第58話

「全員揃ってるな……、じゃ、始めよう」


 矢崎さんのよく通る声が大会議室の隅まで響き渡る。総勢十二人に、佐々木常務も含めて帝国管財プロジェクトの第一回目の全体会議が始まった。

 私は矢崎さんの反対側に立って、プロジェクターに投影された画面を手元のパソコンで操作する。記録役も兼ねているのでICレコーダーもオンにした。


 事前に割り振られていた担当別に、下調査の結果発表が始まる。矢崎さんの希望通り若手プラスアルファくらいの準中堅どころが集まっているので、テンポよく進む。

 私は仕事場のこういう空気が大好きだ。皆が同じ方向を向いて、それぞれの役割をしっかりと果たしつつ、横と連携を取りながら漏れなく無駄なく手順をこなしていく。

 その全体をコントロールしている矢崎さんの手腕はさすがだ。誰にとってもベストの業務とスケジュール。私も手伝ってはいるが、私が考えた内容で行き届いていない箇所を一つ残らずすくい上げる。


「そこはもう一週間前倒しに出来ないか?多少きついかもしれないが、見直しが入る可能性があるから余裕を持たせたい」


 銀行との折衝スケジュールを検討する段で、矢崎さんから提案が入ったので、私は箇条書きでパソコンに記録する。文字で書くと指示的に見えるが言い方はとても柔らかい。お願いでも命令でもない、じゃあ頑張るか、と思わせる絶妙なトーン。


 矢崎さんの斜め後ろでは、『研修中』の来人が膝の上にタブレットを置いて真剣な面持ちで進行を聞いている。ICレコーダーで録音する、と言ったら『後で聞かせてほしい』と言って来た。来人のやる気を感じて嬉しかった。


 一時間ほど経ったところで大テーブルの後ろ側からぐるっと回って、佐々木常務が歩いてくる。次の予定があるから抜ける、ということらしい。私は頷く。会議が終わったら議事録をメールで提出しよう。

 常務が退出すると、途端に会議室の空気が柔らかくなり、私は苦笑した。矢崎さんと来人以外は皆、上役の同席に固くなっていたことが分かる。私も、だけど。一気に話し合いが活発になり、私の記録も間に合わなくなるほどになった。


◇◆◇


「よし、じゃ、いったんこれで行こう。各自今決まったことをまとめ直して、明後日までに俺と成瀬にメールで提出してほしい。スケジュール的に難しければ相談してくれ。お疲れ!」


 二時間ほどの会議が終わり、まるでスポーツの試合が終わった後のような爽快感を得る。皆も首や肩をぐるぐる回したり伸びをしているが、表情は明るい。目の前に取り組むべき課題があることへ、プレッシャーや重荷ではなく『やりがい』を感じる人達ばかりだから。


 私はパソコンとプロジェクターの接続を外しながら、確認に来るメンバーに受け答えをする。同じく矢崎さんに質問に行くメンバーもいるが、次の会議室の利用予定もあるだろうから時計を見ながら手早く対応していく。


 気が付けば、すぐ後ろに来人が立っていた。


「お疲れ様です、成瀬さん」

「立花君も。どうだった?うちの全体会議は」

 感想を求めると、途端に表情が崩れる。

「すげーな、っていうのが、第一印象。顧客がデカいからきっと選抜メンバーなんだろうけど、中でも一番すごかったのは矢崎さん」


 先日、つまらないことでいがみ合いかけたこととは別に、矢崎さんの仕事ぶりに感心しているようだった。彼を尊敬している私は純粋に嬉しくて、大きく頷いた。

「普段は忙しくてあっちこっち走り回ってるけど、暫くはこのプロジェクトメインになるから、じっくり勉強出来るよ。たくさん見習ってね」


 アドバイスのつもりで言っているのに、何故か来人がプッと吹き出した。ちょいと。

「先輩みたいだよ、ち・は・や」

 名前の部分だけ、声に出さず口だけ動かす。揶揄われた! ムカッとして言い返そうとしたら、来人の頭を矢崎さんの大きな手がガシッと押さえつける。

「こら、それ禁止っつったろ?! ていうか成瀬は正真正銘お前の先輩で上司だぞ。みたい、ってなんだ、こら」

 力任せにぐいぐいと来人の頭を押しつぶして振り回す。会議室を出ようとしていた数人が、何事か、というように振り返るが、私は『大丈夫』と言って手を振った。


「ちょ!痛いっすよ!誰にも聞こえてないんだからいいじゃないすか!」

「聞こえてるとかそういう問題じゃねーんだよ!おい、罰として三人分のコーヒー買ってこい、お代はお前持ちだ」

 ええー、と不平を漏らしつつ、来人は自分の荷物を片付けて会議室から出て行く。大人しくペナルティを受け入れるらしい。


「千早はブラックだよね?」

 私にだけオーダーを確認するが、再び矢崎さんに蹴りを入れられた。

「だから、それ! もう一回やったら晩飯も奢らせるぞ!」

 本当だ、聞き逃したけどまた呼び捨てにされた。私も注意しないと。


「すみません、後で私からも注意しておきます」

 二人だけになった会議室で椅子の位置を直しながら謝ると、矢崎さんが呆れたように返してくる。


「本当にお姉ちゃんみたいだぞ。そこまで立花に責任持たなくていい。ていうか、持つな。俺が腹立つから」


 じゃ、と会議室を後にする瞬間に、首の後ろを撫でられた。


 なんだかんだと矢崎さんもニアミスってる。

 来人のこと、言えないんじゃないだろうか。

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