第59話 -Shin & Mako side-

 急にマックス社の担当者が入れ替わったと思ったら、立花さんがうちの会社に入社してきた。

 去年の年末に『担当者が変わるけど心配しないで』って成瀬チーフが言っていたことは、こういうことだったんだ……。

 取引先の人が転職してくるって、よくあることなんだろうか。働き始めて数年の私には、驚くばかりだ。でも、顧客の事情を熟知している人が同僚になって、席も同じ島なのは不幸中の幸いなのだろう。


「チーフが抜けてどうなることかと思ったけど、すぐ近くに立花さんが居るからよかったよね」

 フラペチーノに口を付けながら、向かいに座っているしんくんに話しかけた。

 休日だと途端にラフな服装になる。パーカーにジーンズだと、まだ大学生に見える。平日のスーツ姿とは纏う空気まで正反対だ。でもその落差も好き。付き合い始めてから知ったギャップだけど、増々好きになった。


「……ね?」

 何かに気を取られていたのだろうか、返事がなかったので再度声を掛けると、ハッとしたようにこっちを向いて微笑んだ。

「えっと、なんだっけ?」

「もう、聞いてなかったの?立花さんが入社してくれてよかったよね、って言ったの」

「あ、ああ……。びっくりしたけどな。話聞けるから助かるよな」

 仕事の話だったから面食らったのだろう、しかし彼も私と同じ気持ちでいてくれるのは嬉しい。

 私に返事をしてくれながら、ラージサイズのマグカップを持ち上げてカフェラテを飲む。長くて細い指に見惚れつつ、違うことを思い出して一人で赤くなる。


「この後どうする?」

 予定していたランチも映画も終わった。でも夕方とも呼べないほど早い時間だから、『バイバイ』とは言いたくない。もっと一緒にいたい期待を込めて、森くんに問いかける。

「んー、そうだな……。あ、ちょっと買いたいものがあるから、付き合ってもらっていい?」

 私はもちろん、と言って頷いた。もう少し一緒にいられそうだ。

 空になったカップをトレイに乗せて片付けてくれる。カフェを出たところで、私のほうから手を繋いだ。


 会社では彼氏彼女として振舞えない。うちの会社は社内恋愛禁止していないのに、何故か『今まで通り同僚として接しよう』って言われた。正直、森くんを『私のもの』アピールしたいのだが、きっと公私の区別を付けたいのだろうと思って受け入れた。


 ずっと好きだった。今の部署に、成瀬チーフの下に同期三人で配属された時から、ずっと。

 人当たりが良くて明るく周囲の評価も高いから、もしかしたら他の人に取られるかも……、と思ったこともあるけど、告白してOKもらえた。森くんの彼女は、私だ。


 こうして手を繋ぐのも、少しでも一緒にいたくて会っている時間を引き延ばそうとするのもほとんど私からが多いけど、でも……。


◇◆◇


 真子が、昨日公開されたばかりの映画を観たいというので観に来たが、やはり空席がほとんどないほどの混雑だった。映画は面白くなかったわけではないが、観終わって外へ出たら、疲労と解放感で深くため息をついてしまった。


『土日のどっちかは一緒に過ごしたい』


 真子にそう言われて、付き合い始めてからはずっとそうしている。真子は実家住まいだが、俺は一人暮らしだから二日ともデートとなると家の中がぐちゃぐちゃになる。どちらか片方がつぶれるのも疲れることはあるが、付き合っているのだからそんなものだろう。


 映画館から少し離れたところで見つけたカフェに入る。ニコニコしながら色んなおしゃべりをしてくる真子は可愛い。俺に気を使ってくれているのも分るから邪険にするつもりもない。

 ただ、会社でもずっと一緒で週末のうち丸一日を一緒に過ごすようになると、徐々に息苦しさを感じ始めている自分に気づいた。


 俺と話しやすい話題を選んで、俺が疲れなそうな店で食事をして、俺の予定や生活リズムに合わせてデートして。

 一生懸命気を使ってくれているのが伝わってくれば来るほど、それが俺を想ってくれているからこそだと分かるだけに。

 真子を嫌いになったわけじゃないのに。いい子だと思う、可愛いと思う。それは成瀬チーフに太鼓判を押されるまでもない。好きだと言われた時は予想もしていなかったから驚いたけど、真子を『彼女』として見られるという自信があったから、受け入れた。


 それなのに。


 チーフに『今の関係性を崩してほしくない』と言われた時は、全面的に同意した。俺も、仕事を蔑ろにはしたくない。

 だが、以来佳代の姿を見る度に、今の自分はこれでいいのかと考えてしまう。そして佳代が視界に入った回数の分だけ、真子に対して後ろめたさを感じていく。


 きっと真子も何か気づいている。最近、俺の部屋に泊っていく回数が増えた。会社を出るとすぐに手を繋いだり腕を組んだりしてくる。以前よりも、仕事で俺に相談してくる回数も多くなった。


 佳代は、気づいているんだろうか。

 俺の彼女が誰なのか、を。


「……ね?」


 唐突に真子の声が聞こえてきた。覗き込むようにこちらを見つめてくる真子と目が合う。なんてことだ、デート中なのに。


 慌てて真子へ意識を戻すが、頭の後ろのほうに佳代の横顔が貼り付いて離れなかった。

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