第37話 裏切り

 亀裂走る壁面を蹴り破れば当然のこと、壮大な倒壊音が響き渡る。


 俺の狙い通り逆さ螺旋城の最奥にたどり着いた。


 最奥の証明としてこの空間は絵に描いたような謁見の間であり、上座にある王様の椅子らしきものが瓦礫で潰れている。


 よく見れば瓦礫より見覚えある黒き手がぴくぴくと痙攣する形で飛び出していた。


 だからその手に向けて轟鯨のバスターをぶっ放す!


「てめええええ、なにすんだゴラッ!」


 直撃寸前、瓦礫より飛び上がったウバルが埃でも払う要領で俺の放ったバスターを弾き飛ばす。


 弾かれた光線は別なる壁にぶつかれば床上に新たな瓦礫をまき散らしていた。


「せっかくてめえのために一〇〇層ものダンジョン用意したってのに、壁ぶっ壊してショートカットするか!」


「お前の悪趣味につきあう義理はない!」


 大剣を肩に乗せた俺は心底嫌な顔をする。


「性格悪いお前のことだ。制限時間内に突破できないと世界が滅ぶとか仕込んでんだろう」


 加えてギリギリのギリギリ、残り一秒どころか残りレイコンマ一秒でタイムアウトとなる仕様のはずだ。


「勘のいいガキはこれだから嫌いなんだよ」


 ああ、俺も享楽的で考え無しのおっさんは嫌いだね。


「ったく挙げ句果てに新しい武器持ってきやがって、無茶苦茶だろう」


「存在自体が非常識の破天荒に言われたくないわ!」


 俺は一気にウバルの間合いに踏み込めば大剣を振り下ろす。


 ウバルもまた徒手空拳であろうと大剣の腹を弾いては、応射として俺の腹に拳を叩き込む。


 だが寸前で俺は左腕で拳をガード。


 骨まで響く衝撃を噛みしめながら、その流れで身を即座に屈めては両脚をバネに真下から顎先を蹴り上げた。


 距離が一気に開けた瞬間、疾鷹スピードにて加速し間合いを詰める。


 追撃に烈熊パワーを発動させんとした時、ウバルは不敵に笑っていた。


「へん、てめえの思い通りできると思ったか?」


 瞬間、俺の加速は唐突に切れる。


 次いでゾワリとした微電流が俺の全身を貫き走る。


 経験が俺をウバルから飛び退らせる。


 離れる最中、轟鯨バスターと疾鷹スピードのダブルギアで牽制の拡散ビームを放とうとするが、スロットの三色ギアは回転しておらず剣先には光すら集わない。


 逆に鋼子と封龍ギアは異音を発しながら回転している。


「この感覚、覚えがあるぞ――まさか!」


「そうだよ、第一渦:刻天葬柱ダリスベの弱体化と反転能力を応用したアンチギアフィールドってやつさ。急ごしらえだが、この空間内でギア能力を開放できねえようにしてやったぜ」


 ウバルは嘲り嗤う声を上げる。


 白と黒のギアが回転しているのは、持ち前のブースト機能と敵能力の抑制機能がフィールド効果に抗っているからか。


 けどよ、それで優位に立てると思うのは勘違いだ!


「リチュオルイグナイター起動!」


 こっちにはイグナイターとインバーターがあるってこと忘れるなよ!


