第35話 決戦前に

 新たに生まれ変わった黄昏舵の鍵剣。


 リチュオルイグナイターやインバーターの使用を前提に設計された新たな希望。


 設計時において真にするか、改にするか、前後どちらにつけるかなど多少は揉めたそうだが使用者である俺に命名権があるとして保留とした。


 収納状態から展開した形は以前との変わっておらず、柄にあるエンジン部にイグナイターやインバーターが一体成型された形で組み込まれた。


 三つあるスロットは変わらずだが、その一つが既に埋まり、赤・青・黄と三色別けされた三色ギアが装填されている。


 まさか破損した烈熊・疾鷹・轟鯨のギアを一つに再成形したのか?


 ただ握っただけで、この剣は以前と比較にならぬほど底知れぬ性能が秘められているのが感じられる。


 ウバルとの決戦が近いからこそ俺は甲板に一人出ては運用試験を行わんとしていた。


「さて黄昏舵の鍵剣改、その力は如何なるものか……」


 緊張で乾いた唇を俺はぺろりと舐めとった。


             *


 大剣のエンジン部が火花散らそうと悲鳴を上げず。


 廃熱が行われるも静粛性が高く、一〇秒足らず終わるなど、各機能が思った以上に底上げされている。


 俺は濃霧に穿たれたトンネルにあんぐりと口開いて愕然とするしかない。


『なにやらかしてくれるんですか、マスター!』


 再起動を果たした<モア>から雷を落とされた。


 ちょっと進行方向に試射しただけよ?


「三つのギアを一つにしたのには若干の不安はあったが……」


 暴発の懸念はあったが、使用には一切問題なかった。


 体感的に単色ギアの能力と比較して三色ギアは三分割されているだけに個々の能力は三分の一。


 だが向上した鍵剣改の性能と鋼子のブースト機能を組み合わせれば単色ギア以上の効果を発揮している。


 もしかしなくてもギア三つ同時使用のトリニティギアを存分に使用できるのか?


 試してみたい気持ちはあるが、これは試験だ。そこまで負荷はかけられない。


『人がちょっと熱冷ましている間に、とんでもないことをしてくれますね』


 いや、お前人じゃなくって船だろう?

 

 俺一応お前のマスターだぞ?


 マスターなんだからちぃとは敬意持ってもいいんじゃないのか?


「新しい黄昏舵の鍵剣の運用試験だよ。ほらちゃんと暴走してないだろう?」


『ええ、しっかりと。運用試験なのは分かりましたが……』


<モア>の音声から諦めムードが溢れ出ている。


 いや、あれこれいうのが面倒臭くなった感が強い。


『後六時間ほどで霧の発生源たる地に到着します。最後の戦いになるでしょう。無駄な力は使わず、あなたは出撃まで休んでいてください』


「けどよ、運用試験始めたばっかだぞ?」


『休んでいてください!』


<モア>に押し切られ俺は押し黙るしかない。


 寝るのもあれなので船内を軽く散歩することにする。


 終わりが近づいてこようと、誰もがいつも通りの仕事をこなしていた。


 目視を怠らぬ監視員、全焼した工作室の片づけを行う有志、食堂を覗けば、いつも通り食事の用意が行われている。


 次にブリッジに顔を出せば、やや緊迫した空気があろうといつも通りの航行が行われている。


 キャプテンが俺に気づき、声をかけてきた。


「兄ちゃん、<モア>にどやされてましたな」


「まあな、航行は問題なさそうだな」


「ええ、やられたのは工作室や壁だけってんのが幸いでしたわ。ここや機関室だったら終わっていましたよ」


「後一歩のところでしとめ損ねた」


「そんだけ敵が上手だったってことでしょ。それにこちとら感謝しているんですさ」


「感謝?」


「ただ享楽的に飲んだくれる俺たちに今一度、航路を示してくれた。今一度舵取るチャンスをくれた。改めて礼を言いますわ」


 礼だなんて、俺はただ単に船のクルーが欲しかっただけなのにな。


「楽園がどんな場所か分かりませんが、これが最後の戦いになるでしょうな」


「ああ、ウバルが悪知恵使って待ち構えているだろう。今まで以上に激しい戦闘になる」


「な~に、こっちには兄ちゃんがいる。兄ちゃんがいたから俺たちは前に進めた。立ち上がり進むことができた」


 キャプテンは笑いながら告げた。


「兄ちゃんは俺たちの最後の希望ですわ」


            *


 ブリッジを後にした俺はキャプテンの言葉を反芻する。


 最後の希望か。


 ただ生き残るため前に進んできた。


 だが悪い気はしない。


 最後の絶望たるウバルを最後の希望たる俺が今度こそ倒す。


 狂った黄昏を今度こそ終わらせよう。


 世界の繰り返しにピリオードを打ち、次なる世界に繋げよう。


             *


「き、君か」


 通路を歩いていれば、一人の男性と出くわした。


 冥府探査の際、運搬器具の改良や黄昏舵の鍵剣改の図面製作に手を貸してくれた人だ。


 あれやこれやのゴタゴタもあって礼の一つも言えなかった。


「あの時は……」


 助かったと俺が言い掛けた時、男性は突然頭を下げては謝罪してきた。


「君には迷惑をかけた」


 迷惑なんて互いにかけあうもんだろう。


 そして、その分、互いに助け合うものだ。


 これっぽっちも迷惑なんて思っていない。


「礼を言いたいのはこっちだよ。あんたの手がなければ冥府探索は大変だったし鍵剣改だって完成しなかった」


「それでも礼を言わせて欲しい。妻子を失った私はただ当たり散らすだけだった。頭では分かっていても失った悔恨は消えない。消えることがない。君の言葉で目が覚めたんだ」


「俺だって家族を失えば、自暴自棄になっていたし周囲に当たり散らしてしまうよ」


 家族を失ったもしや、かもが何度も頭によぎる。


「子供たちだって小さいながら頑張っている。なら私も自分にできることをやらなければ、きっと妻や娘に笑われる。私は技術者だ。ならば自分になにができるかと、気づけば居ても立ってもいられなくて降下器具製作に割り込んでいたよ」


