第32話 最期の希望

 あたしを殺して。


 第七渦と化したティティスの懇願に俺の中を戦慄が駆け抜ける。


『GAAAAAA!』


 虚渦と化した相棒を討たねばならぬ葛藤が俺の反応を鈍らせ、組み付かれるのを許してしまう。


 咄嗟に刀身を盾にして受け止めようと、その指先に絶句する。


 指先一つ一つが鋭利なナイフとなった手は他者との握手を拒んでいるようだ。


「ティティス、意識をしっかり持て! 虚渦なんかに負けるな!」


 凄まじい重圧に歯を軋ませるもどうにか呼びかける。


 一瞬でも気を抜けば腕ごと引っこ抜かれそうだ。


『ガガガGAAGッガガ!』


「ティティス!」


 呼びかけようとティティスは壊れた機械のような音声を発するだけ。


 何度も何度も力強く呼びかけても俺の声は届かない。


「どうする! どうすればティティスを助けられる!」


 考えろ、考えろ、考えろ!


 知識を総動員しろ! 経験をかき集めろ!


 一つでもいい、微々たるものでもいい、打開策があるはずだ!


 ふと重圧で軋む大剣に目がつき、無意識に言葉を紡がせる。


「虚渦とは無、黄昏舵の鍵剣は虚無に溶け込む実体を切り離す力がある」


 ああ、確かにある。俺はこの剣を振るうことで渦に偏在する実体を切り離してきた。


 亀の、第四渦がこの剣をどのようにして語ったか思い出せ!


「振るえば無に偏在する本体を曝け出し打ち倒す有の権能を宿す武器!」


 対して虚渦は虚無の権能を顕現させた滅亡装置!


 ならば、ならばよ!


 虚無という存在に取り込まれた有の存在を切り離せるんじゃないのか?


 無の中には有が存在する。


 結果的にしろ無に取り込まれた俺はそうして無の中に隠された剣を手に入れた。


 ウバルは黒き歯車でティティスを虚渦に変貌させた。


 ティティスはあくまで器にされただけで虚渦の本体ではない。


 本体はあの黒き歯車!


 何故、歯車の形か、性根腐ったウバルのことだ。ギア使う俺に対する嫌がらせのはずだ。


「できるか? いや、やるんだよ!」


 ティティス救出の確証もない。かといって確信もない。


 ただ閃いただけの出たとこ勝負の分の悪すぎる賭け。


 行動の正否に関わらずティティスは消滅する。


「それでも、だとしても!」


 希望がゼロに近かろうと俺はそれに賭ける!


「<モア>先に謝っておく!」


『はい?』


<モア>が疑問を漏らした時既に俺は疾鷹ギアにて超加速していた。


 工作室は戦うには狭すぎる。


 外に出るためいちいち通路をまたいでいる暇などない。


 リチュオルイグナイターはコンバーターの暴発により大剣から外れたことで今まで通りギアを使用できる!


 前のめりとなって烈熊ギアの超パワーにて第七渦を逆に押さえつけ、内壁をぶち抜きながら最短ルートで外に向かう。


『痛い、痛い! なに、壁ぶち抜いているんですか!』


 抗議など無視! 壁など後で修理すればいい!


 重要なのはティティスを救うことだ。失わせないことだ!


「うおおおおおおおおおっ!」


 第七渦を四度、内壁に激突させそして外壁を内側から突き破って外に躍り出る。


 外は濃い霧に包まれ、一寸先はホワイトアウト状態。


 かろうじてすぐ背後で船体を確認できるが、少しでも気を抜けば前後不覚状態となる。


 一メートル先も見えずともぬかったとは思わなかった。


『ガアアアグアアアア!』


 第七渦が吠え、押さえ込む俺を力づくで引き剥がさんと刀身を蹴り飛ばしてきた。


 両手は刃物のようであろうと足は人間の素足と変わらない。


 蹴り離された俺は宙で身を捻り、体勢を整えては両足で着地する。


「はああああああっ!」


 視界が霧に包まれていようと俺はすぐさま直感的に剣を振るう。


 振り下ろしたと同時、接触の火花が飛び散る。


 五指の刃先と大剣の切っ先が剣劇を繰り返す。


 突き上げては弾かれ、いなされようと返し刀で切りつける。


 第七渦の開かれていた右手の五指が束ねられる。


 一本の鋭き手刀として俺の顔面めがけて突き入れてきた。


「はっ、とお、せいっ!」


 素早く身を翻してその一突きを避けては、カウンターの切り上げにて右手首を切り飛ばす。


 一瞬の怯みを見逃すことなく、烈熊ギアと疾鷹ギアのダブルギアいて懐に飛び込み、超加速の勢いを斬撃に乗せて振り下ろす。


 切っ先は第七渦の胸部を捉え、勢い殺さず振り抜いた。


「ん? なんかおかしい!」


 確かな手応えはあった。


 胸抑えて痛みにもがく姿でダメージは通っている。


 だが、違和感が俺の中で警鐘を鳴らす。


 今まで戦ってきた虚渦はどれもが特殊能力を持ち得ていた。


 第一渦は弱体化と効果逆転フィールドの展開


 第二渦は骨をバラした全方位ビーム攻撃。


 第三渦はあらゆる攻撃の反射。


 第四渦は暴走した俺でも砕けぬ硬き甲良。


 第五渦は分裂と増殖による自爆攻撃。


 第六渦はエネルギードレイン。


 では第七渦の特殊能力は?


