刑罰:ヨーフ・チェグ港湾避難救助 2
たとえどれだけ無茶な救助計画でも、拠点は必要になってくる。
兵営のことではなく、現場の前線基地の話だ。
避難救助が目的なら、『そこにたどり着きさえすれば』というような場所がなくてはならない。
その点は、ノルガユに任せておけば問題なかった。
やつはギルドから引き連れてきた冒険者たちに、まだ元気な避難市民を捕まえて、高らかに宣言した。
「ここに城砦を築く!」
と。
そこからは迅速だった。
混乱し、余裕のない連中に、この圧倒的に決然とした命令はよく浸透する。
ドッタが兵営から持ち出してきた聖印器具と、その場の廃材を利用して、急造の防衛線を作り始めた。
「さすが同志ノルガユ、見事だね」
ライノーは感心したように言った。
「おかげで僕も準備できたよ」
その言葉通りに、やつはすでに戦闘態勢を整えていた。
見慣れた甲冑を身にまとっている。赤黒く輝く不思議な鋼。昆虫のようにずんぐりとした見た目、ひときわ巨大な右腕――砲身。
それは内側が空洞の円柱のような形状で、表面には『印』が刻まれている。
肘から先に煙突を取り付けているようなものだ。
この妙な金属の鎧こそが、ライノーの『砲』だった。
ネーヴェン種迫撃印群、と名付けられている。
軍で使用されている現在の『砲』の、もともとの試作印にあたるものだという。
どうしてライノーがこんな代物を持って勇者部隊に所属しているのか、知っているやつはたぶん誰もいない。
「久しぶりに懲罰勇者部隊、全員での作戦になるかと思ったんだけど」
と、ライノーはいかにも寂しそうに言った。
「同志ツァーヴと同志ジェイスは出撃できないのかな?」
どうも大げさな感情を声に滲ませる男だ。そこのところが嘘くさい。ある意味ベネティム以上でもある。
「ツァーヴは治療中だった。いまごろ叩き起こされて、最低限の処置でこっちに向かってると思うけどな」
「では、同志ジェイスには出撃許可が下りてないのかい?」
「そうだ」
ドラゴンを市街戦に投入するのは危険なことだ。
特にジェイスの場合はそれが跳ね上がる――ベネティムが交渉するとは言っていたが、無理かもしれない。
つまり、またしても俺たちは、限定された手札で戦う必要があるということだ。
「……ノルガユはこの拠点から動かせない。ドッタもここから戦況把握させなきゃならない。ベネティムの役目はこんなところにはない」
「じゃあ、実質、僕ら二人と同志タツヤと……それから」
ライノーはテオリッタに笑いかけた。
「テオリッタ様の四人で立ち向かう必要があるね。がんばろう」
「……そうですね」
テオリッタは明らかな警戒を示していた。
ライノーから距離をとるように、俺の後ろに隠れている。
「一刻も早く、人々を救わなければなりません」
「さすがは《女神》様! 僕もまったく同じ意見だよ。いやあ嬉しいな! 間違っていないというお墨付きをいただいた気分だ」
「何が嬉しいんだよ、それどころじゃねえだろ」
俺は現実を見据えなければならなかった。
「都市警備隊が引き上げるんだぞ。どこからどうやって手をつけるか……圧倒的に手数が足りねえ」
「では、まずそれを解決しよう」
ライノーはいつものように、穏やかに言ってのけた。
「作戦を提案してもいいかな?」
「……一応聞いとく」
「市壁があるね」
ライノーは俺たちの背後にそびえる壁を示した。
この港湾区画ヨーフ・チェグと、市街地を隔てる壁だ。
「あれを砲撃で破壊しよう。
「え……」
見る見るうちに、テオリッタは険しい顔になった。
「なぜ、そのようなことをする必要があるのですか?」
「《女神》様、苦しみや痛みはみんなで分かち合うべきだと、僕は思うんだ。人間というのはそうやって絆を結んでいくから素晴らしい。こうすることで、聖騎士団や市の警備兵も戦闘に参加せざるを得なくなる」
ライノーはこれが最善だと言わんばかりに、ずんぐりとした甲冑の両手を広げて見せた。
「誰かが一方的に不利益を引き受けるのは公平じゃない。災難があったときには、みんなで不幸を分割するべきなんだ。というわけで、どうかな、同志ザイロ?」
「我が騎士! ……この男は」
「わかってる。こういうやつなんだ」
俺はため息をつきたくなった。それも、とびきりわざとらしいやつを。
「だが、聖騎士団と市の警備隊を引っ張り出すってのは、絶対に必要だ。実働部隊四人で避難救助なんて無理だからな」
「うん? 同志ザイロには、さらなる名案があるのかな?」
「ライノー、お前はまだわかっていないみたいだが、普通の人間を動かすのは絆とかじゃない」
俺は港を指さした。
作戦を聞いたときからずっと、考えていたことだ。増援を千や二千とは言わない――二百は欲しい。それを引きずり出す方法を。
「利益だ。ライノー、あの船を砲撃しろ。もう少し近づけば届くよな?」
「なるほど」
ライノーには、異様なほど頭の回転の速いところがある。
「理解したよ。たぶんそれが最善だ、さすが同志ザイロ」
やつはたぶん、甲冑の中で微笑したと思う。そんな気配があった。
「だから尊敬している。とても参考になるよ」
