刑罰:ミューリッド要塞防衛汚染 4
何もかもが不足していたが、最大の問題はやはり人の数だった。
正面と地下に、鉱夫たちと第十三聖騎士団。それを配備できたとしても、それ以外はどうしようもない。
ミューリッド要塞は正門に加え、裏手門がある。
そちらを守る兵力に、直接戦闘以外を担当する人員も必要だった。
補給、伝令、整備、補修、負傷者の収容。後方の部隊は、本来ならいくらいても足りないくらいだ。
ただ、俺たちは正規の軍人ではないし、ここで全滅することを想定されている。軍の編成に組み込まれていない犯罪者どもなので、どういう権限もない。
まともな手段で人員の調達はできない。
よって、まともじゃない手段を取らざるを得なかった。
試してみたことはいくらかある――まずは近隣の監獄から囚人をかき集めた。
おおよそ三十名。
もちろん、こんなことは普通じゃできない。
賄賂を使った。打診した先のミルニデ監獄からの応答は迅速だったという――好きにしてくれとばかりに引き渡してきた。
第十三聖騎士団の監督下に置くという名目で。
囚人たちは、いずれもが死刑囚だった。
戦場のどさくさに紛れて略奪を行った、野盗――あるいは山賊どもだったという。
強盗殺人、婦女暴行、人身売買などを派手に行い、このように団体で監禁されることになった。
判決は死刑だが人手が足りないため、聖印を施された上で労働をさせられていたという。
つまり俺たちよりも国民としては上等の部類に入る者たちで、態度もそれに応じたものだった。
中庭に引き出されてきたやつらと顔を合わせて、すぐにわかった。
こいつらは俺たちに命令されることを全く快く思っていない。それどころか、連れてこられたこと自体許せない――そういう顔つきをしていた。
「ふざけんじゃねえぞ」
と、山賊どものボスと思われる男が、まず俺を睨んだ。
「そりゃ俺らは、悪いことはしたかもしれねえな。なにしろ死刑だ。俺らを捕まえにきた兵隊もぶち殺してやったんだ」
そいつは俺に向かって凄んだ。
そうとしか言いようのない表情だった。
「だけどな、勇者どもには命令されたくねえんだよ。俺らは悪党だが、てめえはそれ以下だろうが。『女神殺し』野郎め! なんでてめえらなんかの――」
「うわ、ちょっと」
そのとき、ばちん、と音が響いた。
何かが弾け飛ぶような音。
「やめてくださいよ、兄貴を怒らせんなよ……」
ツァーヴが杖を持ち、片手で構えていた。たったいま、俺に向かって凄んだ男――ではなく、その隣のやつの右肩から先がなくなっていた。
正確には、ばらばらの肉片になって、そこに散乱していた。
一瞬遅れて、悲鳴が響く。
「オレまで兄貴の怒りの巻き添え食いたくないんで。そういう態度はやめてもらっていいスかね……?」
「……ま、巻き添え?」
と、ボスらしき男は、なんだか呆然としたように隣を振り返った。
その顔が赤い。いま飛び散った血しぶきのせいだ。
「なんで、俺じゃなくて、こいつが」
「あっ? あの――ええと、あんたの方が体格いいし、声もでかいし」
ツァーヴは一瞬だけ理由を考えたようだったが、すぐに陽気であり、なおかつどこかだらしのない笑顔を浮かべた。
「積極的で元気もいいから、よく働くんじゃねえかなと思って。……ですよね、兄貴?」
「……わかった。いまのは先にお前に説明しなかった俺が悪かったし、それなりに効果的だったとは思う。ただし……」
俺はツァーヴの脛を蹴とばした。
「二度とするな」
「いてぇ! ――あ、いや、そうっスよね! やっぱ腕だけじゃなくて、ちゃんと殺した方がよかったっスよね?」
「違う。貴重な戦力なんだからもうやめろ。そいつは医務室に運んで、聖印で止血しとけ」
そうして釘を刺しておいて、俺は中庭を後にする。
実のところ、許可は出ていた。
囚人たちは戦場のどさくさに紛れて略奪を行った死刑囚であるため、『手荒く扱っても問題ない』ということ。俺たちが直接的な危害を加えることも問題にならない。
万が一にも生き残ったら、死刑を免除しても構わないということ。
そのことは囚人たちにも伝えていた。
それはつまり、この要塞が毒で汚染されて全滅するであろうことが確実視されているともいう。
ともあれ、こいつらの指導はツァーヴに任せた方がよさそうだ。
囚人どもの首に刻まれた聖印が、派手な暴動だけは抑えてくれるだろう。
――そうして、俺は『司令室』に向かう。
要塞の最上部にある部屋で、人気のない要塞でも特に静かだ。
その部屋には、ノルガユが司令官の座に腰掛け、背後にはベネティムが控えて立っていた。
「ザイロくん。とりあえず囚人は集めておきましたよ。見ましたか?」
と、ベネティムは言った。監獄と賄賂で交渉したのはこいつだ。
「うむ。ご苦労」
