第6話
翌日出社した私は、当然の如く私より早く来ていた佳代に捕まった。
「昨日の件で……、始業前にお話がしたくて……」
私は昨夜夜更かしして見返したOVAの内容を思い出しながら、腹に力を込めて頷いた。
「そうだね、じゃあ空いてる会議室行こうか」
敢えて固くならず自然に……、ああ、やっぱり私にルキウス様の真似は難しい……。
「昨日も言いましたけど……、及川さんが担当する予定の業務は私のほうが上手く出来ると思います。私のほうが大人しい及川さんより全体が見えてるし……。だから、担当を替えてください、お願いします!」
一晩経っても佳代の言い分は変わらない。私はドキドキする心臓の音を無視して、静かに話し始めた。
「私は及川さんも全体が見えている人だと思ったからあの担当分けにしました。鈴木さんは資料を作るのが上手だけど最近はあまり担当していなかったでしょう。二人だけじゃない、野村君も含めて、万遍なく色んな経験を積んで偏りなくスキルを身につけて欲しいと思って決めました」
そこまで一気に言う。佳代は伏せていた顔を上げて私をじっと見つめてくる。その口が『でも』と言いかける前に、私は続けた。
「どうしても納得がいかないというなら、鈴木さんにはマックス社の案件から外れてもらいましょう。他にも仕事はあるのだから」
佳代は瞠目する。恐らく抗議すればあっさりと担当を替えてもらえると思っていたのだろう。まさか拒絶された上にメンバーから外す予告までされるとは想定外だったようだ。昨日は興奮して真っ赤だった顔が、みるみる青くなっていく。
「まあ、始業までまだ時間があるから、ゆっくり考えてみて。私は自分の席にいるから、何かあったら声かけてね」
それだけ言って、あえて振り返らず会議室を後にした。
佳代が納得できず今回のチームから外れるか、私が言ったことに納得して受け入れてくれるか、納得はしなくても当初の私の予定のまま参加するのか。
これは正直言って賭けだった。現実は、ゲームのようにはいかない。
承服できない佳代が部長など更に上に抗議する可能性もある。その時は、私も正直に考えを表明するしかない。
(……よし!)
パン!と、ルキウスが手綱を引いたように、私は自分で自分の顔を叩いて気合を入れた。正直、歩いて来た分背中が気になるが、ここで戻ったら全てがパアだ。我慢するしかない。
ふう、と息をついて席に座ると、もう一人の当事者、真子が出社したところだった。
「おはよう、及川さん」
「……おはようございます」
いつもの10分の1も元気がないが、昨日の様子を思い出せは当然の反応だろう。こちらも声は掛けない。もし何か思うところがあるなら、真子が自分で解決策を考えて実行するべきだ。その解決策の中に『成瀬に相談する』が入っていた時にだけ、私が関わればいい。
私はあえて何もなかったこととして、今日から始まる業務の下準備を始めた。
◇◆◇
はぁぁぁぁ、疲れたーーーー……。空気が抜けていくようなため息と一緒に、私はベッドに倒れ込んだ。
あれ、昨日も同じことやった気がするんだけど、勘違いかな。
とりあえず今日は、朝一で佳代に呼び出された以外のことは起こらなかった。始業後、すぐにプロジェクトに取り掛かると、三人は私の予想を超えるパフォーマンスで資料をまとめていく。明後日には客先へ訪問する段取りも整った。
昼休憩に様子を見ていたら、普段通り佳代と真子は二人でランチに行ったらしい。
『私のほうが大人しい及川さんより全体が見えてる』
そんなことを言ったとは思えないほど、佳代の真子への態度は柔らかく、いつも通りだった。あれは、納得してくれたのか、仕事のために我慢をしたのだろうか。
(分からないんだよなー、私には)
しばらくは様子見にしよう。どっちみち、二人が何も言わないなら私は当初の予定通り進めるだけだ。
本格的に疲労が全身を覆う前に、お風呂に入る。出てからスマホを見ると、メッセージが入っていた。送り主は『たら』君だった。
『ゆるり、お仕事お疲れ様。今日は大丈夫だった?』
さすが気遣いの達人。モレなくダブりなく労わってくれる。私は早速返信する。
『お疲れ様!お陰様で何とか乗り切れました!』
メッセージと一緒に力こぶを作ったうさぎのスタンプも送った。本当はこんなに元気じゃないんだけどさ。
『それなら良かった。でも無理に元気な振りしなくていいからね』
たら君の返事にドキッとする。あの子、本当はこの部屋を見ているのか?!もしくは透視でも出来るのか?
元気だ、といえばその通りに受け取って去っていく。私の周囲は、家族も含めてそういう人が多かった。それに対して私は特別に何かを感じたことはない。元気だ、という私の言葉を信じてくれたのだ、としか思わなかったし、逆にその人が『元気だ』と言えばそのまま信じた。
でもたら君は素通りしない。私の昨日の話も含めて何かを想像しながら接してくれている。まるで洗いたてのふわふわのタオルに素肌を包まれたような心地良さに、彼の言葉を否定できなくなっていた。
『すごいね、なんで無理してるってわかるの?』
何かコツがあるなら是非教えてもらいたいものだ。透視できるから、なんて言われたら真似できないけど。
『さあ、なんでだろうね』
なに?!
『ええー?!そんな意地悪言わないで、教えてください師匠!』
『師匠ってw』
『超能力?!』
『ゆるり、落ち着けw』
『……ごめん、でも、本当にありがとう』
『何が?』
『なんでも。とりあえず今はお礼言わせて』
これ以上話していたらどんどんたら君に甘えてしまいそうで、怖くなって話を打ち切った。いかん、仕事では人に頼るまいと決めているのに。
私が甘えるのはルキウス様だけだ。それも心の中とゲームの中だけだ。
『明日も頑張ってくる!でも無理はしないようにする』
『そうそう、それがいいよ』
『うん、ありがと』
『おやすみ』
『おやすみ』
今日は睡眠時間を削ってゲームをプレイする必要はないかもしれない。這うようにしてお風呂に入った時の体と心の重さが嘘のように消えていたことに、ベッドに入ってから気が付いた。
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