第33話 -Kayo side-

 月曜日。

 出社して感じた違和感は、成瀬チーフがいなかったこと。

 あれ?どこかへ直行だっけ?

 訝しみつつ、私はチームの予定表を開いたがそんな情報は無い。

 どうしたのかなー、と気になっていたら、私より少し後の出社してきた矢崎マネージャーが教えてくれた。


「成瀬さん、今日病欠だから。もし連絡事項があったら俺に回してくれるかな」

「ええ?!チーフが病欠?本当ですか?」

「うん、さっき連絡来てね。電話の声も辛そうだったから、余程の緊急時以外は連絡しないで上げてくれると助かるよ」


 私は思わず大声で確認してしまった。だって私が入社してから、成瀬チーフが休んだことなんて一度も無かったから。ああでも、金曜日は辛そうだったな。寝不足、なんて言ってたけど、実は具合悪かったんだ。

「……あのチーフが休むなんて、余程ってことですよね」

「うーん、病院は行っていないって言ってたけどね」

 何故か嬉しそうな矢崎マネージャーに『?』を感じつつ、しかし週明け早々にチーフがいないという事態に、まずは同期三人で対応しなきゃと思い、すぐに真子と野村君に声を掛けた。


「チーフが風邪?マジで?!」

「……びっくり。体調崩したところとか見たことなかったから」

 やはり二人とも私と同じ反応をした。まるでいつも元気なのが当たり前のお母さんが寝込んだような驚きと心細さ。私達だって入社三年経ってるのに、チーフがいないだけでこんなに不安になるんだ。普段どれだけ頼ってたのかがよく分かる。私なんて、プライベートなことでも思いっきり頼っちゃったばかりだし。

 でもだからこそ、いない時は頑張らなきゃ。


「先週マックスの立花さんが来てくれて打合せして……、その後は特にまだ進捗に変更ないよね?」

 思わず仕切るようなことを言ってしまった自分に気づいてハッとしたが、『成瀬チーフだったら』って思ったらつい言ってしまった。

「うん、特にその後は何も無かったと思うよ」

 真子がメールを再確認しながら答えてくれる。野村君も頷いた。

「俺、立花さんに、今日チーフが休みって連絡するよ。何かあれば俺たちに連絡してほしいって」


 言いながら早速電話を掛け始める。すぐ出てくれたようで、少し離れたところへ移動した野村君が会話を始めた。

 電話を掛ける時の癖なのか、野村君は片手を腰に当てて若干偉そうだ。チーフやマネージャーの前だと小さくなっちゃうのに。そういえば立花さんは私たちと同い年くらいだ。だから緊張しない上にあんな態度なのかと思うと可笑しくなってくる。黙って立っていればいかにも仕事が出来そうな若手ビジネスマンなのに、意外と中身が幼い。


 つい、微かに骨格が浮き出るシャツの背中を見つめてしまう。彼女がいるって知ってる。思いっきりフラれたのも事実。だけど……。


(やっぱり、まだ好きなんだ、私)


 もしかしたら付き合えるかも、というような根拠のない妄想を抱くことは無くなったけど、『好き』という気持ちはそう簡単には消えてくれない。あの背中は知らない他の女のものだって分かっていても、見てると幸せになってしまう自分の気持ちは止められない。


 いいなあ、彼女。

 なんて、考えても仕方がない声が自分の中から聞こえてきて、ついため息をついてしまう。


「佳代ちゃん、どうしたの?」

 ふいに横から真子に声を掛けられて、慌てて彼女のほうへ向き直る。

「え?う、うん。チーフ、大丈夫かなぁ、って」

「心配だよね。あまり重くないといいね」

 そうだね、と返事をし、お見舞いに行こうかとも思ったけど、考えてみたらチーフの家の住所を知らなかった。

 仕方ない、行ったところで気を使わせるだけかもしれないし、不在の穴を埋めることで恩返ししよう。

 

 さっき野村君へ意識を奪われていたことを若干後悔し、頭を軽く振って顔を上げると、丁度電話が終わったらしい野村君が戻ってきた。

「立花さん、これから上と会議なんだって。チーフの復帰までは俺たち三人をメインで連絡くれるって。メール見落とさないように気を付けような」

 私と真子は頷く。


「じゃあ」

 とりあえず今日の進め方について打ち合わせしようよ、と提案しようと声を上げかけたところで、真子が立ち上がった。

「じゃ、チーフがいない状態でどう進めるか打合せしない?三人で」

 私が考えていたことと同じことを言う。私を遮って、私より先に。


 ちょっと驚いた。真子は、実はとても仕事が出来る人だと言うのは今回のプロジェクトで分かったが、でも他の人を抑えてまで発言しているのは初めて見たから。


「おう、じゃ俺、会議室予約するわ」

 しかし野村君は特に驚く様子はない。スムーズに受け入れている。何故か自分だけ取り残されたような違和感が残ったが、すぐに移動を始める二人を追いかけるように私も立ち上がった。

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