答えたのはノルガユ陛下で、いかにも重々しくうなずいた。
「犯罪者どもといえど、国土の危機だ。制御が効くならば、存分に使うがいい」
「……おい、なんで陛下がここにいるんだよ。工房で聖印調律の作業に集中させとけよ」
「私も止めましたよ。でも陛下、人の話を聞かないんですよ」
無理だったか、と思った。
ベネティムの口先も、何かを決断した陛下を止めることはできない。というか、たぶん誰にも止めようがないかもしれない。
「兵の数は、まだまだ足りんぞ」
と、ノルガユ陛下は深刻な顔で唸っていた。
「我が軍の増強計画はどうなっている。ベネティム宰相! 速やかに報告せよ!」
「ええと……これはザイロくんに相談すべきだと思ったんですけど」
言って、ベネティムは筒状の何かを掲げてみせる。
封書だ。
その押印は、見覚えのある家紋だった。「波間に跳ねる大鹿」。
「ザイロくん、きみ宛に届いたこの封書ですが」
「ダメだ」
「……こちらの貴族の方が、きみを名指しにして、兵を貸してもいいと言っています。差出人は、フレンシィ・マスティボルト。私個人としては、ぜひとも彼女の家に協力を仰ぎたいと……、思って、いるのですが……」
徐々に言葉が弱くなったのは、俺がそういう表情をしていたからかもしれない。
よほど不機嫌に見えたのだろうか。
「そいつらには頼めない」
俺はしっかりと首を振ったが、ベネティムはまだ食い下がる気配を見せた。
「あの、参考までに言いますと、およそ二千は派兵できると……」
「忘れろ。その封書は燃やせ」
「なぜですか? ザイロくん、こちらの方はどういうご関係ですか? マスティボルト家。南方の夜鬼の一族ですよね? それがなんで、」
「昔、婚約してた」
俺の語調から、ベネティムはそれ以上の追及を止めることにしたようだった。
「それに、いまさら派兵しても間に合わない。以上、話は終わりだ。もうするな」
「同感である。それだけの兵ならば農民も含まれているであろう。いまは冬への備えが必要な時期である」
ノルガユ陛下のおっしゃることは横に置いておかねばならない。
いちいちごもっともであるが、さっさとこの兵力に関する問答を終わらせ、工房にお戻りいただかなくては。
「ジェイスとライノーはどうだ?」
「一応、早駆けの伝令は出しました。これもお金がかかりましたよ」
「各方面にいる精鋭を速やかに集めよ。それは貴様の仕事だ、宰相」
「……ジェイスくんは大変多忙で、なんというか、その、ご令嬢に無理をさせたくないと。殺すぞと言われました。……あと、ライノーくんからは無視されました」
「あり得るな」
「なんだと? ライノーめ、無礼な男ではないか! いますぐ余の名において呼び出せ!」
ライノーという男は何を考えているかまるでわからない。
ある意味でタツヤ以上だ。
あいつは俺たち懲罰勇者の中で最も――なんというべきか――ツァーヴ風に言うなら『ヤバい人』ということになる。
やつだけは、俺たちとは、他の勇者とは違う。それは俺も認めざるを得ない。
なぜなら、やつは自ら希望して勇者になった、志願勇者だからだ。
「傭兵はどうだ? 話はしてみたか?」
「連絡は取ってみましたけど、報酬がないことには動きませんよ」
「ならば国庫を開け! 足りなければ、貴族どもだけではない。神殿から税を取り立てよ」
「どうするんですか、ザイロくん」
「金策はいまドッタがやってる」
「急げ。信頼できる貨幣を流通させ、価値をあげるのだ。いま王国にはびこる悪貨を駆逐するにはそれしかない」
「ドッタが間に合えばいいんだが――」
俺は司令室の窓に目をやった。
日が暮れかけている。
その赤くなりはじめた空を背に、黒々と近づいてくる
鉱夫たちが、正門前で作業をしている。
穴を掘り、聖印を刻んだ丸太をそこに備えるのだ。簡単な馬防柵――のようなものといえるだろう。
「あいつらはもう下げた方がいいな」
鉱夫たちの命の価値は、俺たち勇者や死刑囚どもとは違う。
正門にはつかせるが、ぎりぎりまで直接戦闘に参加させたくはない。なにより本職の軍人でもない。聖騎士の援護に徹するべきだ。
「テオリッタを呼んでくれ」
もはや準備の時間は終わった。
俺は暗澹とした気分になる。人員の補強はほとんどうまくいかなかった。初期よりはマシという程度で、状況は変わらず孤立無援。
まさに懲罰勇者部隊にふさわしいといえるかもしれない。
「俺とテオリッタは撃って出る。時間になったら裏手門を開けてくれ」
「逃げないでくださいよ、ザイロくん」
「それは約束できねえな」
嘘をついた。そうできればどれだけまともな人生を送れていたか。
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