第10話

 きっかけは大分前、採用面接のときだったらしい。


『成瀬さんはもう気づいていると思いますけど、私って威勢がいい割に土壇場に弱くて、面接直前になって貧血起こしそうになっちゃったんです。ブライトは学生の時から憧れてた第一志望だったんで、何が何でも受かりたい、って思ったら気合入りすぎちゃって。その時に、社員の方に声かけて面接の順番変えてくれたのが野村君だったんです』


 彼も矢崎さん並みに人に気使えるもんなぁ。きっと青い顔して冷や汗でもかいていただろう女の子を放っておけなかったのだろう。

「多分、その時もう好きだったのかも……。面接最後になったけど、もう何が何でも受かってやる!と思って人生で一番頑張りました。だから採用通知もらった時は本当に嬉しくて……」

 自分を助けてくれた男子学生は絶対に受かっているだろうと、何の確証も無く盲信していたらしい。だから入社式で再開した時は飛び上がるほど喜んだとのこと。


「でもまさか同じ部署で同じチームになれるなんて思わなくて……。もう絶対両思いになりたい、って思って、色々頑張ってたんです」

 仕事に、人間関係に、女子力に。自分が優秀な人はきっと仕事が出来る女性のほうが好みだろう、と。

「もしかしたら成瀬チーフに取られちゃうかなぁ、とか心配した時期もありましたけど……」

「わ、私?それはないわー」

 私にはルキウス様がいるから!

 なんて、絶対に誰にも死んでも言えないけど。

「ええ、先輩は、なんて言うか……、いつも私たちなんかとは違う視点を目指している感じがします。それこそ手近なところで相手見つけるとかはなさそうだな、って」

 違う目線と言うかルキウス様なんですけどね。良いように解釈してくれたようで助かった。


「綺麗で、格好良くて、仕事が出来て、一流大卒だし皆に好かれてるし、おしゃれだし……、先輩みたいになりたくて。そしたらもしかしたら、野村君に好きになってもらえるかな、って……」


 そこまで言って、また目にじわりと涙が浮かび始める。何か思い出したのかな。もう『泣くな』とは言えない。黙って話を聞き続けることにした。


「本当は、プロジェクト始まったばかりのこんなタイミングで言うつもり無かったんです。でもたまたま二人だけで残業することがあって、黙っていられなくなっちゃって……」

「いつ頃?」

「先週末です」

 なるほど……。で、フラれて、精神的に不安定なところにアサインが不本意だったから爆発した、と。


 そういうことだったのかぁ。


 私の考えた分担だけが原因じゃなかったと分かって、少し肩の荷が下りた気がした。


「そっか。それは……大変だったね」

 私がそう言うと、佳代は小さく頷いた。

「すごく好きだったのに、ノリみたいに告った私もバカだったなって。野村君に彼女がいたなんて全然想像しなかったし」

「普段、そういう話は出なかったの?」

「あっちも最近付き合いだしたみたいで、知らなかったんです」

 あちゃー、タイミングも悪かったんだなー。もう少し早く告白していればもしかしたら、っていう期待や後悔もあるんだろうな。


「じゃあ、あのメンバーでプロジェクト進めるの、やりづらいとか?」

 気まずいよね、お互いに。

「いえ、それはないです。本当はフラれたから見返してやろうかと思って気張ってたんですけど、なんかいっぱい泣いて話聞いてもらって、スッキリしました」

 言葉に気負いが無いし、本来の佳代らしい明るい笑顔が戻ってきたので強がっているわけではないことが伝わってきた。

「それならいいんだけど……」


 採用面接から、というと少なくとも3年は続いた片想いだったのだろう。相手に彼女がいるなら仕方ないとはいえ、そう簡単に断ち切れるものでも忘れられるものでもないことくらい、唐変木な私でも想像はつく。


「ほんとに!本当に仕事はちゃんと出来るんで、そこは心配しないでください。ていうか仕事のことでもないのに、甘えちゃってすみませんでした」

「ううん、全く関係ないってわけじゃないし……。でも、まあ頑張ってね」

「はい!」


 元気に返事をすると、気分の切り替えが出来たのか嬉しそうにデザートのケーキを食べ始めた。その様子に安心しつつ、感心もしていた。


 フラれて人目も憚らず大泣きするほどの恋を、私はしたことが無い。

 30までこうだったのだ。これから先そんな状況に自分がなることも想像できない。

 しかし想像することは出来る。身をもって体験することは出来なくても。

 想像するだけでも、『失恋』という世界は辛そうだ。出来ればそこへ行きたくない。進んで辛い思いをしたがる人なんていない。


 それでもその時の私は、確かに、まだ目尻が濡れているように見える佳代を『羨ましい』と思っていたのだった。

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