第5話 -Game Side-

 国王への謁見に向かうため、ルキウスは朝一で城の大広間を突っ切っていた。

 昨日報告が上がった国境周辺の小競り合いを終息させるため、この後すぐ出発しなければならない。

 本来であればルキウスのような王直属の騎士団長が対応する案件ではないのだが、周辺国への影響を最小限に防ぐため、ルキウスが自軍を率いて赴くよう、国王自ら明が下ったためだ。


 冬の寒い朝、まだ貴族たちの姿はないが宮廷の使用人たちはきびきびと立ち働いている。ルキウスはそうした緊張感のある空気が好きだった。

 使用人たちの挨拶に瞼で応えながら、国王の居室にたどり着く。扉の前に立つ護衛がルキウスの来訪を告げ、扉を開いた。


「陛下、ルキウスまかりこしました。本日もご機嫌よろしく、おめでたい事でございます」

「ああ、ルキウス。突然の出陣、すまないね」

「勿体ないお言葉でございます。このルキウス、一日も早く平定し、陛下のご安寧の一助となりたく存じます」

 膝をつき、主君へ敬意を表す。ルキウスは国王アントニウス一世に心からの忠誠を誓っている。親子ほどに年が離れている―事実、国王はルキウスの父の親友だ―が、臣下のルキウスに対しても、無論他の目下や臣下に対しても礼儀を持って接してくれる。しかし歴代随一と言われる統治力は諸外国も認めるところだ。イスコラト王国があればこそ、この周辺は永く国同士の争いもなく反映を気づけている。


「本来ならお前が出向くほどでもないのだが……。頼りにしているよ」

 国王の言葉にルキウスの士気は更に上がる。そこへ。

「本当に……。ルキウス様は王国の守護神ですわ」

 国王の肩に手を添えるように寄り添うのは、王妃アレッサンドラ。伏せたルキウスの表情は誰にも窺い知ることは出来ないが、先ほどまでの誇りに輝くような表情はすっかり消え失せていた。

「それでは、これより出立いたします」

 鎧の重たげなこすれ合う音を立てながらルキウスが立ち上がる。大輪の花のような笑顔を湛えた王妃へ無言で頭を下げると、真っすぐに国王を見据え、挨拶を済ませ退室した。


 廊下へ出て一つ息を吐く。さて急いで兵士が集まっている教練場へ戻らねば、ときびすを返したところで、ふと視線を感じて振り返ると、王妃付き侍女のロクサーヌが立っていた。

