第38話 Re:born/Reverse
カチカチカチカチ――
「ふう、ったく手間暇かけさせやがって。これでこいつとの因縁もよーやく終わりだ。お~い見ているか、輪廻の女神、てめえが別世界から連れてきた人間もこのザマだ。とっととさっさと俺に喰われて楽になっちまいな……くっそ無視かよ。上が騒がしいな、船からバカバカ撃っているのか。届くわけないだろう。届いてもあの砲撃じゃ精々城を揺らすだけだ。女神喰らう前菜にあの船沈めておくか。うっとしいったら、ん? 急に冷えてきたが、それにこの音はギアが噛み合う音か? けどよ、この空間でギアなんて使える――おいおい待て待て! 待てよ!」
カチカチカチカチ――
「こいつは間違いなく俺が破壊したはずだ! おいそれと修理できる代物じゃねえはずだ! 既にこいつの心は死んでいる! 俺が心の器をぶっ刺したから死んでいるんだぞ! なんで動いているんだ! そのギアも、偽りの心臓も! おい、ロッソ、てめえ、こいつになに仕込みやがった!」
――リボンズミッション・イグニッション!
急激に目覚めた戸惑いが俺を襲う。
ギアが高速回転するように俺の心は早鐘を打つ。
偽りの身体と真なる心はここにあると、ギア噛み合う音が存在を声高に主張する。
胸に突き刺さる黄昏舵の鍵剣改から激しい駆動音が迸る。
また動ける。まだ動ける。
俺は両手でグリップを掴み、胸部に突き刺さる剣を引き抜いた。
「答えろ、てめえ、どんな手品だ!」
俺は答えるより先に立ち上がれば、黄昏舵の鍵剣改から金色の燐光零する追加ボックスを見る。
イグナイターとインバーターが光に包まれ、一つのギアボックスに――リボンズミッションに変貌していた。
ボックス内のギアが噛み合い、∞の形を描く。
リボンズミッションが稼働する。
「答えろって言ってんだろうが!」
激昴したウバルが迫る。
俺は体内に入り込む霊たちの声を聞きながら、迫るウバルに今までにない金色の一撃を叩き込み、その右手を消失させた。
「ぬ、ぬあんだと!」
あれほど余裕を崩さなかったウバルから驚愕の声が漏れ、消失した右手を凝視している。
信じられぬと、奴の目が衝撃で揺れていた。
「まさか先の砲撃の揺れでギアが噛み合って再可動したってオチじゃねえだろうな」
消失したウバルの右手は黒き靄から新たに生える。
こいつは女神から権能のほとんどを簒奪しているんだ。
手足や頭がなくなろうと、因果を操り、なかったことにできるはずだ。
「確かに砲撃が再可動のトリガーになったのは否めない」
「そんな都合の良い少年マンガの奇跡が現実で起こってたまるか!」
「確かに奇跡だろう! けどよ、諦めない仲間たちが作った軌跡でもあるんだ!」
なにより死してなお未来を紡ぐと仲間たちは俺を信頼し、とある仕込みを行っていた。
リボンズミッション。
リチュオルイグナイターとインバーターが組み合わさった複合ギアボックス。
これはただ単にまつろわぬ霊による暴走を制御する装置ではなかった。
いやリチュオルイグナイター自体、ウバルが俺を暴走させるために組んだものだとしても、暴走装置なんかじゃない。
ただ足りなかった。ただ届けられなかった。
インバーターはほんの少し足りないものを付加するだけ。
だが完全起動させるには一つの要素が必要となる。
リボンズは再誕を意味する通り、再び誕生するには一度死ななければならない。
死しして再び生まれなければ、リボンズミッションは完全発動しない。
故に死ねば最初からとなる<再シ>ギアとの相性が最悪だった。
そしてウバルは次なる周回を防ぐため、繰り返しの原因である<再シ>を俺の体内から抜き取った。
再構築された制御機構の覚醒も船からの砲撃で呼び水となった。
「これは願いだ! 世界を守って欲しい! 繰り返さないで欲しい! 未来を繋げて欲しいと! 散っていった魂たちの願いなんだ!」
まつろわぬ霊たちと対話を行い、その霊を浄化して力を借りる。
それはあたかも滅亡と再生の輪廻と同じ構図。
つまりリボンズミッションは個人レベルにて破壊と再生を繰り返し発動させるギアボックスだ。
「ふはははは、はははははははっ!」
ウバルは笑う。高らかに笑う。興奮気味に肩震わせ笑う。
「面白い、面白いぞ! やっぱり人間は最高だな!」
「これで終わりだ! ウバル!」
「吠えるなよ、人間、弱く見えるぞ!」
金色の斬撃と黒き拳打が激突音を置き去りにして明滅を繰り返す。
既に人が感知できる領域を越えており、アンチギアフィールドをものともせずギアが高らかな音を上げて俺に更なる力を与えてくる。
ああ、そうだ。ここでピリオードを打つ。
もう誰の世界も失わせない。喰わせない!
