第14話

 翌朝出社すると、マックスの立花から追加資料がメールで届いていた。私は始業前に確認できることに安堵し、内容をざっと確認してからお礼の返信を送る。

 ていうかこの人また私にしか送ってない……。頼むよー。


『お忙しいところ迅速なご対応、誠にありがとうございます。早速本日より取り掛かり、一両日中には再提案させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします』

 で、あともう一つ……。

『恐縮ではございますが、今後メールにてご連絡いただく際には、CCに弊社スタッフ三名(鈴木、及川、野村)もご指定いただけますと幸いです』

 仕事の基本じゃん……、しっかりしてくれよ立花さん。


 送信完了後、元メールを矢崎さん含む四人へ転送し、また朝一でブリーフィングを入れる旨を追記して送った。さっきの立花宛のメールでは一両日中と言ったけど、資料は出来れば今日中には完成させたい。そうすれば明日には提案日時について相談できる。


 最初の目途が付いたことで安心し、時計を見るとまだ八時だった。私は財布だけ持って一階フロアにあるコーヒーショップへ行く。ホットコーヒーと小さなスコーンを買って席へ戻り、他の業務のチェックを始めた。

 朝が一番気持ちがいい。時間も体力もたっぷりある感じ。午後になると半分以上すり減ってるような気がするのはなんでだろう……。


 資料をプリントアウトしたり不足している用紙を補充しているうちに、ぽつぽつ人が出社してきた。


「おはよう、成瀬さん」

 聞き慣れた声に小さく緊張する。だよね、そろそろ来る頃だと思ってた。私は自分なりに自然に振り向いて、挨拶をする。

「おはようございます矢崎マネージャー。昨日はありがとうございました」

「いやいや、緊急事態だからね」

「朝一で立花さんから追加資料が届いていたので、先ほど転送しました。よろしくお願いします」

「うん、彼も仕事早いね。じゃあ皆揃ったら打ち合わせしよう」

 さくさく話が進む。昨日の微妙な違和感は全くない。よかった、やっぱり私の勘違いだ。


 ホッとして席へ戻ると、私用携帯のメッセージランプがついていた。開いてみると「たら」だった。あら、平日朝なんて珍しいな。


『おはよう、毎朝早いね』

 ……うん?何のこと?毎朝?

 送り間違いかな、だってたら君と朝メッセやり取りするの初めてだもん。

『おはよー。私はゆるりだぞ、誰かと間違えた?彼女かな?』

 若者はいいのう……、あ、コーヒー冷める、早く飲まなきゃ。

 まだ少し熱かったコーヒーを啜っていると、すぐ返信が来た。

『違うよー、ゆるりだよ。じゃなくて成瀬さん?』

 私はコーヒーを口から吹き出しそうになった。


◇◆◇


「じゃあ元案からの修正はこの内容で進めましょう。及川さん、いつ頃骨子まとまる?」

「ええと、多分夕方くらいには」

「一緒にやろうか、緊急事態だしね。出来れば午後一には仕上げて鈴木さんにバトンタッチできるようにしましょう」

 はい、と真子が頷く。私は佳代と森に向き直った。

「午後には資料作成に取り掛かってもらうので、よろしくね。野村君は他にお願いしたいことがあるからちょっと残って」

「わかりました。今日中に仕上がれば早ければ明日また提案出来ますよね」

 佳代はさすが、理解が早い。私は同意する。

「そう。先方には週明けくらいのニュアンスで返事してあるけど、それは保険みたいなもので、出来れば明日には訪問したい。そうすれば土日も使えるし」


「ええ?!休日出勤すか?!」

 森が真っ先に頓狂な声を上げるが、私は笑って否定した。

「違う違う、マックスの、ってこと。月曜日に再提案受けるよりは少しでも検討する時間が出来るでしょ。打合せ時の反応で、こっちも出来ることが増えるし」

「良かったー、そういうことっすね。俺土日デートだから、キャンセルしなきゃとか思っちゃった」

 本気でホッとしているらしい森に、私は心の中で蹴りを入れる。ここで!そういうこと!言うかなこの馬鹿!!デリカシー皆無な発言に、私は少し意地悪をする。


「デートがしたければどうぞ。私たち三人で進めるから野村君はいなくていいよ」

 無表情に目も合わせずそう言うと、三人がぎょっとしたように驚いた空気を感じた。

「え、いや、冗談っす、ちゃんと仕事します」

 慌てた森の返答に納得し、私は顔を上げて笑って頷いた。

「よかった、野村君はそう言ってくれると思ったよ。でも休日出勤なんかさせないから安心して」

 別にデートしようが旅行へ行こうが構わないけど、目の前に自分が振った女の子がいるのに言うことじゃないんだよ。分かれよ野村。視界の端で佳代が微かに笑ってるけど、お前も!


 気づかれないように深呼吸に紛れ込ませるようにため息をつく。ブリーフィングの終了を告げると、佳代は会議室を出て行った。手早く森に業務指示を出すと、真子だけ残して二人になった。

 さて、とっとと終わらせよう。大枠は決まっているから、今は真子の修行より時間短縮を優先させたい。私がメインで進めながら、真子が修正点を確認していく。


「さすが、早いね。助かるわ」

 ひと段落したところで休憩を入れる。目途が付いたことで真子の顔も明るくなった。

「正直、自分だけでやると思っていたので出来るか不安だったんですけど、チーフも一緒にやるって言ってくれて本当に助かりました」

「まあ、こういう場合スケジュールが少し延びたりするんだけど、今回それが無かったからね。提案の修正自体はよくあることだから、次からは及川さんメインでね。これを提案して、その上で修正依頼が入る可能性もあるし」


 わかりました、と頷く。ふと気になって真子に聞いてみた。

「及川さんはどうしてうちの会社に入社したの?」

 話の流れから若干飛んだ質問だったせいか、真子は、えっ?というような表情で固まったが、ちょっと笑って答えてくれた。

「私……、成瀬チーフに憧れて入社したんです」

 ……へ?

「たまたま社内を見学させてもらった時に、会議室でホワイトボード使って話をしてた先輩を見て、うわーすごいな、って」

 ……そうなの?

「成瀬チーフって、私と正反対で。すらっとしてて格好良くてお洒落で。普通ならそういう人敬遠しちゃうんですけど、何故かあの時は、この人みたいになりたいなぁ、って思って。で、インターンの時も頑張って、そのせいか内定いただきました」

 意外過ぎる回答に私が驚いていると、真子も笑った。

「すごい恥ずかしいこと言ってますね、私……。あ、じゃあ続きやりましょう!」

 張り切って資料を捲る真子に従うように、私は慌てて自分のパソコンをスリープモードから戻した。


 最初は驚いたが、じわじわと嬉しいような恥ずかしいような、面映ゆさが立ち上ってきた。まさか自分が理由だとは思わなかったから。

 しかし100%喜び切れていない自分も感じていた。何か真子を騙しているような後ろめたさが、更に時間差で私を追いかけてきた。

 

 

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