第34話 魔改造

「たまには後退か……」


 俺はゆっくりと目を覚ました。


 嗅ぎなれた消毒液の匂いと白きカーテンにて、ここが医務室だと気づく。


 どれくらい眠っていた?


 身体蝕む重き倦怠感はない。


 ベッドから起きあがれば軽く屈伸運動をして強ばった筋肉を解す。


「懐かしかったな」


 今の世界ではロッソは既に故人。


 ロッソの持つ知識は俺を何度も窮地から逆転させた。


 蓄積した知識と観察眼により、虚渦の特性を見抜き、突破法を俺に飛ばした。


 どんな虚渦が現れようと勝ち続けた。前に進めた。


「だから、なんだろうな」


 知識は時として武力以上に厄介な脅威となる。


 よって暗躍趣味のウバルは俺よりもロッソを真っ先に消すべきターゲットとした。


 ロッソもまた自分が狙われていると気づいたからこそ、ウバルに、いや俺やエリュテにすら勘づかれることなく対策を施した。


 恐らくそれが時折目に付く走り書きや白と黒のギア。


 どんなカラクリかは今は亡き当人のみぞ知るだ。


「すまない、ロッソ」


 ようやく全ての虚渦を撃破しようと、黄昏舵の鍵剣は損壊し、烈熊・疾鷹・轟鯨の三つのギアも失った。


 思った以上にギア三つ同時使用のトリニティギアは大剣に負荷をかけてしまったようだ。


 だとしても相棒をこの手で殺め、失うという最悪の事態だけは防ぐことができた。


 全てが終わったわけではない。


 可能性が潰えたわけでもない。


 まだギアは鋼子と封龍の二つが残っている。


 大剣がないのなら、残り二つのギアをどう運用しウバルを打ち破るか、仲間たちと知恵を出し合う必要がある。


「試せるなら、やるだけの価値はあるよな」


 たまには後退してもいいんじゃないか。


 これが可能性の鍵だ。


          *


 しっかし、みんなどこ行ったんだ?


 医務室はベッドすら空っぽで、通路に出ようと俺を出迎えるのは真っ白な濃霧ときた。


 濃霧は通路にすら我が物顔で入り込み、手すりがなければ誤って船から落ちてしまうほど危険だ。


 もっともそうならないように、工事現場やイルミネーションで使うチューブライトが手すりの縁に取り付けられ点滅を繰り返している。


 バッテリー式のため、通路に電源ケーブルを伸ばす必要がなく足にひっかかる事故を回避していた。


「おい、<モア>状況を教えてくれ」


 俺は呼びかけるも<モア>から応答はない。


 こいつ、やむを得ずとはいえ戦闘で船体の壁何枚もぶち抜いて外に出た抗議にだんまり決め込んでんのか?


 船首突撃角槍を使った時だってしばらくご機嫌斜めだったから、まあ気持ちは分からんでもないな。


 もし自分の体内で暴れるだけ暴れ、腹突き破って飛び出したとなれば……うん、想像するだけでおぞましいし痛ましい。


 無機物だから血や臓物は出ないが、有機物たる人間だから、お子様には見せられませんモザイク展開だ。


「お~い<モア>、ティティスは無事だったんだろう? なら軽い代償だろうが?」


 ティティス当人(?)とはまだ顔を合わせて無事を確かめ合ってないが、元気だと直感が囁いている。


「ったくこれも無視かよ。今回はとことん機嫌が悪いな」


 ぼやく俺は吐息混じりで後頭部を掻く。


 通路を進もうと誰一人として会わず、ふと戦闘現場となった工作室やぶち抜いた壁がどうなったか気になり足を運んでいた。


           *


『あっははは、あっははははははっ! 流石あたし! サイコーだわ!』


 工作室方面から聞き覚えあのある高笑いが通路にまで響き、若干ドン引き気味に俺は足を止めてしまった。


 うん、この高笑いは間違いなくティティスだ。


 第七渦の依り代にされた悪影響があると思えば、元気いっぱいで安心、し、た、が別の意味で心配になってきた。


 というか工作室はウバルに焼かれたはずだ。


 設備が生き残っているとは思えないが、辛うじて焼失を免れた機材があったのか?