 その指先の刃に切れぬものはなしって話はなしだ。


 読みが当たっていたなら俺は今頃大剣ごとバラバラなサイコロステーキになっていたはずだ。


「なっ、これは!」


 斬撃にて第七渦の胸部がアジの開きの如く開いている。


 かつて第二渦に飲み込まれた時に味わった無の空間が覗いている。


 そして無の中に力なく浮かぶティティスの姿を目撃した。


「ティティス!」


 俺に飛び込まぬ理由などない。


 第七渦が右手首欠損と胸部開口でうめいているのがチャンスだ!


 その開いた胸部に手突っ込んでティティスを引きずり出す!


『グガアアアアアアア!』


 開口に手を突き入れんとした俺に第七渦の咆哮が直撃する。


 俺を呻かせる程度で、ダメージは微々たるもの。


 だが不可視の衝撃波は先に進ませるのを阻害する。


 後少しでというところで開口した胸部はドアのように閉じ、欠損した右手が映像の高速逆再生のように元ある形に戻っていた。


「手が生えた、だと!」


 まさかと俺の中で戦慄が走った時、鋭利な右手が迫る。


 俺は逆手に持ち替えた大剣をすくい上げるように円の形で振り回し、右手首を切り飛ばした。


「なっ!」


 右手首を切り飛ばした時には新たな右手首が既に生まれていた。


「自己再生能力か!」


 それも間をおいて再生するレベルではない。


 傷を負った瞬間から瞬時に再生が始まっているレベルときた。


 最初の手首欠損は俺に油断を招くための牽制か!


 再生なんて厄介きわまりないぞ!


「どうする!」


 俺は連続で突き出される手刀を右に左にと避けながら後退する。


 仮にティティスが変貌しなくても厄介な相手には変わりない。


 いくらダメージを与えようと瞬時に再生されてはただの消耗するばかり。


「この手の再生する敵ってのは再生を上回る攻撃を与えれば倒せるが!」


 中のティティスまで倒すのは是が非でも避けたい。


 俺は第七渦の爪先を刀身でいなしながら、大剣のスロットに烈熊を残しては鋼子と封龍を装填した。


「再生能力を抑え込む!」


 白と黒のダブルギア発動!


<ダブルギア・ベストコンボイグニション! 鋼封強印のシールダー!>


 敵能力抑止効果にて再生能力を抑え込み、ティティス救出に出る。


「でええええいっ!」


 俺は大剣を横一閃に振るい、第七渦の両腕を切り飛ばす。


 血は出ない。ただ第七渦から悶え苦しむ声がただ漏れ出ている。


「よし! 効いているな!」


 能力抑止効果にてかかる再生時間は体感的に一〇秒ときた。


「その胸切り開かせてもらうぜ!」


 切っ先は確かに届く。肉を切り、骨を断っている。


 だが届こうと秒単位の時間が経過する度に抑止効果が薄れつつあった。

 

 完全再生には一〇秒をかけていたはずが、今では傷を負った瞬間から完全に再生を終えていた。


 第七渦は抑止効果を上回るまでの再生能力を発揮している姿に舌を凍てつかせるしかない。


「くっそが!」


 抑止能力を上回る再生に俺は叫び、肩を振るわせるしかない。


 ダブルギアでも届かないのか!


「ん? ダブルギア?」


 一筋の疑問が俺から口走る。


 この疑問が俺を場に留めさせ、第七渦の突きを受け止めるのを遅れさせる。


 鋭き指先は咄嗟に顔を右に傾けたことで直撃は免れたが、髪の毛の一部が切り落とされる。


「どうして俺はギアをダブルで使ってきたんだ?」


 大剣のスロットは三つ。

 

 だが主戦力として使うギアは二つ。


 何故なる理由はただ一つ。


 既視感という過去の経験があったからだ。


 既視感に従うままダブルギアを使用してきた。


「ギア三つの同時使用、できるのか?」


 使わなかったのではなく、使えなかったから?


 使うべきではないから?


 考えられる理由はただ一つ、ダブルギアでも絶大な効果を発揮するからこそ、三つ同時使用はそれ以上の効果を発揮する分、危険性も孕んでいる。


 この手のデメリットは運が良くて大剣の損壊、最悪で俺の爆発四散だろう。


「――いや迷うな!」


 俺は恐れや迷いを振り切り、鋼子と封龍を疾鷹と轟鯨と入れ替える。


 この程度のリスクに使用を躊躇ってどうする!


 なんとしてでもティティスを救うと決めただろう!


 赤・青・黄の三つのギアにしたのは使い慣れたギアだからだ!


「これが最期の希望! 行くぜ、トリプルギア!」


 三種のギアを同時に弾く。


 重撃・超速・砲撃の同時使用!


 凄まじい力の奔流が身体に流れ込み、内側から突き破らんと暴れまくる。


 俺は駆けめぐる衝動に耐えんと奥歯を噛みしめる。


 少しでも気を抜けば身体がバラバラになりそうだ!


「ぐううう、がああああああっ!」


 そして俺の身体の輪郭は目映き陽光が放出され、霧に包まれし世界を金色に染め上げた。


<トリニティギア・ファイナルコンボイグニション!>


<断絶創醒のセイバー!>


 ――DANGER!

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