第31話 絶望降臨

「ふははは、ははははははっ! アギャヒャヒャギャ!」


 工作室に駆け込んだ俺を出迎えるのは鼓膜を破裂させんとするウバルの哄笑だ。


 火に包まれれた室内には作業クルーたちが力なく倒れ伏している姿に俺は立ち止まる。


 微かに聞こえる呻き声で生きているのを確認すれば、俺は炎と熱気渦巻く工作室を駆け抜け、奴を探す。


『何よ、あんた、いきなり現れて! 放しなさいよ、離せっての!』


 ティティスの叫びにて奴の居場所が判明する。


 燃え盛る炎が奴の影を大きく伸ばし、揺らめく炎が悪魔のように映し出す。


 いや、こいつは悪魔だ。


 ただ存在するだけで命を脅かす生きてはいけない存在だ。


「ティティスを離せ、ウバル!」


 俺の叫びにウバルは顎を上げるようにして振り返れば、口端歪めてほくそ笑む。


 ウバルの右手には藻掻き足掻くティティスがボールのように握られ、左手にはスマートフォンサイズの金属板、そして足元には真っ二つに圧し折られた形成機があった。


「ったく物騒な物作りやがって。折角、面白い玩具を用意してやったってのに、早々面白くないガラクタ作ってんじゃねえよ」


『ええい、離せっての!』


 ウバルに掴まれたティティスが羽で殴りつけようと、巌の如くびくともしない。


「あっぎゃぎゃひゃ! なんだそのちんけな殴打は? 痛くも痒くもねえぞ」


 俺は大剣を構えようとウバルに切り込めずにいた。


 一秒でも早くティティスを助け出さねばならぬと本能が急かすも、理性が相手はあのウバルだと逸る心を抑制する。


 成型機や完成品よりも優先すべきはティティス救出。


 物は壊れれば修理すればいい。だが命は修理できない。そこで終わる。壊れたら直せばいい物とは違う。


「お前の狙いは成型機と完成品か!」


「不確定要素は徹底的に潰すのが俺のやり方でね。ロッソのガキだってそうだ。んだよ、白と黒のギアだと? 俺の知らねえもの出しやがって、クッソ女神が、余計な仕込してんじゃねえ」


「ロッソ、だと――なら、お前が!」


「あれが持つ知識は邪魔だから後ろからこう、ブスッと刺してやったぜ? いや~あれの妹だっけか? 女の泣き叫ぶ声はいつ聞いても美味いし心地良いから病みつきになっちまうから困った困った」


 落ち着け、落ち着け、まだだ、まだ切り込むな。


 相手を呷り、見下してはこちらのリズムを狂わせてくる。


 挑発に乗るな。現状況に置いて、奴を排除するのではなく、相棒の救出に頭を回せ。


 周囲を見ろ、状況をつぶさに把握しろ。


 俺は陽炎で揺らめく影を見逃さなかった。


 ――チャンスのタイミングを間違えるな!


『ああああ、やめなさいよ、あんた!』


 ウバルが左手に持つ金属板を砕かんと力を込める。


 金属軋む音が燃え盛る音に混じって室内に響き、小馬鹿にした声が否定する。


「や~なこった♪」


 一筋の亀裂が金属板に走ったと同時、ウバルの背後からレンチ握るクルーが飛びかかり、そのの左手を殴りつけた。


「させるかっての!」


「ゴミが!」


 虚を突かれたウバルの手から金属板が弾きかれ、燃え盛る床上を滑り落ちる。


 いらだつウバルがクルーを殴り飛ばした一瞬を俺は見逃さず、切りかかっていた。


「なっ、こいつ!」


「ティティスを――返せ!」


 大剣を頭頂部から垂直に振り下ろす唐竹割りを奴の右手首に振り下ろす。


 通路の時と同じように開いた左手で刀身を受け止めようとしているが、踏み込みは俺のほうが速い!


 振り下ろした刀身は奴の右手首を切断できずともティティス脱出のきっかけに繋がった。


『あたしを握っていいのは相棒だけよ!』


 拘束する奴の右手をティティスは殴打、その衝撃を利用して離脱への加速に変換させる。


 床スレスレに飛ぶティティスは、金属板をすくうように拾い上げて俺に投げつけてきた。


『イチカ、使って! リチュオルイグナイター制御機構! リチュオルインバーターよ!』


「ぶっつけ本番だが!」


 成型機が完成させたのは制御機構だったのか!


 インバーターって確か、直流電流を交流電流に変換する回路のはずだ!


 けど、回路で制御機構って、ええい、今はあれこれ考えている暇なんてあるか!