「あ~楽しい! 楽しいな! あひぎゃひゃひゃ!」
ウバルはしぶとかった。
俺が何度も金色の斬撃を撃ち込もうと、金色の砲撃を放とうと、因果にてなかったことにする。
「おらおらおらおら、どうしたもう少し根性見せろや!」
ウバルより放たれるマシンガンのような拳が俺を乱れ打つ。
避けたはずだ。防いだはずだ。
だが驟雨の如く放たれる拳は俺の身体を打ち付ける。
これまた因果にて、当たっていたからこそ回避や防御は無意味となる。
仮にウバルが死んだとしても、死すらこいつはなかったことにしてくるはずだ。
「どうした、どうしたもっともっと楽しもうぜ!」
「いやお断りだね」
未来永劫お前と遊ぶ気などない。
既にウバル攻略のヒントは掴んである。
因果にてなかったことになるのなら、最初から因果がなければいい。
「一人で勝手に楽しんでいろ!」
俺はウバルを斬り上げ、蹴り上げ、真上に叩き上げる。
ウバルが俺にしたように大剣を投擲し、その切っ先で胸部を刺し貫いた。
俺と違って人間ではないウバルから血は噴き出ない。
ただ人形のように突き刺さっているだけだ。
「バカめ! 俺に対抗できる武器を自ら手放すなど!」
端と見たらな。
けどよ、逆回転するギアを見て、そんなこと言い続けられるか?
「ち、力が、力が抜けて! お前、今度はなにを!」
「ギアは前に進むことで力を発揮する。なら逆回転すれば力は減衰する。簡単な理屈だろう?」
きっかけは工作室での戦闘だ。
暴発した際の影響でギアは逆回転現象を起こし、俺の力を一時的に大きく減衰させた。
持ち手に効果を発揮させるなら、突き刺した相手にも効果が伝わるはずだ。
何しろ本来なら致死に至る一撃が軽々しい一撃となった。
さらに俺をこの発想に導いたのはロッソだ。
――「たまにはギアの逆回転みたいに後退してもいいじゃないのかって」
かつて語り合ったことを夢で見たからこそ至ることができた。
「後退に後退し続け、虚無の果てに消えろ、ウバル!」
例え因果を発動させようと、源である権能を大きく衰退させられ続けては因果律の操作は間に合わない。
「甘いんだよ! 消える前に、このギアを砕いて最初からやり直すだけさ!」
ウバルは突き刺さった剣を胸から引き抜かず、<再シ>のギアを砕かんとする。
確かに現状において、胸に刺さった剣を抜くよりギア砕くのは最適な打開策だろう。
だとしても逆回転するギアから純粋な握力すら奪われ、砕くに砕けず拳を震えさせるのみだ。
「まだ、まだ喰い足りねえんだよ! 遊び足りねえんだよ! もっとだ! もっと、モット、オ、レに、クワセ、ロ――……」
ウバルの肉体は金色の粒子となって消失する。
突き刺さっていた大剣もまた減衰の源だからこそ、同じように消失していた。
「終わった。終わったよ、ロッソ……」
勝った。
最後まで死してなお諦めなかったお前の勝利だ、友よ。
相棒、せっかく仲間たちと作り上げた黄昏舵の鍵剣改を無にしてしまった。悪いな。
達成感はない。
ただ一抹の悔恨はある。
友とこの勝利を共に味わえなかったことだ。
俺の瞼が熱を帯びる。頬より一筋の滴が滴り落ちる。
そして世界は山吹色の輝きに包まれた。
*
『ありがとう。あなたのお陰でこの世界は消失を免れました』
声がした。母のような全てを包み込む優しき女性の声がした。
姿は見えない。いや周囲を山吹色の輝きに包まれ、確認できない。
「まさか滅亡と新生の女神か?」
俺が問うても声は答えない。
『私は世界に生きる数多の生命を愛していました。ですが不和が争いを呼び、不信を呼び、分かり合わぬ生命に失望もしていました』
だから黄昏という女神の試練を与えた。
「わかりあうのならば続けても良い。わかりあえぬのなら滅ぼしても良い。そんな審判を繰り返してきたか」
『全てを滅ぼしても構わない。それでも良いと思っています』
優しき言葉とは裏腹に神としての確かな威厳があった。
「言いたいことや文句は色々あるが、この世界は合格か?」
『残念ながら』
「なんでだよ!」
誰もが一度は絶望に膝をつこうと再び立ち上がれた!
いがみ合い、衝突しようと手を取り合い、再び前に進んだんだぞ!
どこが不合格なんだ!
