第11話
佳代と別れて家に帰ると、もう23時を回っていた。明日も仕事だから早く寝たほうがいいのだが、色々考えすぎてすぐには眠れそうにない。
シャワーだけすませてパソコンを開き、いつものチャットを開いた。
―こんばんわー
―ゆるりだー おつおつー
―あー、皆がいるとホッとするわ
―どしたゆるり
―またルキウスにフラれたんだ
―また?!
―ww ごめんごめん
みやことチュンが普段通りいじってくれるのが嬉しい。ここでだけ私は仮面を外すことが出来る。背中に入れっぱなしだった力も抜けていく。
―最近たらっちがこっち来ないんだよね
―そうなの?
―忙しいんじゃない。なんか前に外資系の会社に勤めてるって聞いたよ
外資?あら、あの子社会人だったんだ。なんとなくまだ学生だと思い込んでたけど。チュンは皆のことよく知ってるなぁ。
―じゃあまだ家に着いてないかもね
―ゆるりも今日遅かったね。残業?
―ううん、会社の人とご飯食べてたら遅くなっただけ
―じゃあこれからゲームだw
―うーん、最近全然出来てないんだよね、だからストレスたまってるのかなぁ
―それわかる。画面見てBGM聞くだけでホッとするよね
―これから少しやろうかな
―それがいいよー そしたら変な夢見ないよ、きっと
―ありがとう!
時計を見ると0時近かったが、30分だけ!と心に決めてゲーム機の電源を入れたところで、スマホが鳴った。手に取ると「たら」からのメッセージだった。しかし内容は『お疲れ様』という他愛無いもので、逆に気になったので返信をした。
『お疲れ様ー。今ちょうどチャットしてたんだよ』
『あれ?そうだったんだ。まだいる?』
『ううん、もう出た。たら君は今帰り?』
『うん、やっと。ゆるりは、もう寝るところ?』
『もう少し起きてるけど。どうかした?』
『いや、大丈夫かな、って思って』
大丈夫……?ああそうだ、色々話聞いてもらってたんだよね。
私自身、自分のことだけで手一杯だったが、たら君は覚えていてくれたんだと思うと嬉しい。
『ありがとう。私は大丈夫、かな?』
『どうしたのw 含みあるね』
『後輩がねー』
『例の、仕事の件で怒ってた人?』
『うん。仕事のほうはもういいみたいで、プライベートの相談受けちゃって』
『頼られてるんだ』
『そうなのかなあ?』
『手に負えなくなったら相談乗るよ?』
『本当にありがとう。今度上司と食事するから愚痴聞いてもらおうと思って』
人にペラペラしゃべることではないから、出来れば私だけで力になってあげたいが、如何せん私自身が経験値が少なくて役に立ってあげられる自信が無い。鋭い矢崎に相談したら、きっと誰のことだか分かってしまうだろう。たらなら佳代のことは知らないから、フェイクを混ぜて相談することが出来るかもしれない。
『上司と食事とか行くんだ』
『普段はあんまり。今の直属の上司は大学も一緒で入社してずっとお世話になってた人だから』
相手が矢崎さんだと思えば緊張もしないが、上司と二人、と考えると胃が縮む。上司じゃない、大学の先輩、先輩だ……。
嫌な想像をして必死に自分を宥めていたが、気が付けばたらからの返信が途絶えていた。気にはなったものの既に夜中の1時近くになっていたことに気づき、私はそのままベッドに入った。
◇◆◇
翌日出社してメールを開くと、マックス社の立花からメールが入っていた。
あれ、これ宛先に私しか入ってない……。出来れば三人にもCC入れて欲しいんだけど、まぁいいか。
後で私から転送しようと思いメールを開く。内容を読み進めながら、じんわりと汗が滲み始めた。
立花のメールの要点は、プロジェクト内容を見直したいということ、しかし期限延長は出来ないというものだった。
まずい。すぐに内容を聞いて立て直さなければならない。しかし昨日はそんな様子少しも無かったのに、社内で何かあったのだろうか。
クライアントの事情を想像している場合ではない。私は取り急ぎ立花へ了承の返信をしてから、矢崎マネージャーと三人宛に当該メールを転送、朝一で打ち合わせを入れたい旨入力し、同時に会議室も押さえた。
佳代が業務的には立ち直っててくれて助かった。今日にでも先方を訪問出来るか、全員のスケジュールを確認するため、予定表を開いた。
「まずは変更内容について早急に先方のご担当者に確認しましょう。野村君、すぐに立花さんに連絡取って、直近で訪問できる日時を押さえてくれる?」
「分かりました」
返事をすると、森はすぐに電話を掛ける。私は矢崎さんへ向き直る。
「急なので、もしお忙しいようなら四人で伺ってきますが、どうされますか」
「いや、俺も行くよ。昨日は同行出来なかったしね。今日で良かったよ」
そういうと意味ありげに微笑まれたが、そりゃ時間がないんだから明日より今日のほうがいいわ。ていうか1時間だって惜しい。
「先方、午後にお時間頂けるそうです」
電話が終わった森が報告してくれたので、私は頷いた。
「では午後一で、矢崎マネージャー含めて五名で伺いますとお伝えして」
これで今日の予定は決まった。変更点はどのあたりなのか、それに対してどれくらい作業時間がかかるのか、追加のヒアリングは必要かなど、効率よく打ち合わせを進めるための準備を確認する。
『全部白紙に戻すから』と私から伝えた時には蒼白になっていた真子も、今はしっかりとした顔つきで会議にも参加している。佳代も昨日ですっきりしたのか、一々つっかかってくるような様子もない。緊急時にメンバーのメンタルに問題が無いのは不幸中の幸いだった。
「じゃ、お昼前には出発しましょう。矢崎マネージャー、すみませんがご同行よろしくお願いします!」
私がそう言って頭を下げると、三人も慌ててそれに倣う。
「俺はきっといるだけの保険だから。四人に任せるから頑張れよ」
そう言って鷹揚に笑う。いてくれるだけで私の胃が緩む気がする。本当に、いつか自分もこんなマネージャーになれるのだろうか。
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