 俺は迫るウバルを眼前に映しながら金属板を鍵剣に装填しようとする。


「使わせるかっての!」


「これは――ここか!」


 当てずっぽと勘で俺はインバーターをイグナイターと大剣の隙間に差し込んだ。


 瞬間、大剣のエンジン部が今までにない銀光を放ち凄まじい駆動音を発している。


 インバーターである金属板の亀裂より山吹色の燐光が溢れ出す。


「バーストイグニション!」


 金色の刀身は銀色の燐光に染まり、俺は意識を保ったままウバルよりも先に動いては大剣を振り下ろしていた。


「ぬ、ぬあん、だと!」


 間合いに踏み込んだのはウバルが先だった。


 だが、一撃を先に入れたのは俺だった。


 左肩から右脇に振り下ろされた刃にウバルが絶句し、半歩下がる。


 一度や二度ではない。


 疾鷹ギアと烈熊ギアのダブルギアを発動させた俺は速き重撃にてウバルの身体を切り刻む。


 切り上げ、叩きつけ、突き上げては、殴り飛ばす。


 大剣にて生まれる剣圧が炎を消し飛ばすだけでなく、ウバルのいらつく余裕さえ消し去っている。


「ああ、クソが! そのパワーは暴走時と同じだってのに、意識があるのかよ!」


 ぶっつけ本番だが、制御機構の通り暴走を見事なまでに制御している。


 暴走原因は、まつろわぬ霊だ。


 使用中だからこそ、制御する仕組みが直感的に分かる!


 そうだ、インバーターは確かに電流変換の回路を指すが、主に家電分野で使われる装置を指す。


 具体的な例をあげればエアコンだ。


 冷えすぎればファンを低速に、暑すぎれば高速にとモーター出力に変化をつけて運転を継続する。


 そうすれば休止と再開の必要性がなく、無駄のない動きで運転が可能となる。

 

 イグナイターにて取り込まれたまつろわぬ霊が俺の身体の主導権を奪おうと、インバーターが奪われぬギリギリに抑え込む一方で出力を最大維持できる機能が供えられている。


 肉体に憑依して暴走するのだから、憑依させねば暴走は起きないという単純な発想。


 いや単純な発想と言うのは、それだけ無駄やムラが省かれ圧縮されているということ。


 それを可能とするのが鋼の白子と黒の封龍のギア。


 二つのギアの解析データから得られた能力を形成機がインバーターたる形にした。


 ぶっつけ本番だろうと出力が暴走状態のまま俺の意識を維持させ、存分に戦うことを可能とさせる。


「このまま決着をつけてやる!」


「んなクッソが!」


 床に叩きつけられたウバルから余裕が消える。


 声から焦りが漏れ出している。


 今ここで逃せば、次は面倒で悪辣な搦め手を使って来るはずだ。


 奴は頭が厄介なほど回る。


 一度使った手は二度と使えないと思え。


 既に俺も奴も互いに既視感の原因が、この世界を何度も繰り返していたことだと気づいている。


 何巡目か、その周回数は分からないが、奴のことだ。


 次戦う時は繰り返しを何らかの手段で無効化してくるだろう。


 今ここで押し切る必要があった。


「これで――終わらせる!」


 裂帛の呼吸に呼応するように大剣のエンジン部が火花散らして駆動音を上げる。


 駆動はなお高まり、ギアが赤熱化しては刀身を夕焼け色に深く染め上げる。


 噴き出される燐光がウバルの四肢を拘束する。


 もがきあがこうとするウバルだが、燐光が渦を巻いて逃がさない。


『行けイチカ、やっちまえ!』


 ティティスの声援を受けた俺は切っ先を奴に向けては速く、鋭く、踏み込んだ。


「ぐうう、このガキが!」


 大剣はウバルの頭頂部に炸裂する。


 同時、ギアが逆回転の悲鳴を上げ、鍵剣に装着した金属板が枝分かれを増やしてはイグナイターごとバラバラに弾け飛んだ!


 ウバルを拘束する渦もまた逆回転により拘束を解き消失する。


「あった」


 神速に値するはずの大剣の一撃はのろまな亀の歩みとなり、ペチとした音でウバルを叩き、呆けた声を漏らさせる。


 速度だけでなく破砕力まで落ちているだと!


 原因は柄のエンジン部が赤熱の悲鳴を上げ、強制廃熱を行っているからか!


