第12話

 マックス社の会議室で、昨日のメンバーに矢崎さんも含めたメンバーで集まっていた。


「ご変更点についてはかしこまりました。納期は変更不可と伺っていますので、昨日ご提案した内容を修正する形で改めてご提案させていただければと思いますが、いかがでしょうか」

 私がスケジュール優先で提案すると、先方のマネージャー達は頷きながら了承してくれた。


「再提案いただく内容を見ないと回答出来ませんが、問題ないと思います。いや、こちらの事情で二度手間になってしまい申し訳ない」

 全て一から作り直さなくて済みそうなことに私が安堵したのも束の間、テーブルの向かい側に座るマックス社のメンバーのうちの一人、立花が手を挙げた。


「手直しでは中途半端な提案になりませんか?今回変更をお願いしたのはプロジェクトの根幹にかかわる部分なので」

 緩みかけた私の顔が再度引き締められる。やはりそうきたか。

「しかし立花君、こちらが無理申し上げているわけでもあるし」

 先方のマネージャーが間に入ってくれたが、立花は目線を私に合わせたまま畳みかけてきた。

「もちろん御社のリソースの問題もあると思いますが、いかがでしょう、今一度ご提案全体を見直していただくことはご検討いただけませんか?」


 私は頭の中で色んな要素を組み立て直し、再計算した。佳代達三人はこのプロジェクト専任だから他の案件への影響はない。問題は私だ。想定よりマックス社への比重を多少調整しなければいけない。それは……。


「かしこまりました。可能な限りご要望に沿えるよう、今一度再検討し直してみます」


 是、と出た結果を元にそのように回答すると、立花は何故か安堵したような微笑みを浮かべて頷いた。

「そう言っていただけると思いました。よろしくお願いします」

 はい!と返事をしつつ、あれっ?と、一瞬疑問がよぎった。しかしそれどころではなかったので、そのまま意識を目の前の会議へ戻した。




「本当にご無理を言って申し訳ございません」

「とんでもないです。追加でお願いした資料について、どうぞよろしくお願いいたします」

 今日は立花とばかり話をしている気がするが、実働部隊のリーダー同士で動いたほうが話が早いのは事実だ。双方の上長も同席しているのだから内容は了承済みと考えて問題ないだろう。


 立花に見送られ、五人でタクシーに相乗りし会社へ戻る。自分の席に座るなり、へばったように倒れ込んだのは佳代だった。

「もう一度やり直しですか~。まじですか~」

「こら!こういうことは珍しくないんだから弱音吐かない!」

 私はダレた佳代の背中を叩く。痛い!と大袈裟に飛び上がって、佳代は笑いながら振り向いた。

「分かってます!頑張ります!真子、出来ることあれば手伝うから言ってね」

 その言葉に私も真子も驚いたが、真子のほうが先に反応した。

「佳代ちゃんありがとう。頑張るね」

 数日前とは別人のような二人の安定感に安堵する。立花が今日中には資料を送ってくれるとの話だったので、逆に今日はあまりできることが無い。明日からしばらくは他の業務へ充てる時間が取れないだろうから、今のうちに片付けようとパソコンを開いたところで、新着メールに気づいた。

 差出人は矢崎さんだった。


『急な変更も対応してくれた助かるよ。俺に出来ることがあったら言ってくれ』

 自分のほうが何倍も忙しいのに……。本当に頭が下がる。

 お礼の返信を送ろうとして、明日の約束を思い出した。

 手伝ってもらうというか、あれを延期してもらうかキャンセルさせてもらうほうが助かるんだよね……。でもそもそも私が弱音を吐いたことがきっかけだったもんなぁ。

 しかし金曜の夜なんて絶好の残業タイムだ。普段は定時帰宅を目指して効率重視で進める私だが、今は緊急事態だ。

 やっぱりキャンセルさせてもらおう。折角時間作ってもらったのに申し訳ないが。


 矢崎さんへの返信にお礼と明日の件の断りを入れようとしたところで、追加のメールが来た。

『明日の約束は一週間先に延ばそう。残念だけどね』

 おっと、先に言われた。ていうか変更してくれちゃった……。うわー、こんなことまで先に気遣われてしまった!申し訳ない!


『お気遣い、感謝いたします。業務の件も、明日の件も、私からご相談にあがらなければいけないところを申し訳ございません。その際はどうぞよろしくお願いいたします』


 そう入力し送信を完了すると、何故かやけにホッとしている自分に気が付いた。


◇◆◇


 午後八時。今日中に他の案件については進められるところまで進めてしまおうと残業していたら、直帰予定だった矢崎さんがフロアに入ってきた。


「お疲れ様。やっぱりまだいたね」

「あれ?矢崎さん、今日直帰だったんじゃ……」

「うん、もしかしたらマックスの変更の件で残業してるんじゃないかなーと思って寄ってみた。来てよかったよ」

 言いながら、コーヒーとベーグルサンドを差し出してくれた。

「差し入れ。よくここのコーヒー飲んでるよね」

「え?そんなそんな!あ、お代……」

 慌てて財布を取り出そうとする私の手を矢崎さんが笑いながら制した。

「差し入れって言ってるじゃん。いいから少し休憩しよう。俺も手伝うよ」

「大丈夫です!あと一時間もすれば終わると思いますから、矢崎さんはもう帰宅いただいて……」

「じゃあ俺は俺の仕事しようかな。さ、食べよう」

 矢崎さんが私の話を全く聞いていない気がする……。でもお腹が空いていたことにベーグルを見て気が付いた。そうしたらもう抵抗出来ない……。ベーグルー!


「すみません、いただきます」

「はい、どうぞ」

 やけに嬉しそうな矢崎さんと一緒に、濃いめのコーヒーとベーグルサンドをいただいた。中身はサーモンとモッツァレラチーズ、スライスオニオン。どうしてここまで私の好みとばっちり合ってるんだろう。嬉しい偶然に食欲は止まらなかった。

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