第33話 サヨナラ

<トリニティギア・ファイナルコンボイグニション!>


<断絶創醒のセイバー!>


 ――DANGER!


 白き世界を金色の彗星が駆ける。


 トリプル、いやトリニティギアを発動させた俺は全身を苛む激痛にやせ我慢しながら一直線に迫る。


「痛いだろうが我慢しろよ!」


 大剣を叩き入れ、弾き飛ばした第七渦を追いかける。


 大地横転する第七渦は両手の爪を突き刺すことで制動をかけ体勢を立て直してきた。


 回避も防御もとらず、そのままの姿勢で急迫する俺に向けて大口を開ける。


 獣の四つ足姿勢はあたかも怪獣映画で光線を放つ怪獣のようだ。


 当然のこと、喉奥に目映き輝きが集っていく。


 小恒星のような火球が形成され、俺に向けて発射される。


 発射された火球は霧覆う世界を貫き、一瞬だけ晴れ渡らせる。


 既に俺の眼前にまで迫るほどの速度だろうとマヌケに受けてやる義理もなく、身を翻しては紙一重で避ける。


「よっと!」


 真横過ぎ去る火球を避けきり正面を向いた時、俺の視界から第七渦の姿が消えていた。


 大地に爪を突き立てた四つん這いの姿は痕跡のみが語り、ふと頭上射す影で気づく。


 第七渦だと認識した時既に俺は大地に殴りつけられていた。


 背面に強かな衝撃が走ろうと俺はうめかない、せき込まない。


 俺の身体を包む金色の皮膜がダメージを通さない。


「喰らいやがれ!」


 更なる追撃へ真上から迫る第七渦に俺は割れた剣先を向けていた。


 金色のプラズマが幾重にも走り、膨張する輝きを一斉に解き放つ。


「ガアオアオアアア!」


 金色の柱が第七渦を包み込む。


 伸びる光の柱は霧どころか天まで貫き、空に青き孔を穿っていた。


 俺は光に飲まれようと五体満足の第七渦に飛翔する。


 大剣で殴りつけるが手刀で防がれ、宙にて剣劇が行われる。


 切りつけ、叩きつけ、突き入れるの繰り返し。


「グガ!」


 第七渦の突きをいなした俺は勢いを殺さず身を翻し、その叫びっぱなしの横っ面に右踵を蹴り込んだ。


「くっ、もう順応していやがる!」


 ほんの数秒前まで俺が優勢だったはずが、今ではパワーもスピードも追随するように肉薄している。


 自己再生だけでなく相手の能力を学習し急激に成長する能力もあるとみた。


「うおおおおおおっ!」


「がががががががっ!」


 俺が第七渦に向かうように、ほぼ同じタイミングで第七渦も俺に向かう。


 一直線に道を譲らぬからこそ衝突は不回避。


 大剣と爪先が鍔迫り合いを起こし、激突の衝撃で灰化大地が大きくへこむ。霧が霧散し閉鎖された世界を晴れ渡らせる。


「ティティス! ティティス!」


 俺は鍔迫り合いの最中、何度も何度も呼びかける。


「俺の声が聞こえるか、ティティス!」


 有り余るパワー同士が衝突の末、反発を起こす。


 弾かれるように離れあったも、俺と第七渦は大地蹴り上げ、同じように旋回、剣劇を再開しながらもつれ合うようにして上昇していく。


 片や生きるために前へ進む金色の光。


 もう片方は全てを無に還す黒き光。


 二つの光は互いに潰えることなく拮抗していた。


「まだ約束果たしていないぞ!」


 二色の光が乱舞する中、俺は叫ぶ。


 喉が裂けようと叫び続ける。


 そして、俺の意識は乱舞する光に飲み込まれた。


            *


 姉という存在が嫌いだ。

 ただ先に生まれただけで周囲に威張り散らす存在が嫌いだ。

 ベトベトベタベタこちらの都合などお構いなしに触ってくる存在が嫌いだ。

 威張り散らすな、見下すな、甘やかすな!

 なにが末妹よ、なにが姉よ!

 ちょっと先に生まれただけで偉そうにふんぞり返ってんじゃないわよ! ぶっ飛ばすわよ!


           *


 気づいた時にはまっさらな場所にいた。


 不思議な空間だった。


 浮いているのか、身体の重さを感じず、暖かいのか、冷たいのかすら体感温度を曖昧にさせる。


「ここは、どこだ?」


 俺は第七渦と戦闘まっただ中のはずだ。


 まさか押しに押し負け、敗北しあの世に行ってしまったのか?


「いや、虚渦に負けたとなれば存在は消滅する。こうして考えることすらできないはずだ」


 だからここがどこか調べようと足を動かした時には、足を動かしていないにも関わらず移動していた。


 そうまるで瞬間移動をしたかのように別なる地点に俺は立っていたのだ。


 ふと宙にいくつもの小窓が浮かび上がり、どれもこれもティティス似の精霊が殴り飛ばされる映像が流れ出す。


「ここはまさかティティスの精神世界か?」


 宙に浮かぶ小窓から流れる映像は、以前ティティスが勝手に語ってきた女王試験における姉たちとの戦いで間違いないようだ。


 それだけではない。姉ではない赤の他人の精霊とは仲むつまじく遊んではいたずらを楽しむ映像すらある。


 姉妹で殴り合っていなければ、ごく普通の娘でしかない。


 うん、いたずらになんかデジャブ。


「どうして俺はこんな場所に?」


 疑問は拭えぬとも先の激突が原因で飛ばされたと考えれば妥当か。


 ならばと一つの疑問が俺に過ぎる。


「ティティス、どこにいる!」


 ただそう口にしただけで俺の意識は飛び、気づいた時にはまたしても移動していた。


 その地点は先と同じように宙にいくつもの小窓が浮かび、映像が流れていようと、無数の亀裂が走って内容を確認できない。


 先に進むに連れて亀裂の数と大きさは増え続け、黒き十字架に磔にされたティティスを発見した。


「ティティス! ぐっ、くっ~!」


 俺は駆け寄るも不可視の壁に鼻先を激突させる。


 あまりの痛みにうずくまり、鼻先を抑えて悶絶する。


 ヒリヒリと痛む鼻先を抑えながら立ち上がった俺は不可視の壁を殴りつけた。


「ティティス、起きろ! いつまで寝ているんだ!」


 何度呼びかけようと俺の声はここでも届かない。


 見えているのに、すぐ近くにいるのに、手を伸ばしているのに。


 不可視の壁を殴りつける度、空間は薄れ、俺の意識もまた薄まり遠ざかっていく。


「助けたお礼に何でも言うこと聞くって約束、まだ果たしていないぞ!」


 意識が白化する瞬間、俺は叫んだ。


            *


「ティティス!」


 俺は元の灰化世界に帰還していた。


 今なお正面には第七渦がおり、黒き異彩を放っている。


 幾重にも交えた剣劇から飛び散るスパークが第七渦の叫び顔に陰影を作り、異様さを畳みかける。


 ふと第七渦の背面からボコボコと不気味な音が立つ。


「なっ!」


 瞠目した瞬間、第七渦は背面より一対の腕を生やしていた。


 指先に煌めく一〇の刃が鎌首をもたれ、切っ先が俺の顔に向く。


 すぐに弾いて応戦したくも本来ある敵の手が刀身を直に掴んで離さない。


 このままなにもしなければ一〇の刃は俺の顔面を貫く。


「目覚ませっての!」


 俺が取った次の行動は、剣を手放した回避でも腕を犠牲にした防御でもなかった。


 右手を強く握りしめては第七渦の胸部を強かに殴りつけた。


 そして敵の一〇指が俺に殺到する。


「が、ガガガガグガガガガ!」


 だがその指先は俺を貫くことはなかった。


 まるで映像の停止ボタンを押したかのように俺の目に突き刺さる寸前で停止しているからだ。


 上昇もまた停止し、眼下には霧に包まれたまっさらな世界が広がってる。


 重力の手が俺たちを掴む。掴み、重力の底へと引き寄せる。


 変化はまだ終わらない。


 第七渦の胸部から殴打する音が響いてくる。


 まるで太鼓を殴打するような、地中から地上に向けて掘削しているような音が鳴り止むことなく響いている。


『でえええええいっ!』


 この声が、この音がなんなのか分からぬのでは相棒の資格などない!


 俺は力付くで刀身に組み付く邪魔な手を引き剥がしては刻々と打撃音を高めていく胸部に向けて剣先を突き刺した。


 ぬるっとした粘土をような抵抗を経て、敵胸部に突き刺さる。


 ただ突き刺すだけでは終わらない。


 大剣の刀身が軋みながら縦に割れ、敵胸部に突き刺したまま砲撃状態とする。


 割れた刀身の間を幾重にも金色のプラズマが走る。


 柄のエンジン部から不規則に噛み合う音がする。


 切り開かれた敵胸部は展開した刀身に押し広げられ閉じるに閉じられない。


「ティティス!」


 錐揉み状態で降下する中、俺は今一度、開かれた胸部より覗く無に拳を突き入れてた。


 中で手を開き呼びかけた時、大剣のエンジン部が悲鳴を上げ、ガタガタガクガクと不吉な音を立てる。


 走るプラズマは収束がおぼつかず解れた糸のように霧散していく。


 限界が近いと本能でなくともわかる!


 呼びかけるチャンスはこれが最後だ!


「手を伸ばせ! お前の羽は誰かを殴るためにあるんじゃねえ! 誰かと手を繋ぐ為にあるんだろう! 誰かと分かり合う為にあるんだろう!」


 どくんと無の中に確かな鼓動が伝わってくる。


 確かな熱が無の中より昇って来る。


 知った感触が指先に触れる。力強い胎動が俺を手を掴む。


「ティティス!」


『イチカ!』


 俺は無の中より相棒を奪還した。


 その手に相棒の温もりを感じながら、今なお存在する無を睨みつけた。


「行くぞ、相棒!」


『ええ、このあたしをコケにしたこと後悔しなさい!』


 奪還の喜びは後だ!


 高高度から自由落下する中、第七渦はその四本腕を伸ばしティティスを取り戻さんと猛り狂った不協和音の叫びをあげている。


 もう二度と相棒を手放すものか、敵などにさせるものか。


 ウバル、俺に相棒殺しの咎を背負わせられると思うな!


 剣のエンジン部が猛り響く。今なお金色の輝きを増大させる。


 それはまるで俺とティティスに感応しているようだ。


 グリップ握る俺の手をティティスの羽が力強く握る。


「『消し飛べえええええええっ!』」


 俺とティティスは呼吸を合わせることなく声を重ね、第七渦の胸部に向けて陽光の輝きを解き放っていた。


 無の化身である虚渦だろうと、今ここに存在しているからこそ、この輝きを無にできない。


 叫びを一つも上げることなく陽光の輝きに呑み込まれ、爪先一つ残さず消滅した。


 そして大剣は奇音を発するエンジン部より小規模の爆発をあげる。


 爆発は刀身に無数の亀裂を走らせるだけでなく、装填された三つのギアにまで及び、俺が握るグリップだけを残して爆発四散した。


「ありがとう。黄昏舵の鍵剣――サヨナラだ」


 唯一の切り札を失うことになろうと俺に後悔はなかった。


 胸に満ちるのはただ一つの達成感。


 相棒を失うことなく救うことができた。


 奴の思い通りにならず、一つの未知に達し得た。


「おかえり、ティティス」


『ただいま、イチカ!』


 今なお落下する中、瞳揺らす俺は胸元にティティスを抱き寄せながら笑みを零す。


 相棒の笑顔は勝利の報酬だ。

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