 短時間で使用可能レベルにまで修復したとは到底思えない。


「お~い、ティティス」


 工作室に足を踏み入れんとした俺だが、扉を内側から硬く閉じられてしまった。


 鼻先から顔にかけて扉を閉じた際に生じた風が当たり、俺の頬をひきつかせる。


「ティティス、生きてんなら顔見せろよ!」


『……防衛隊出番よ』


 扉の奥より指鳴らす音を鼓膜が拾った瞬間、素肌が複数の気配を感じ取るも反応に遅れた。


「行くぞ、ブラゴト防衛隊! お兄ちゃんが部屋に入るのを防衛しろ!」


『おおおっ!』


 子供五人の勇ましい声がした時には、俺の身体は背面・両腕・両足と五カ所に抱きつかれていた。


 ぐっと凄まじい負荷が俺の身体を抑え込む。


 咄嗟に両足踏ん張って子供たちごと倒れぬようにする。


「くっ、お前ら!」


 子供だから殺気のさの字もない無垢という透明な気配だから、反応のしようがない!


 そりゃさ子供に抱きつかれているのは慣れているよ。


 妹たちが隙あらば競うように抱き着いてくるし、便乗して姉まで来るから抱き着かれる身としては突撃同然の抱き着きで痛いのなんの。


 悪気ないから困ったものだ。


「ええい、おい、こらティティス、お前なにやってんだよ!」


 再度、問答しようと無用となる。


 俺の身体にしがみ付く子供たちを引きはがしたくとも、相手が相手だけに実力行使はできない。


「秘密だよ!」


「そうそう秘密!」


「お兄ちゃんを部屋に入れるなってさ!」


「なんでだよ!」


『秘密だから!』


 子供五人の声が見事なまでにユニゾンする。


 押し問答にすらならぬず、俺は子供五人という重石に歯噛みするしかない。


 その時だ。


 扉閉ざされた工作室から奇怪な音が響き出したのは。


 ピーガガガレレレデガガドドドドオスゴゴ!


 おい、雲行き怪しい音がしだしてんぞ!


「ティティス、なんかやべーぞ、その音! 今すぐ部屋の外に出ろ!」


『ああ、もうあと少しだってのに! ええい、これをこうして! よし、踏ん張れ!』


 ところがぎっちょん!


 ティティスが脱出する気配などなく、奇怪な音は爆音となるのに時間などかからなかった。


 ピイイイイイイガガガガガガガガガア……――チーン!