 お陰で予定以上の代物が完成した。


「君のお陰で技術者としての矜持を取り戻せた。ありがとう」


 失ったものは多い。


 それでも再び立ち上がり前に進めた。


 だからこそ滅亡で終わりなんて俺は、いや俺たちは認めない。


             *


「お兄ちゃん発見!」


「いたぞ、確保しろ!」


「囲め、囲め!」


 船内を一周して一通り見回った時、五人の子供たちが駆け寄ってきた。


 誰も手や顔に油汚れがあり、あっちこっち走っていたのか、息を切らしている。


「お兄ちゃん、これ!」


 女の子が俺に小さな歯車を差し出した。


 精霊の力を宿したギアではない。


 純粋なまでの機械部品としての歯車だった。


「お前らこれどうしたんだ?」


「ん~と作ったの!」


「うん、精霊のお姉ちゃんや工作室のおじさんたちにアドバイスもらいながら作ったんだ!」


「金属切ったりするのは危ないから大人の人にやってもらったけどね」


 工作室の工作機械は全焼しようと工具類は奇跡的に無事だった。


 だから子供たちは大人たちに手伝ってもらいながら自分たちなりに作ったという。


「これお守り! お兄ちゃんにあげる!」


「今度こそあんな黒いのやっつけちゃって!」


 なんだか言葉にできないが、俺の中にある何かができると大声で叫んでいる。


 だから行ける気がした。今度こそウバルを倒せる気がした。


「約束だからね!」


「ああ、約束だ!」


 この約束は絶対に破れない。


             *


「前いいかしら?」


 食堂で軽くなにか摘もう。


 激しい戦闘になるためスープを頼んで席についた時だ。


 エリュテが対面する形で俺の前に座る。


「構わないが、どこもかしこも開いているだろう」


「ならどこに座るのも自由よ」


 そうだなと俺はほくそ笑むしかない。


 出会った当初と異なり、エリュテから壁とトゲがなくなり、今ではあれこれ会話が弾んでいる。


「もう終わりなのね」


「ウバルの奴をぶっ飛ばせばな」


「もし終わったらどうするの?」


「帰れるなら帰りたいが帰還方法が不明だしな、ぶっ飛ばしてから考えるよ」


 俺は困惑しながらスープを飲み干した。


 この手の別世界転移の犯人の多くは異世界の神様が相場だ。


 もちろん、とある国が魔王を倒すために別世界から強制召還もある。


「その女神が生きているなら、帰還できるかもしれんがあのウバルだからな」


 女神が持つ権能を掌握していると奴は語っていた。


 抜け目ない奴のことだ。


 女神に化けて、帰還で油断を誘い出して俺を殺す可能性もある。


 あれこれ考察するのは徒労につき心労だと俺は早々諦める。


「ねえ、この船に帰ってくるの?」


 ふとエリュテが僅かに震える手で俺に触れる。


 ロッソのように失うかもしれないと思っているのか、なら俺ははっきりと顔を見据えて返す。


「必ず帰って来る」


「なら別れの言葉はいらないわね」


 さよならなんて似合わない。


 二度と会えなくなる言葉は不要で無用。


 エリュテは俺の手を強く握りしめては言った。


「またね」


             *


『あっ、おかえり、イチカ』


 部屋に戻ってくればクッションの上でティティスが羽を休めていた。


『どうよ、新しい黄昏舵の鍵剣の使い心地は?』


 感想を尋ねてきたティティスの羽先はわずかながら震えており、返答を待ちきれないようだ。


「サイコーだった」


『オ~ライ、苦労した甲斐があったわ』


 声は喜び弾むティティスの羽は小さくガッツポーズをとっている。


 相棒の微笑ましさを感じながら俺はベッドにその身を横たえていた。


『ウバルぶっ飛ばした後、あんたはどうすんの? 元の世界に帰るの?』


「エリュテにも言ったがウバルの奴をぶっ飛ばしてから考えることにしている」


『ふむ。本音言えばこの世界に残って新女王たるあたしの手伝いをして欲しかったんだけどね』


「生憎、家業を継ぐからな、遠慮させてもらうわ」


 自分で言っておいて、俺は忘れていた家業を思い出した。


 今まで前に前にと進んでいたから、自分の将来の今後を考える余裕がなかった。


「なんだよ、道なんてただ見えているだけじゃないか」


 歩かなければ前に進めない。


 俺は今まで決められた道をただ進んでいると思っていた。


 実際は違う。


 道はあろうと自らの意志で進むことこそが我が道となる。


 なんでこんな当たり前なことに気づかなかったんだ?


 空虚さを感じていたあの日々はなんだったのかと自嘲してしまう。


『ん? どっしたのえらい晴れ晴れとした顔しているけど?』


「道が見えた。ただ今まで見ていなかったと気づいただけさ」


 俺はもう空虚さに囚われない。


 だから明日を、未来を取り戻す。

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