「へん、やっぱそうでなくっちゃな!」


 奴は笑っていた。嗤い続けていた。


 幾度となく剣と拳を激突させる度、床や壁はその余波で凹み、崩れ落ちる。


 何度、俺の身体に拳や蹴りを撃ち込まれたか、何度、俺が奴の身体を切りつけたか、重ねた回数など一〇〇から数えていない。


「せいっ!」


 大剣のフルスイングをウバルは身を屈める形で回避した。


 振り切った慣性は早々体勢を整えさせず、眼下のウバルは顎下狙わんと右拳を握りしめた。


 後は打ち上げロケットよろしくの鮮烈なアッパーが俺の顎下に迫る。


「させるかっての!」


 俺は奴が拳を振り上げた時には右足を掲げ、迫るアッパーを踏みつけていた。


 鮮烈な重みが右足にかかろうと、踏み台の要領で俺は飛び上がる。


 ただ飛び上がるだけではない。大剣を振るうことで生じた慣性を材料に宙で姿勢を整える。


 動作反動で拳を天に向けたまま固まるウバルの頭頂部に重き一撃を叩きつけていた。


「ぐっおっ! 頭から背骨に抜けたぜ!」


 まともに受けたウバルは背面から床に埋まり、亀裂と言葉を走らせるのみ。


 渾身の一撃は効いていようで効いていない。


「くっ~今回の世界は楽そうで食えねえから困るぜ」


 身体を床に半ば埋まらせていたウバルは、首をコキコキ鳴らしながら平然と立ちあがる。


「とっとと概念やら感情食べて次の世界に行こうと思ったのによ、とんだ足止めだ。女神食おうと思っても食えやしねえ」


 ウバルの忌々しさを宿した発言から、件の女神はまだ食われていないようだ。


「メインディッシュは最後にいただく口なんだが、女神がお前やロッソを妨害に差し向けたせいで喰えに喰えねえ。だからさ、権能を奪うだけ奪って外堀からいただくことのしたのさ」


「それが虚渦か! 黄昏を利用して世界を滅茶苦茶にしたのか!」


 怒るな、留めろ。沸き上がる怒りを今はまだ解放するな。


「どうせ綺麗さっぱり俺が平らげれば消えるんだ。概念を失った世界は消失する。完全な無にな。そこに輪廻も新生もありはしない」


「お前のせいでどれだけの血と涙が出たと思っている!」


「知るかバ~カ。検尿カップで量ったわけじゃねえしな。それともあれか? 血と涙がカップから溢れたらお前みたいなヒーローは怒るのか? 普通に生きるのに必要だから喰らうのに、どこが悪い? ほれ常識で、倫理で、愛、で欲望でしっかり説明してくれよ?」


 ただ生きるために喰らうのを否定しない。


 誰だって動植物を生きるために喰らうからだ。


 否定はしないが、血も涙もなく命を弄ぶ存在は――存在してはいけない!


「おおっと、怒りが丸出しじゃねえか!」


「今度こそお前はここで倒す! お前を生かしておけば別の世界も不幸になる!」


 下手すれば俺の住まう世界も!


 俺は斬りかかり、殴りかかり、蹴り飛ばす。


 ウバルもまた絶妙な手さばきで放たれる攻撃を回避している。


「がはっ!」


 ウバルの右拳が一瞬だけ俺の視界から消えたと思えば、腹部にめり込んでいた。


 衝撃で肺の空気が全て吐き出され、空気を求めて強制的に呼吸を繰り返さんとする。


 だがウバルの手刀が俺の首筋に直撃し、呼吸を阻害する。


「ほらよっと!」


 軽いかけ声と共にウバルが身体をひねる。


 俺は殴打と酸欠により意識を薄れさせてしまい受け身の反応を遅れさせてしまう。


 ウバルが右足裏にドス黒きオーラを集わせ、回し蹴りの要領で俺を蹴り飛ばした。


 その衝撃は意識と身体を俺より乖離させる。


「んで、誰が誰を倒すって? あーあー起きていますか~? もしも~し生きていますか~? あ~ダメだ。反応がねえ、あんまりにも手応えありすぎるから、うっかり強く蹴っちまった」


 壁面にだらしなく背面を預ける俺にウバルが挑発する。


 意識が朦朧していようと分かる。


 ウバルは規格外の強さだ。頭では分かっていた。


 神という概念を喰らう存在だぞ。神より弱ければ逆に喰われてしまう。


 イグナイター使用でも届かないのか、新しい黄昏舵の鍵剣でも叶わないのか!


「暴走を制御された時はちぃと冷やっとしたが、まあいいさ」


 動け、動け、動け!


 まだ終わっていない!


 死んでいない!


 再スタートがあると思うな!


 お互い世界の繰り返しに気づいた身。


 対策が施されるに決まっている!