 爆音は電子レンジの音に変化したのを最後に停止する。


『よし――脱出!』


 工作室の扉が内側から力強く開いてティティスが飛び出してきたのと、俺が子供たちに抱き着かれたまま顔面から床に飛びこみ倒れたのは同時だった。


 そして工作室は内側からド派手に爆発した。


           *


「げほげほげほ、お前、なにしでかしてんだよ!」


 煙立ち込める通路で派手に咳き込む俺は、目(?)を回して転がる球っころに詰問していた。


 不幸中の幸いなのは俺に抱き着いていた子供たち全員にケガがないことだ。


「うひゃ~派手に爆発したな、もう~!」


「ホントだよ、漫画で見た実験で爆発なんて本当にあるんだ!」


 ド派手な爆発を間近に体験したせいか、子供たちは興奮気味ときた。


「あーあード派手にぶっ飛んでんな」


 子供たち全員が離れたことで自由になった俺は爆発した工作室を覗き込んだ。


 爆発は他の船室に及ばぬ規模だったとしても、扉は内側からくの字に圧し折れ、黒煙立ち込める室内を覗き込めば、工作機器と思われる機材の破片が四散している。


 壁面はド派手に黒く焦げており、一部の壁面には金属板で塞ぎ溶接したであろう修復の痕があろうと、ものの見事に破損し、見覚えあるぶち抜き穴が丸見えであった。


「……<モア>、ティティスは工作室でなにをしていたんだ?」


 報告を求めようと当然のこと<モア>から返答はない。


 報告システムを名乗るならマスターの問いかけに答えやがれ。


 苛立ちが駄々洩れだと子供たちの視線で気づいた俺はこめかみに拳を当てながら落ち着かせる。


「ティティス、起きろ」


 今なお通路に転がるティティスを拾い上げた俺はつんつんと頬辺りを突いては目覚めを促した。


『ん、んんん……あ~うっ~あ~間一髪~』


 目覚めたティティスは羽を伸ばして微細に震えている。


「お前、それは……」


 見ればティティスの右羽には見覚えあるグリップが握られている。


 見間違えるはずがない。紛れもなく黄昏舵の鍵剣のグリップだ。


「まさか修理していたのか?」


『修理? いえ、魔改造よ!』


 堂々と俺の掌の上で胸(?)を張ったティティスはグリップを渡してきた。


『ほら握ってみなさい』


 ティティスから渡されたグリップは馴染みのある握り具合だった。


 かつて親父たちが使っていた金色の剣は最後の波との戦闘にて破損した。


 そして精霊たちと魔改造を施し黄昏舵の鍵剣に生まれ変わった。

 

 前例を踏まえるならばティティスは第七渦との戦闘で破損した黄昏舵の鍵剣に魔改造を施したことになる。


「だがどうやって?」


 記憶にある工作室はウバル襲撃により炎上し、工作機器はおろか精霊女王から預かった形成機だってウバルにより真っ二つにされたはずだ。


『ほとんどのパーツはインバーター形成後に、物は試しに作っていたのよ。もしかしたらもう一本、黄昏舵の鍵剣を作れるんじゃないかってね。ほら二本あれば戦力二倍じゃない?』


 いや、ティティスよ、それ二刀流なら攻撃力も二倍っていう素人発想だぞ。


 二刀流って左右の手でそれぞれ持つから腕一本の負担が大きいし握る力も片腕分だから振り回す力だって落ちる。


 よっぽど筋力と体力を鍛えていないと使いこなせない玄人向けだ。


 だが結果として素人(?)発想が新たな道を切り開いた。


「俺が聞きたいのは機材もなしにどうやって完成させたかってことだよ」


『なにって精霊女王の形成機で作ったのよ』


「だがあれはウバルに壊されたはずだぞ?」


『確かに壊されたわ。けどね、壊された部位が良かったのよ。元は三分割された形成機よ。あれに壊されたのは真ん中の部位。壊された部位だけ取り外して試しに左右両側をくっつけたらなんか使えたの……まあ結果はこの通りだけど』


 なるほど、工作室爆発の原因は、本来三つで一つの形成機を無理に繋いで使ったからか。


<モア>がずっとだんまりなのは、形成機が爆発すると予測したからこそ、被害予想範囲の計算に処理を割り振っていたからか?


『もちろん不完全で不安定な形成機だもの。船のみんなにもあれこれ手伝ってもらったのよ』


 最初にしたのは第七渦との戦闘で爆散した剣の回収。


 船にいる者たち総出で霧の中、迷わぬよう囲いを作っては欠片一つ一つを集めたそうだ。


 それから工員による使える部位の選別。


 次いで設計士による図面製作。


 欠損や足りないパーツは熟練の技術者の手で新たに製作。


 完成度を高めるため、想定した機能を十二分に発揮させるために<モア>にシュミレートを何度も繰り返させた。


『無事、形にできるまで至ったけど、お陰で<モア>が熱で沈んじゃったのよ』


<モア>だんまりの理由は繰り返されるシュミレートにて生じた熱処理を冷ますためだったのか。


 ご機嫌斜めと疑ってすまんと心の中で俺は謝っておいた。


『ギアスロットはもちろん、リチュオルイグナイターやインバーターも安全に機能するよう設計段階で組み込んであるの。暴走・暴発は絶対に起こらないわよ!』


「どうしてそこまで……」


『なにって、あんたはこのあたしを二度も助けたのよ? 借りっぱなしはあたしの流儀に反するからよ』


 ほくそ笑みながらティティスは俺の胸元を軽く叩く。


 おいおい、そこまで律儀にしなくっていいっての。


 仲間なんだ。相棒なんだ。


 迷惑なんてかけあえばいいだろう。


 迷惑かけあった分、助け合えばいいだろう。


 それでも――


「ありがとうな、相棒ティティス


 高鳴る胸なりに礼を言わずにはいられなかった。

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