 気づいたルキウスが歩み寄ると、慌てて手を合わせてひざまずいた。

「お、おはようございますルキウス様!」

「おはよう、ロクサーヌ。貴女は毎朝早いですね」

 冷たい大理石の廊下にいつまでも膝をつかせているわけにはいかない。合わせられた彼女の手を取ってそっと立ち上げる。

「あの、これから出陣と伺いまして……」

「はい、急なご命令ですが、なに大きな争いではありません。一両日中には戻ってまいります」

「あの……どうぞご無事で」

 言いながら、真新しい十字架をおずおずと差し出した。彼女なりのお守りと言うことだろう。

「ありがとう……。必ず無事で帰ってきます」

 自分の心に誓うように、ロクサーヌに応えると、彼女に背を向けて目的の場所へ向かった。


「では、各々、出陣だ!」

 ルキウスの直属の配下10名と、それぞれに大隊を1つずつ、全体で千を超える軍勢が続々と城門から出立していく。

 隊の半ばあたりで目を配らせているルキウスの元に、そっと近づいてくる馬影があった。直属の配下の一人、ダレルだった。

「ルキウス様、一つ、お聞きいただきたいことが」

 小さな声だが決意を込めたような目で、じっとルキウスを見据えてくる。ルキウスは黙って頷き、二人で静かに隊から離れつつ、前進していく。


「この度私めに後衛を命じたのは何故ですか」

「何故、とは」

「ジャルダンは右翼攻めを命じられたと聞きました」

「うむ。ジャルダンの部隊は脚が速い。一気に切り込んで城を背後から攻めるきっかけを作ってもらうためだ」

「でしたら、それは私が!」

「ダレル」

 出過ぎるな、と目で制されたことにダレルは気が付き、ハッとしたように口を噤んだ。

「全体の作戦と部隊の戦力を検討した上での配置だ。気に入らないなら全体の士気のためにも、お前の部隊はこのまま帰城しろ」

 それだけ言うと、ルキウスはパン!と手綱を打ち、元の位置へ戻っていった。


◇◆◇


 目的地へ着いた。騒動の元は領主に抵抗した農民の群れだったようだ。突然の大軍の出現とその上に翻る王旗を目にした反乱軍は、突如として勢いを失う。

 ルキウスは10人の部隊長を集め、指示を出す。

「反乱軍とはいえ領民だ。傷つけてはならん。領主との話し合いの場が持たれるまでの双方の身柄の確保と怪我人の救出が最優先だ」

 皆が頷く。途上、ルキウスに異を唱えたダレルも大人しく指示に従っていた。


 そうして、乱の平定というよりいさかいを収めるために奔走したルキウス軍は、1日とかからず事態を収束へ向かわせた。

 領主は地方の貴族だったが、大貴族出身のルキウスの前では領民へ対するような横柄さは微塵もなかった。むしろ平身低頭、ルキウスの、ひいては背後に見える国王の威光におもねるように媚を売り続ける。

 しかしルキウスは何一つ接待を受けることなく、全ての手配を終え、領民たちと共に野営で一晩を明かすと、翌朝全軍と共に首都へ帰って行った。


◇◆◇


 城へ戻り旅装を解いていると、騎士団長室、つまりルキウスの部屋をおとなう者がいた。扉を開けると、ダレルだった。

「今、少しお時間いただけますでしょうか」

 既に私服へ着替えていたルキウスは、気分も切り替わっている。優しく微笑みダレルを部屋へ招き入れた。

 しかしダレルの表情は、昨日の朝より更に固くなっていた。

「あの……、ルキウス様、昨日は……」

 二人分のワインを注いだ盃を両手に、ルキウスは黙って首を振る。

「戦を前に気分が高揚していたのだろう。そなたは期待通り役目を果たしてくれた。あれが答えだと思っているが、違ったか?」

 渡された盃とルキウスの顔を交互に見遣り、ダレルは今度は恥ずかしそうに顔を赤らめるので、ルキウスは首を傾げざるを得ない。


(何か、おかしなことを言っただろうか)


 配置が不服なのは言われて気づいていた。だが現地でダレルが手を抜くことはなく、むしろジャルダンたちの支援まで買って出ていた。だから問題ないかと安心していたが……。


 ルキウスが思い悩む前で、ダレルが決心したように赤い顔を上げた。

「ルキウス様がっ……、私めよりもジャルダンにお心を掛けているのでは、と思い、私は、その……ジャルダンが羨ましくなり……、あんな浅ましい振る舞いを……」


 ルキウスは一瞬、ダレルが何を言っているのか分からなかった。しかし握った両手は微かに震えている。意を決しての告白であることは間違いないのだろう。


「誠に……、誠に、騎士らしくない振る舞いを……。恥じ入るばかりです。ルキウス様にも、ジャルダンにも、命を下された国王陛下に対してもっ……!」


「ダレル」

 全身で後悔を伝えてくるダレルを、誰が責められるだろう。ルキウスはしばらくの後、隣に腰を下ろす。

此度こたびの褒美だ。無論、報奨は改めて国王陛下から賜るだろうが、私からは、これを」

 ルキウスが差し出したのは、見事な銀細工が施された腕輪だった。

「我が家に代々伝わるものだ。叔父が祖父から受け継いだものだったが、叔父は知っての通り戦死した。叔父に子はない。その為私のところへやってきたのだが、そなたが受け取ってくれると嬉しい」


 ダレルは喜びと感動で、身の内が震え出すのを止めることが出来なかった。そして静かに涙を流し続けているのにも気づかなかった。その涙は、ルキウスの胸一つに収められることになった。


 

 

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