 俺は全神経に意識を集中させ、立ち上がらんとする。


 だが意識に反して身体は動かず、霞む目が間近に立つウバルの姿を映し出す。


「この世界で遊びすぎたよな。こいつぶっ殺して今度こそ女神喰らって、ああ、そうだ。次はこいつの世界に行くのも悪くねえ」


 な、なんだと! 動かぬ身体に比例してはっきりとした意識はウバルの発言を聞き逃さない。


「覗き見る限りじゃ多種多様な神がいるそうじゃねえか、おおう、想像しただけで俺ワクワクしてきたぞ」


「ざ、ざけんな、このヒトデナシが!」


 気合と根性で立ちあがった俺はふらつきながらも渾身の罵倒でどうにか状況を好転させようとする。


 ウバルはそんな俺にただ肩をすくめるだけだ。


「ヒトデナシ? あひゃひゃ、ヒトデナイのが言う口かよ!」


 黒き拳が俺の胸部に深々とめり込んだ。


 痛みは不思議となかった……拳引き抜かれようと血や内臓は何一つ飛び散らなかった。


 ただ代わりに飛び出たのが無数の歯車だった。


「なん、だ、と……!」


 俺は穿たれた胸にただただ瞠目し声を震えさせるしかない。


 胸の孔より覗く機械部品にただ愕然とする。


「虚渦相手に打ちのめされようと五体満足でいられるカラクリがこれだよ。まさか黄昏舵の鍵剣が身体を頑丈にしたと思い込んでたのか? 精霊の時代に作った自動人形は波にすら耐えられるんだよ!」


 俺が、俺が人形だと!


「大量に遺棄された自動人形から使えるパーツをちまちま集めればまともな人形ひとつは作れるよな。そこに女神パワーで別世界から精神をインストールすれば、代行者ヒトデナイのできあがりだ!」


 人形であった事実がとある声を想起させた。


            *


『生体反応を検知。船内にいる該当者は一〇一名。飲んだくれの大人三五名、失意にてうなだれる大人二九名、負傷者一五名、医療従事者と思われる者三名、何らかの活動を行う者一四名、そして元気に走り回る子供五名です』


            *


 かつて黄昏踏破船<トア>の報告システム<モア>の声。


 その該当者の中に俺という人間が入っていない。


 自動人形という身体だからこそ生体反応として検知されなかった。


 それだけではない。ティティスと灰化世界を歩いていた時だって疲れや飢えに苛まれなかった。


 身体の異常さに疑問は抱いていた。


 だが、疑問は足を止めるだけ。


 疲れと飢えがないからこそ、前へと進み続けるのに好都合だと疑問抱くのを切り捨て、今の今まで忘れ去っていた。


「そしてこれが死してリスタートする原因だ。ねば再びまるってか」


 ウバルの手には<再シ>と打刻されたギアが握られていた。


「こいつはぶっ壊れると最初からやりなおしとなる権能が込められている。船の中で殴った時、女神から簒奪した権能と共鳴してピンときたんだ。正確な位置さえわかれば壊せず取り出すのは容易いしな」


 俺はただ愕然と胸の孔を見つめたまま、両膝をつくしかない。


 ウバルはそんな俺に笑うことなく、零れ落ちた剣を拾い上げていた。


「さてこれでお前を綺麗さっぱり殺せる」


 ウバルは大剣は俺に向けて投擲した。


 相棒や仲間たちが新たに作り直した剣が俺に迫る。


 迫る剣が俺に走馬燈を巡らせる。


「言っておくがもう繰り返しなんてねえからな、奇跡なんて期待するなよ」


 苦楽を共にした仲間たちの顔が過ぎる。


『最後の希望だ』


『矜持を取り戻せた』


『世界を救える』


『またね』


 仲間たちの言葉が、約束がリフレインする。


「そ、そうだ、に、人形、なんて関係、な、い……」


 人形だろうと人間だろうと、今ここにいることこそが偽りない事実!


 例え身体が偽物だろうと、ここまで来た心は本物!


 俺は意識を震わせ、立ち上がらんとした時には、剣の切っ先が俺の胸を貫いていた。


「がっ!」


 意識が遠のく、指先の感触が消えていく。悔恨が沸き上がる。


 ここで、ここで死んだら仲間を裏切ってしまう!


 約束を破ってしまう!


 動け、動け、動、け、お、れの、カラダ――


 カチカチカチカチ――


 噛み合う歯車の音は俺が聞いた最期の音だった。

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