第49話
翌日は仕事始め。私は普段通りの時間に家を出て、いつものコーヒーショップで朝食を取り、ホットコーヒーを買ってオフィスへ向かった。
オフィスにはいつも通り、一番乗りの清掃員の山本さんが居た。
「山本さん、あけましておめでとうございます」
「あら成瀬さん!あけましておめでとう、お正月も早いわねー」
「ええ。あっという間に仕事始めですね」
「ほんとね、今年はお休み短かったわねー。あ、もう成瀬さんの席のあたりはお掃除終わってるわよ」
「いつもありがとうございます」
私は頭を下げて自席へ向かう。仕事納めの日に自分で念入りに掃除したが、今朝になってまた拭き掃除してくれたのだろう。清々しい気持ちが更に上がる。
(よし、始めますか)
心の中で気合を入れ、コートをロッカーへ仕舞うとパソコンとフォルダを取り出し、毎朝の業務を開始した。
◇◆◇
「……ということで、本日から試験的に一緒に働くことになった立花君だ。一カ月のお試しの後正式入社となる。業界は未経験だそうだがマックスコーポレーションで物流のマネジメントを担当していたそうだから、皆よろしく頼む」
全課員の前で、今日からジョインした来人を、矢崎さんが紹介する。流石に佐々木常務との関係は伏せるらしい。特別扱いはされたくないだろうし、矢崎さんもする気はないということだろう。思いっきり縁故入社だけど。
「立花来人です。どうぞよろしくお願いします!」
よく通る、普段より大きめの声で挨拶し、スパッと深く頭を下げる。よしよし、ちゃんと挨拶出来てエライぞ、と、まるで弟を見守る姉のような気分で他の皆に合わせて拍手を返した。
「当面は俺に付いて仕事を覚えてもらう関係で、今日からスタートする帝国管財のチームに入ってもらう。アサインメンバーは特に彼をよろしく、な」
はい、と返事をしながら、微妙な気持ちになる。しかしここは会社だ。昨日のことは忘れよう。
朝礼と来人の紹介が終わる。皆が自席へ戻る中、矢崎さんに目線で呼ばれていることに気づき歩いて行った。
「……てことで、今日からは取引先じゃなく俺の部下だ。遠慮なくいくからな」
「分かってます。よろしくお願いします」
「ついでに言うと成瀬もお前の上司にあたる。立場は
あの、そういう話しないでください、ここで。
「もちろん弁えますよ、会社では、ね」
私は呆れて口を挟む気も起こらない。もういいから仕事始めましょう。
「矢崎さん、立花君の備品や席はどうしましょう」
「ああ、席は……仕方ねーな、成瀬さんの島の空席使おう。パソコン一式は情報システム部行って借りてこい。個人ロッカーは後で総務に確認しておいてやる」
「分かりました。じゃあ立花君、とりあえず私物置いたら一緒に行こうか」
「はい、よろしくお願いします」
やたらと素直&爽やかなのが逆に不審に見えるが、これは来人の今までの振る舞いのせいなのだから仕方ない。
少し歩いてフロアから離れると、来人がさっきより一歩分距離を詰めてきた。
「矢崎さん、結構丸出しだったよね。面白いなあの人」
「面白い、って……。マネージャーなんだから。ちゃんと指示には従ってね」
「分かってるよ、同じチームに千早もいるしね。これは佐々木のおじさん、おっと常務か、に感謝だな」
「会社では苗字で呼んで。誰かに聞かれたら困る」
「はいはい。気を付けるよ」
言葉は不貞腐れていたが、来人の顔は笑み崩れっぱなしだ。入社初日は普通もっと緊張するものだけどね。
「知り合いが多いとはいえ、緊張とかしないの?」
「ん?別に?だって会社なんてどこも最初にやることは似たようなものだろ。周りの顔と名前覚えて、自分の顔と名前覚えてもらって。会議室や部署の場所覚えたり、会社独自の習慣に馴染んだり。大丈夫、そういうのは自信あるから」
普通はそこで緊張するんだけどね。自分が新しい環境に受け入れてもらえるか、と。しかし来人にはその心配はないらしい。逆に身構えてた自分が損した気分だ。
少しして情報システム部へ着いた。私は中の担当者に声を掛けて、来人用のパソコン一式を借り受けたい話をする。矢崎さんが事前に申請してくれていたので準備は出来ているそうだ。
「じゃ、説明聞き終わったらさっきのフロアに戻ってきてね、立花君」
「はい、了解しました、成瀬さん」
だからニヤニヤすんな。
私は来人を置いて、一人でフロアへ戻った。
◇◆◇
「本当に立花さん入社しましたねー」
戻ると、佳代が飛んできた。そうだ、この子に任せよう。
「正式入社は少し先だけどね。佳代ちゃん、彼の面倒見てあげてくれる?」
「え?私がですか?でもプロジェクト違いますけど」
「うん、そっちは矢崎さんがいるから大丈夫。それ以外の、休憩の取り方とか、社内システムの使い方とか、そういうの。ダメかな」
「いえいえ、大丈夫です!じゃあチーフの代わりに頑張ります!」
いや別に私の代わりってんじゃないんだけど。まあ引き受けてくれて助かったわ。
私たちの席がかたまっているデスクの一つに、来人のコートやらカバンやらがごちゃッと置いてある。佳代の席は斜め前だ。あれだと世話焼きづらいかな。
「野村君」
私は森に声を掛ける。佳代と席をチェンジしてほしいと伝える。ちょっと驚いたような顔をするが、すぐに頷いて二人で席移動を始めてくれた。
都合上、森と真子が隣同士になっちゃうけど……。年末に釘刺したから、会社で匂わせ行動はしない、よね……?
そこまで考えて、森から『話を聞いて欲しい』と言われていたことを思い出した。間を開けすぎるのも良くない。早々にスケジュールを合わせようと、自分のスマホを取り出した。
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