『この世界はウバルにより喰い荒らされました。この状態で世界を維持し続ければもうすぐ消滅します。消滅を阻止するには世界を新生させる必要があるのです』
「なら、今まで戦ってきた人たちは! ロッソたちの頑張りは無駄だってことじゃないのか! お前、神様なんだろう! なんでもできるんじゃないのか!」
胸ぐらあったら掴み上げていた。
肝心な声は唇を噛みしめたように押し黙っている。
「悪い。ついカッとなった」
一番悔しいのは女神のはずだ。
合格とされる世界の存続を行いたくとも行えない。
喰われに喰われては最初からやり直すしかない。
『ですが取り戻した権能で生き残った者たち全員を望む形で転生させます。彼らには新しい世界で生きる権利がありますから。もちろん精霊にも』
「そうか……」
納得はしていないが一応理解だけはした。
別れや再会の言葉を交えられないのは残念だ。
ただ今なお一つだけ解せない点はある。
「俺をこの世界に呼んで人形に入れ込んだのはあんたか?」
『確かにあなたを呼んだのは私です。ですが代行者として指名したのは精霊の時代において波を踏破した三人でした』
声はかつての時代を語り出した。
『精霊の時代、確かに争いがあろうとあくまで次なる王を決める戦いのみ。他種族と争う概念を一切持ちえぬからこそ、別なる世界でもっとも強き悪意を持つ三人を召喚しました』
それが若き日の親父たちだったわけか。
「でもなんのために? 争う種は嫌いなんだろう?」
『悪意は伝播するもの。三人が持つ悪意を不和と戦争の火種として解き放ち、精霊たちに戦争という概念を植え付ける。そうすることで精霊全体に戦争の悲惨さを学ばせ、さらに進んだ種として育て上げるためです』
戦争という試練を与え、成長を促進させるなど如何にも神様らしい考えだ。
そして波たる滅亡装置を追撃で解き放ち、試練とする。
「だが結果として親父たちは最初殺し合っていても最後は分かり合っていたぞ」
『ええ、親に植え付けられた悪意であろうと彼ら三人は巻き散らすどころか精霊たちと分かり合い、見事に乗り越えました。嬉しい誤算です』
連綿と続く家々の対立は易々と止められない。
だが虚渦との戦いで俺が己の道を見つけた様に、親父たちもまた波との戦いで悪意に舗装された道を脱却した。
『突如現れたウバルにほとんどの権能を簒奪された私に対抗手段はありませんでした。だから私は別なる世界にいる彼ら三人に助力を求めたのです。あの者たちは精霊の時代において黄昏を踏破した者たち。当時の王が私の目を盗んで娘や剣、船などを隠す仕込みを把握したからこそ、ウバルへの
「俺を推薦してきたと。けど亀は別世界から勝手に人や魂を呼びだすのはリソースの横取りだって言ってたが?」
『ウバルはあらゆる世界を渡り喰らいます。次は自らの世界だと知れば協力はしますよ』
神同士の相互承諾があれば世界間の移動はオールオーケーか。
親父たちの召喚ができたのも悪意を余所の世界で発散させる狙いがあったと読んでいいだろう。
『本来なら各々の子供を推薦してきたのですが、権能奪われた私は喰われぬよう隠れ潜む身。肉体ごと別世界から転移させたくとも、あなた一人の心を人形に入れるだけで精一杯でした』
巧妙に立ち回るウバル相手では表立って抵抗はできないわな。
だから女神は精霊女王が未来視にて仕込んだあらゆる要素を不確定要素というカウンターにした。
「……ロッソもその不確定要素だったのか?」
『彼は偶発的にしろ世界が繰り返していると気づいた唯一の人間です。あなたと接触し、ウバルに殺される因果があったからこそ、ウバルに勘づかれることなく白と黒のギアを拾わせ、死した際、過去に干渉できるよう手配しました』
不確定要素が多いほどウバルの立ち回りを乱すに乱すことができる。
時折見る謎の走り書きは未来にて死んだロッソが過去に干渉して記した警告だったわけか。
もちろん勝利する確証はなくとも対抗できる手段を見いだせ、時間を稼ぐことができた。
特に白の鋼子と黒の封龍のギアは、そのデータがなければインバーターを成形ができなかった。
いや相棒だろうと、剣だろうと何一つ、誰一つ欠けていてはここまで至らなかったはずだ。
「流れはだいたいわかった。世界を救ったんだ。願いの一つや二つ叶えて貰うぞ!」
俺からの突然の要求に女神は押し黙る。
世界を新生させるので手一杯なのは百も承知。
ただ取り戻したいために俺は戦い続けてきた。
内容を知った女神が酷く狼狽した声を出す。
『そ、それだけでいいのですか? 彼ら三人は株価の変動やら宝くじの当選番号を要求してきましたよ?』
あんの親父ども、学生時代に設立した会社の資本金はそこからきたわけか!
いやまあ企業経営に資金が必要なのは分かるが……だけど俺は!
「それだけでいい!」
当然だろう。世界一の金持ちでも、不老不死でもない。
誰もが当たり前に望み、誰もが当たりまえに囲むもの。
――それこそが俺のたった一つの願いだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます