第9話
よく分からないうちに週末矢崎さんと食事をする約束が成立した。
確かにたくさんお世話になっていながら、一対一っていうのは今まで無かったんだよなぁ。
お店探してくれるっていうけど、こっちで代金持とうかな。そしたら今までのお礼にもなるよね。よし、そうしよう。バカ高くないといいけど……。
矢崎さんと二人でフロアへ戻る。話を聞いてもらって、その前よりずっと気が楽になった。そう言えば昨日の夜もたら君に話聞いてもらって安心したんだった。情けないなぁ、人に愚痴聞いてもらわないと心のバランス取れないなんて。
しかし仕事は続くよ定時まで。よし!と心の中で気合を入れて別件の進捗確認に取り掛かっていると、メール着信のポップアップが上がった。
差出人は「Kayo Suzuki」。うわぁ、来た……。
しかし目の前に本人がいるのに気づかなかったふりは出来ない。出来るだけ無心を心掛けてメールを開く。
『今夜、お時間ありますか?もしよかったら二人で飲みに行きませんか?』
うわーー、そう来たか!ランチ、私が逃げたのもきっと気が付いてるな。
本当は佳代と二人で飲みに行く気力は無いんだけど、ここで逃げてもきっと同じだ。仕方なくOKの返事を送る。
『今夜は大丈夫だよ!じゃあ18時半頃出られるかな?』
まるでウェルカムとでも言っているかのような自分の文体がわざとらしい。こういう時ほど愛想がよくなるのも、私の欠点なんだよな。
佳代からはすぐ返事が来た。
『大丈夫です!急なのにありがとうございます!よろしくお願いします!』
ああ、これで週末矢崎さんに聞いてもらう話が増えた(確定)。
◇◆◇
「すみません!お待たせしました!」
待ち合わせ時間から5分ほど過ぎたところで、佳代がエレベーターから駆け出してきた。綺麗にメイク直ししていて偉いなーと思う。
「ううん、仕事大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です!」
「じゃ、行こうか」
私は事前に目星をつけていた店に向かおうとすると、佳代から待ったがかかった。
「あの……、出来れば会社の人に聞かれる可能性が絶対にないようにしたいので、ちょっと離れたところまで移動してもいいですか?」
……仕事の話、なんだよね?まあいいか。構わない、と伝えると佳代が先に立って歩き始めた。
電車で1駅だけ移動して着いた先は、一軒家を改造したビストロだった。初老の夫婦が経営しているらしく、閉店が早いのが有難い。
「素敵なお店ね、初めて来た」
「……野村君が教えてくれたんです」
へー、森がねー。意外な気がするけど、彼女がいるらしいからそちらの趣味かもね。
「野村君のイメージじゃないよね。彼女さんと来たのかなー」
まるっきり完全に世間話、面接のアイスブレイクのつもりで店内を見回しながらそんなことを呟いて佳代に向き直ってぎょっとした。
「す、鈴木さん?!佳代ちゃん?ど、どうしたの??」
ぼろっぼろと大粒の涙を流して泣いていたので、私は本気で狼狽えた。
え、えええーーー?!
「ご、ごめんね。昼間のあれも気にしてたよね。ランチも二人で行ったほうが良かったかな。でもさ、四人で来てたわけだし、あそこで二手に分かれるっていうのも……」
支離滅裂もいいところ、自分が気にしていたことを端から全部吐き出して謝ったが、佳代はぶんぶんと頭を振った。
「違うんです、違うんです、仕事のことじゃなくてー……」
といいつつ、佳代はまた『うわー!』と声を上げて泣き続けた。他にお客さんがいなくて助かった。私は厨房へ向かって何度もぺこぺこ頭を下げる。
「え、えとね、お店の人もびっくりしちゃうから、そろそろ落ち着こうか、ね?」
おろおろと立ち上がり佳代の隣に腰掛けてハンカチを差し出すが、佳代はハンカチには目もくれず私に抱き着き、そのまま数分泣き続けた。
やっと涙が止まったらしい佳代と相談してオーダーを済ませると、目を真っ赤に腫らしたまま、すいません、と小声で謝ってきた。
「謝らなくていいけど……、仕事のことじゃないとしたら、何があったの?私を指名してくれたんだから、聞いても大丈夫、ってことだよね?」
「……成瀬チーフしか話せる相手がいなくて」
「ええと、まあ、とりあえず食べようか?ほら、スープ冷めちゃうしね」
空きっ腹では冷静な判断は下せない。とりあえず温かいもの食べて心とお腹を満たしてから、ゆっくり話したほうがいい。
まだ鼻をぐしゅぐしゅ言わせながら佳代は頷いて、ゆっくりとスープを口に運び始めた。
(これはもしかして……、私が一番苦手なレンアイ関連かもしれない……。まじかー……)
彼氏いない歴を年単位で更新しているうえにそもそも経験がほぼ無い。なんとなく始まってなんとなく終わったような不確かな恋愛経験しかない私が相談相手が務まるのか?
「うわぁ、おいしいねぇ、最近こういうの食べてなかったから嬉しいな」
わざと明るい声で感想を述べるが我ながら白々しい。佳代は小さく頷きつつ、必死で食べ進めている感じだ。
「……どうしても食べられないなら、今からコースから変更してもらう?」
見かねて提案したが、佳代は首を振った。
「大丈夫です。このお店には、迷惑かけたくないんで……」
大声で泣き叫んだ時点で迷惑だったと思うけど……、まあ食欲がある、って判断していいのかな、これは。
はぁ、もういいや。とりあえずデザートにたどり着くまでは料理に集中しよう。
しかし美味しい。普段はワインはあまり飲まないんだけど、この料理を食べながらだとすいすい飲める。相性がいいんだな。まだ週半ばだから飲み過ぎないように気を付けないと。
世間話レベルの浅い話を数回交わしつつ、何とか最後まで食べ終えた。ラストのケーキとコーヒーが出てきたところで、佳代が本題を切り出した。
「私、野村君に振られたんです……」
え……、え?……ええーー?!
「の、野村君に、佳代ちゃんが?え?いつ?」
さっき佳代が泣き崩れた時の倍も驚きながら聞き返すと、何故か佳代はクスリと笑った。
「やっぱり成瀬さんは気づいてなかったんですね……。だから好きです、先輩のこと」
ごめん佳代ちゃん、君の言ってることが全然わからないよ。ていうかまず落ち着こう、私。
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