◆
馬鹿げている。
パトーシェ・キヴィアが、命令書に目を通してまず思ったことがそれだ。
しかし、紛れもなくそれはガルトゥイルからの作戦指示である。
「……仕方がありません、団長」
歩兵長のラジートは、諫めるように言った。あるいは慰めるように。
「市民からの支持と同じように、貴族からの支援も重要です。それに、この区画には神殿関連の建造物も多い……」
ラジートは地図を真剣な目で見ている。
「信仰も心の拠り所として、不可欠なものです。絶望的な状況だからこそ、なおさら」
軍部の意見もわかる。
(……わかるはずだ)
パトーシェは自分自身にそれを納得させようとする。
軍人ならば、上からの命令に疑問を挟んではならない。そうでなければ戦いができない。
(歩兵隊も、すぐに動かさなければ)
騎兵長のゾフレクと、狙撃兵長のシエナはすでに行動を開始している。
こうして迷うごとに時間は過ぎ、状況は悪化するかもしれない。
(……だが)
パトーシェは手元の資料を密かに見る。
ラジートからは確認できないように、そこに書かれた記載に目を落とす。
倒壊する冒険者ギルドから、その直前で、フレンシィ・マスティボルトというあの夜鬼――理由はよくわからないが、とにかく不愉快で口の悪い女が回収したものの一部だ。
すなわち、ギルドの長であるリデオ・ソドリックの行動記録。
ギルド長としての業務の隙間に、奇妙な外出と、面会の痕跡がある。相手の名は、マハイゼル・ジエルコフ。
露骨な痕跡――あのときリデオが口にした名前と一致する。
共生派の使者。
もしかしたら、リデオ・ソドリックは両天秤をかけていたのかもしれない。共生派と取引しつつ、こちらにも恩を売る。最終的にどちらにつくかは、そのときの形勢で判断する――という。
(あの男を捕まえることができれば)
不可能かもしれないと思う。とっくに街の外に逃げているはずだ。
だが、気になることがある。
(ジエルコフ。ジエルコフか……)
それに、この外出と面談の記録は――あるいは、
「キヴィア団長」
不意に、部屋の入口から声が聞こえた。
パトーシェは顔をあげる。そこに、冴えない顔色をした、どう見ても胡散臭い男が立っていた。
ベネティム・レオプール。
ザイロたち懲罰勇者部隊の『指揮官』の肩書を持つ男。
「何をしている」
彼に対して、歩兵長のラジートは鋭い口調で問いかけた。
「貴様たちにはすでに出撃の命令が下っているはずだ」
「はい。それはもう、すでに出撃しました。指揮官である私としましても、彼らを勇躍奮闘させる所存……ですが」
ベネティムは流れるように答えて、パトーシェの顔を窺うように見た。
「前線から報告がありました。ヨーフ・チェグ九番水路を通って、すでに
「……なんだと?」
ラジートの眉が動く。地図に目を落とす。
「我々も市民の救助と
ベネティムは揉み手をしそうな勢いでまくしたて、頭を下げた。
「お願いします。我々が捨身突入する際の援護を」
「いえ……団長。これは奇妙です」
ラジートは地図を睨んだまま、呻いた。
「前線に派兵して状況を確認しますか? そのようなことがありえるでしょうか。神殿の聖印船を、
これに対して、ベネティムはよどみなく答えた。
「神殿の聖印船に、なんらかの脅威が潜んでいると考えたのではないでしょうか。それとも例えば神殿の経済に打撃を与えるのが目的とか。今回のやつらの襲撃は、何か知性のある者に指揮されているとしか思えません」
「しかし」
「――伝令!」
ラジートが言い終える前に、部屋に飛び込んでくる者がいる。
筒状に丸められた紙の束に、聖印で封がなされている。それは正式の命令書である証だった。
「神殿の大型聖印船が複数、攻撃を受けている模様! うち二隻の聖印船は炎上中、神殿からは救援の要請が届いております!」
それで、やることは決まった。パトーシェは立ち上がる。
軍部の命令ではないが、神殿の要請とあれば、名分が整う。
「いますぐ兵を動かす」
もしもザイロ・フォルバーツならばどうしていただろう。名分など考えず、もう少し早く決断していただろうか――と考え、意味のない仮定だと思いなおす。
(あの男ならどうするかなど、考える必要性がどこにある)
余計な思考を頭から追い出し、パトーシェは声を張り上げる
「騎兵長、狙撃兵長に伝令を出せ! 勇者部隊にはドラゴンの使用も許可する。市民の救助を優先しろ」
「はい。あの……」
ベネティムは何かを逡巡し、そして気弱であいまいな笑みを浮かべた
「なんだ?」
「いえ、別に」
妙に印象に残る、皮肉な――あるいは自嘲気味の笑い方だった。
「マーレン大司祭にも、よろしくお伝えください。ぜひあのお方の裁可をいただき、さらなる戦況への柔軟な対応をお願いするべきかと」
パトーシェは顔をこわばらせた。
マーレン・キヴィア大司祭。
その人物には、確かに、会わねばならないと思っていた――『共生派』の使者、マハイゼル・ジエルコフのことで。
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