けると、意外なことに先客がいた。何かと私の世話をしてくれていた、看護師の女性だった。特に何をするでもなく、私のベッドに腰かけて窓の外をぼうっと見ている。


「……あの。何か御用ですか……?」


 恐る恐る声をかけると彼女はこっちを振り返った。いつも柔和な笑みを浮かべている彼女だったが、今は見たことがないほど張り詰めた表情をしていた。


「ログアウトボタンの幻覚は、まだ見えてる?」


 そう問われる。戸惑ったまま、はい、と答えるしかなかった。


「そう。……やっぱり、


 それを聞いてぎょっとした。君も、ということはつまり。


「これ、自分だけじゃないんですか?いったいこれって―――」


「落ち着いて。説明するからここに座って」


そういって彼女はベッドの脇をぽんぽんと叩く。言われるがままに座った。


「驚かないで聞いて。―――実はこの世界も、


そう言って、彼女は語りだした。曰く、


「この世界は本物の現実世界にあるコンピュータでシミュレートされてる」


「全ての人間には本当の体があって、それはあっちの世界で眠ってる」


「本物の世界では人類はみな宇宙船にいて、数百年かかる恒星間航行の真っ最中。この世界は、宇宙船内で地球の暮らしを体験するために作られたゲームだった」


「でも宇宙船の限られた資源を独占しようとした上層部は、強制的に私たちを寝かせることにした。そして安定して寝かせておくためにこのゲームを利用した」


「私たちはこの世界がゲームであることも認識できなくされ、ログアウトボタンも見えなくなるよう脳に細工された。でもたまに見える人が出てしまう」


「その見える人が集まって、宇宙船上層部を打倒するレジスタンスを組織している。それが私たち」


「君の場合、VRMMOから目覚める体験がトリガーとなって脳のロックが外れたみたい」


 ……等々。要するにこの世界は仮想現実で、本当の現実で悪いやつらに眠らされている。せっかくそれに気づける立場になったのだから、一緒に戦ってほしい―――とのことだった。


 正直なところ信じられなかったが、彼女に証拠を見せられてしまった。明らかに何もない場所にリンゴを出現させたり、自分の見た目を変えてみたり。所詮は仮想世界だから、現実世界から介入すれば物理法則も歪められるのだ、という。


「……信じられないと思うけど、見ての通り本当なの。で、君には二つの道がある」


 そう言って彼女は、真っ青な錠剤を取り出した。


「今も見えてるであろうログアウトボタンを押せば、君はこの世界からログアウトして本当の世界に目覚められる」


「この錠剤を飲めば君は以前の状態に戻る。ボタンも見えなくなって、この世界が仮想現実だなんて知らないままでいられる。ちゃんと今の会話も忘れられる」


 差し出された錠剤をじっと見つめて、じっくりと考えた。


「……個人的には、ぜひボタンを押してほしい。ボタンが見える人間は少ないし、何より君は一度、自分の現実を取り戻した経験者だし。その経験はこれからの戦いの中で、きっと役に立つ」


「俺は、……」


 さらにもう少しだけ考えて、――――青い錠剤を手に取った。


「どうして」


 意外そうな顔で彼女は俺に問いかけてくる。


 正直なところ、錠剤を手に取るのは話を聞いたときから決めていたことだった。考えていたのは、ただ何と言ってお誘いを断るかを考えていただけだ。そして、普通に自分の思う理由を述べることにした。


「だって、あなたの言う本当の世界に目覚めたとして。そこが本当に本当の現実かなんてわからないじゃないですか」


「俺は仮想現実から目覚めてこの世界にいる。でもこの世界も仮想現実だった。じゃあもう一段階上の、あなたの言う本当の世界に目覚めても、そこも仮想現実かもしれない。もしかしたらどんどん上の世界に目覚めていくだけで、いつまで経ってもログアウトボタンは消えないかもしれない」


 彼女はじっとこっちを見ている。


「結局どこまで行っても、ここが本当の現実だ、なんて断言はできないでしょう。俺が閉じ込められたVRMMOみたいに、ここがゲームだって確信しながら暮らすのは嫌だけど。でもこの世界で、ここが現実だって信じて暮らしていけるなら、俺はそれで十分だと思うんですよ」


 言うだけ言って、俺は青い錠剤を飲みこんだ。


「そう。……まあ、無理強いはしないわ。


 猛烈な眠気が押し寄せてくる。


さっきの会話の内容もあいまいになっていく。薄れていく視界の中で、


 ―――ログアウトボタンが消滅していくのを見て、心の底から安心して、深く深く眠りについた。

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