第36話 突入!

 奥へ、奥へ、濃霧の海を陸の船は進む。


 ここは五感を狂わす霧が覆う森。


 世界に七つある封じられし大地の一つ。


 楽園があるとされる地、ウバルがいるとされる地。


 船が森に突入して早一時間が経過していた。


「反応なしが不気味だね」


 艦橋の肉視窓から霧に包まれた外を覗こうと木々の切っ先すら見えてこない。


 それどころか船体と木々の接触の衝撃すらなく、本当に森の中なのかと疑問を抱かせる。


 船程のデカブツが森に入ろうならば、質量的に木々を押し倒しているはずが、接触した木々は霧のようにすり抜けている。


 俺たちは森の中を進んでいると霧に思わされているだけでは? と何度も疑念を抱いてしまう。


『こちら右舷監視員、ブリッジ、人工物らしき物体を進路上に発見、注意されたし』


『こちら左舷監視員、こちらもまた人工物を発見、同じく注意されたし』


 船の各所に配置された監視員から報告が届く。


「おう、こちらブリッジ、確認した。どうも木とは違うようだしな、ニアミスに気をつけろよ!」


「アイサー!」


 舵握る操舵士から威勢の良い返事が来る。


「一つや二つじゃないな……」


『かなり、あるわね』


 鬱蒼と木々が生い茂し霧立ちこめる森。


 森にそぐわぬ人工物が一つや二つではなく、船が進む度、その本数を増やしていく。


「こいつは骨、いやもしかして竜骨か?」


 キャプテンが霧の奥より覗く人工物を一目見るなり言葉を零す。


「竜骨って、まさか船のあれか?」


 おとぎ話のドラゴンの骨ではない。


 竜骨とは船舶の構造素材の一つ、船首から船尾にかけて通すように配置された基礎部分だ。


 太く長いことから竜の背骨に例えられ、この竜骨こそが船の強度の源となるほど重要な要だ。


 俺が一発で竜骨を船絡みと分かったのは、冥府で船の残骸を目にしたことと、幼き頃、社会勉強の一環だと親父に造船見学に連れて行かれた経験があったからだ。


「この残骸も冥府で見た黄昏を踏破できなかった船なのか?」


 俺が疑問を口走るなり、空間が前触れもなく揺れ、ウバルの哄笑が耳障りに響く。


『あーひゃっひゃっはっ! 如何にも! 無様な内部争いで滅んだ愚か者たちの墓標さ!』


 霧に紛れて響くウバルの声は姿が見えずとの不快さを得るには充分だ。


 咄嗟に身構えるなど今更であり、ウバルの悪辣な性格を踏まえれば声を響かせる前に俺の断末魔を響かせているはずだ。


『おうおうよく来たな、ここがお前らの終着点だよ。はい、ごくろうさん』


 労う気なんて最初からない癖に、下手な演技するなっての。


 俺は鼻先で笑ってしまう。


『俺らしく労ってんのに、鼻先で笑うなんて酷い奴だな』


「お前が言うな、お前が。とっととぶった斬りたいから姿見せろよ」


 会話なんて無粋だ。意味がない。逆に謀の時間稼ぎかと疑いを走らせる。


『まあもうちっと待ってろ。ほれ、よっこらせっと!』


 やっぱりなにか仕込んでいたか。


 俺が気を引き締め、大剣を握り直した時、霧が一斉に消し飛んだ。


 目の前に晴れ晴れとした森林地帯が広がっていたのも束の間、船と目と鼻の先にある木々の景色が歪む。


 渦を描きながら歪む。


 歪みは吸い込まれるように広がり続け、巨大な黒き虚を形成する。


 まるでブラックホールのようだ。


 ただなんでも吸い込むとされるブラックホールとの違いは虚の奥底にうっすらと建造物が見えることだ。


『お城?』


 太古の昔にありそうな飾り気のない螺旋状の城が逆さに聳えていた。


『最終決戦に相応しき舞台を用意してやったんだ。俺は城の一番上にいるから、イチカ、お前一人でそこまで来たら相手してやるよ。城に入るには虚渦から手に入れた歯車がいるからな、忘れず持って来い!』