 既にウバルの拘束は金属板損壊と同時に解かれ、俺は腹に報復の蹴りを受けた。


「がは、ぐは、ぐっ!」


 俺は煙くすぶる工作機器に背面を強く打ち付ける。


 大剣は強制廃熱を繰り返し、ギアから悲鳴が響く。


 まるで酷使されたと泣いているようだ。


「くっ~間一髪とはこのことだな。今お前をブッ殺すと最初からやりなおしになるからよ! 俺が手心加えてやれば調子乗ってぶった切りやがって!」


 ウバルは忌々しくも吐き捨てながら刀傷目立つ身体をよろけさせて立ち上がる。


「俺が入れた亀裂が原因か、それとも暴走を抑えきれなかったかはさておき助かったぜ」


 ダメージは通ろうと致命には至っていない。


 対して俺はギア使用の反動か、それともダメージ蓄積か、身体にのしかかる重さにより片膝をついていた。


「あ~ついでに、目につくものぶっ壊すだけぶっ壊すつもりだが、かなりやられたな」


 霞む目がウバルの指先より黒き粒子がこぼれ落ちるのを捉える。


「これ以上は無理だな。まあ不確定要素の排除は結果として達したんだ。潔く撤退させてもらうぜ」


「ま、待て!」


 俺は歯を食いしばっては疲労をやせ我慢して立ち上がる。


 無理して立ち上がったせいか、クラっと立ちくらみが走る。


「いや、追わせねえよ――こいつの相手をしてもらうからな」


 ほくそ笑むようにウバルが黒き歯車を取り出した。


 なんだあれは――立ちくらみの中、どうにか奮い立たせた疑問が俺の反応を鈍らせる。


「亀のせいで依り代がぶっ壊されちまったから丁度いいぜ!」


 歯車には<七>と漢数字が打刻され、奴はティティス目がけて投擲した。


『へっ?』


 今の俺ですらどうにか視認できる投擲速度。


 ティティスの目(?)にはただウバルが振りかぶったとしか映っていない。


 黒き歯車がティティスの身体に張りつけば、ギザギザをタコの触手の如く伸ばし浸食を開始する。


『な、なによ、これ、あ、あたしの中に、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』


 ティティスの叫びは黒き球体に取り込まれ潰えた。


 俺の視界端に赤文字が走る。怖気が全身に伝播する。


 まさか、まさか、やめろ、やめろ!


 ティティスを助け出さんと俺は駆け出すもウバルに横っ面を殴られ阻止された。


「ふはははは、あぎゃひゃひゃひゃ! さあ、絶望の始まりだ!」


<絶・望・降・臨> 


<崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕崩誕>


 黒き球体が変貌する。愕然とする俺に既視感が走る。


 その姿と対峙した記憶があるからだ。


 ズタボロのドレスを着込んだ女性、その形相はムンクの叫びの如く歪んでいる。


 記憶との差異は、そのサイズが人間の大人サイズだという点。


<第七渦・崩夢消誕ウリアルクス>


 ――どうにもならぬ絶望。


 最後の虚渦が予期せぬ形で俺の前に姿を現した。


「あ~いいことを二つ教えてやるよ。まずは一つ、虚渦ぶっ倒す度に拾ったギアの破片、あれ七つないと楽園ある地に辿り着いてもよ、楽園への扉は開かれねえからな。頑張って倒すこった」

 

 哄笑するウバルは全身を黒き霧に変え、排気口にその身を飛び込ませる。


「もう一つは、その玉っころを助ける方法だ。ぶった切れは無事解放。なあ、簡単だろう? もっとも虚渦の依り代から解放された反動で肉体は消滅するがな」


 排気口をスピーカーにしたウバルの声が俺の肺腑を怒りで膨らませる。


 どうあがこうと救えない。どう進もうと救えぬ絶望しかない。


「無事倒して、ちゃんと楽園まで来るのを待ってるぜ、グッバ~イ」


『GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』


 不協和音の叫びが船内を揺さぶる。


 大剣を本能的に構えようと、理性が切るなと押し留め、剣先を迷いで震えさせる。


『い、イチ、かAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA』


 虚渦よりティティスの声が漏れ、俺は瞠目した。


「て、ティティス、意識があるのか!」


『だ、ダメ、AAAA、ダメ、ダメダメ! 抑えきれない! あ、あたしの、あたしの心が、消えて、あ、ああああああ!』


 ティティスは慟哭に震えながら身体を強く抱きしめる。


 まるで破壊衝動をどうにか抑えつけんとする姿。


 意識があるなら、ティティスを救う方法があるはずだ!


 だが、倒せばティティスは消滅するとウバルが……いや悪辣な奴のことだ。


 俺が攻撃に躊躇し嬲られる姿を嗤いたいだけだ!


『お、お願い、イチカ、あたしが誰かを傷つける前に、みんなを殺す前に、あたしがあたしであるうちに、あたしを――』


 ――殺して……。


 どうにならぬ絶望が俺の心を軋ませる。

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