 はは~ん。読めたぞ。お前、城の各所に色々仕込んでいるな。


 それも悪趣味なほどの嫌がらせを。


 一番上ってどちらから見て一番上か、考えるまでもない。


「いいぜ、ウバル、決着をつけるぞ!」


『ふん、俺のところにまで来れれば、だな』


 相変わらず人を小馬鹿にした言動は神経を逆なでする。


「みんな行ってくる!」


 大剣握る俺はブリッジから飛び出していた。


『イチカ、ぶっ潰しちゃえ!』


 背中に船からの声を受け、深い虚を降下していく。


 冥府の時とは感覚が異なり、上がっているのか、下がっているのか、時間と共に感覚が曖昧となり、周囲にはノイズ混じりの景色が流れては消えていく。


 記憶にない景色ばかりだが、この世界で見た本の写真や壁画と符合した。


「この世界の過去か」


 女神が存続か滅亡かを判断する黄昏。


 紡がれてきた歴史に神は試練を与え、存亡を問う。


 それが今、たった一つの悪意により狂わされ、世界は滅亡の危機に陥っていた。


「ほらおいでなさった!」


 空間が鳴動し、巨大な渦を形成する。


 渦は数えるのが面倒なほど増え続け、俺が逆さ螺旋城に到達するのを妨げてきた。


 ウバルにとって、これはまだ序の口レベルの嫌がらせだろう。


「相手にする暇なんてない!」


 無茶を通して道理を穿つ。


 俺はバスターを発動させ、照準を降下妨げる渦の群に向けた。


「どけ、俺の道だ!」


 リチュオルイグナイターにより爆発的に増幅したエネルギーは目映き光線となって渦の群を一層する。


 使用したからこそ俺の身体にまつろわぬ霊が入り込まんとする。


 このままでは肉体を乗っ取られ暴走するがインバーターが制御し暴走を起こさせない。


「もう一発!」


 次弾発射に移った時、今まで倒した虚渦が総出で現れる。


 ぼろ人形・ホネホネ・鬼面・亀・球っころ・根っこ・人型!


 ご丁寧に名前まで俺の網膜に表示される。


 第一渦:刻天葬柱ダリスベ――天に定められし刻に逃げ場なし。


 第二渦:狂骨壊乱アグガル――骨は不可分な死にして狂い壊れるもの。


 第三渦:断演羅面ペシャドルナ――仮面外せぬ愚か者。


 第四渦:玄太冥識タルガルイ――深く識るものは語りがたる。


 第五渦:爆欺欲滅バライヤ――欺き騙す欲は死へ向かう。


 第六渦:擁縛樹帰ヴェニディア――その愛は抱きしめ帰さない。


 第七渦:崩夢消誕ウリアルクス――どうにもならぬ絶望。


 語り尽くした亀までいるとは!


 亀のサイズは冥府で会った時と異なり、他の虚渦に負けず劣らずの大きさときた。


 だがあの亀は俺の知る冥府の亀じゃない!


 恐らくウバルが女神から簒奪した権能で別に作り出した。


 総出でお出迎えのつもりだろうが、日本じゃ倒した敵ボスの再登場は弱いって負けフラグがあるんだよ!


「そのまま突破口を開く!」


 再度のバスター使用!


 瞬間、剣先から光が膨れ上がり、直径数百メートルの光柱となって虚渦を文字通り吹き飛ばし消滅させる。


 魔改造が施された黄昏舵の鍵剣改は難なく虚渦を屠るだけの性能を身震いするまで発揮している。


「ぐううううっ!」


 光柱に消える虚渦を見送ることなく俺は大剣を動かす。


 いちいち城の中を踏破する気など俺にはない。


 ウバルの道楽につきあっていられるか!


 ウバルがいるとされる城の一番奥にたどり着くにはルートを通るより、作ることこそが最短となる!


 舵鍵改より放出される巨大なビーム光線を長大な剣として逆さ螺旋城に目がけて振り下ろす。


 城の表面を長大な剣は斬り裂いていく。


 細かな階層など数える暇はなく、俺はただ深く、深く長大な剣を振り下ろし続ける。


「キャンセル!」


 逆さ螺旋城に巨大な亀裂が生じた瞬間、俺はビーム光線の展開をキャンセルさせる。


 光が剣先より潰えたと同時、エンジン部より強制排熱が行われる。


 よし、強制キャンセルだが異音も不備も大剣から感じられない。


 流石、皆で作っただけあって、多少の無茶な使用は耐えきれるようだ。


「さあ今度こそ終わらせるぞ!」


 デッドエンドにピリオードを!


 俺は超加速にて亀裂から逆さ螺旋城に侵入した。

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