第30話 悪戦
「そうです。ウバルです。元凶です」
こいつは悪びれる様子なく、おちゃらけに返してきやがった。
「お兄ちゃん!」
「お前ら俺の後ろに隠れていろ! こいつは危険だ!」
子供たちも危険を感じたのか、五人全員モップを投げ捨てて俺の背後に避難してきた。
子供たちは顔を見合わせては確認し合う。
「みんな、気づいてた?」
「ぜんぜん!」
「まったく!」
五人の子供たちは一人増えていたことに誰も気づかなかったようだ。
いや別におかしいことではない。
遊んでいるうちに気づけば一人・二人と増えていたなどよくあることだからだ。
実体験で言わせてもらえば、妹が公園で友達四人と遊んでいたら、気づけば五〇人ぐらいに増えていた。
お陰で俺は門限なのになお遊ぼうとする妹を捕まえたくとも、他の子供たちの中に紛れて逃げるから捕まえるのに苦労した覚えがある。
結局、偶然通りかかった親父の優しい一言で素直に帰るのだから本当に解せん!
「あ~ちぃと挨拶にナイフで背中刺してやろうと思ったのによ。気づかれるとは。だがお陰ではっきりしたよ。やっぱり、この世界は何度も繰り返していたか。クッソ女神め、権能を根こそぎ奪ったってのにまだ俺の邪魔するか」
ウバルは子供たちを人質にとろうとせず、ただ忌々しく吐き捨てている。
「こういう意味だったのか……」
奴との間合いは測りながら俺は大剣のグリップを今一度強く握りしめる。
日記の走り書き、ロッソの最期の言葉、謎のメモ書き。
背後に気をつけろ、数え間違えるなは、どれもウバル暗躍を示唆していた。
「暴走して自滅すると思えば亀のせいで失敗するしよ、散々だ」
「亀、だと――おい、亀はどうした!」
「ん~亀がどうなったって? そりゃ冥府が好きだからよ、冥府ごと、こうプチっと潰しておいたぜ?」
まるで飛んできた蚊を潰したような口調。
命を命と思わぬ軽薄な言動。
俺の怒りに火をつけるのには十分だった。
「お前ええええええええ!」
俺は感情の針が振り切れるまま奴に剣を振り下ろしていた。
「おいおい、亀一匹程度になんでブチ切れるんだ? あれは虚渦だぜ? お前ら人類の敵だぜ? なんで敵が消えたのに腹立てているんだ? むしろ喜ぼうぜ?」
その虚渦をけしかけた元凶がどの口で言うか!
縦に横にと大剣を振るおうと、ウバルは剣の軌道が見えているのか、右に左と振り子のように軽々と避けて見せる。
何度か振りまわしたことで頭の熱が冷めた俺は、一旦、奴から距離を取れば呼吸にて己を落ち着かせた。
「はぁ、てい、でや!」
正眼の構えから踏み込んでの突き、そのまま右薙ぎ、身を翻しての切り上げ、振り下ろしからの蹴りと奴に攻め込もうと、剣先の一つすらかすりもしない。
くっ、切り返しのフェイントさえ見切るのかよこいつは!
「けーほー!」
俺が振るう大剣を鼻歌交じりで避け続けるウバルを前に、子供の一人が咄嗟に機転を利かす。
放り出したモップを再び掴めば、壁際にある非常警報装置のスイッチを柄で叩き入れた。
瞬く間に警報が船内に鳴り響き、無反応だった<モア>が反応する。
『マスターが剣振るう姿を確認! 子供たちの反応から不可視の侵入者と仮定! 警告、船内に侵入者です! 非戦闘員はただちに右舷通路から退避してください!』
そうだ、ウバルは何者にも化けられる。どんな物にもなれる。
船の一部として擬態していれば<モア>から侵入を探知されない。
特定の姿形を持たぬ奴が人の姿形でいるのは単純に、喰らってきた感情や概念の多くが人間由来であるからだ。
奴にとって人を弄び、陥れるのに不都合どころか好都合。
火種を撒くだけ撒いては蹂躙するのに愉悦を感じる悪趣味野郎だ。
だが<モア>とてバカではない。
例え侵入者を探知できずとも俺の動作と子供たちの反応から瞬く間に侵入者と判断した。
「くっ、恐怖で足がすくむと思えばこれだからガキは嫌いなんだよ!」
ウバルの反応からして、子供たちが動くとは予測していなかったようだ。
ナイスファインプレイ!
「この船に無駄で無能な人間なんていない! ただ見下すだけのお前には分からんだろうがな!」
「ああ、
とことん人を見下す言動が腹に来る。
こいつとは何度も戦った記憶が蘇るも強さはどの虚渦以上だ。
ギア使用にてどうにか互角に持ち込めた記憶があろうと、ギア不使用の現状において大剣の切っ先すらウバルに届けられない。
「おいおいギアは使わねえのかよ? まあ使えないが正しいか。使ってしまうとリチュオルイグナイターが暴走してガキどもを巻き込むからな! 夜なべして拾い物を修理して改造した甲斐があったぜ!」
けらけらと笑っては、木の葉舞うようなステップを踏みながら大剣振るう俺を挑発する。
こいつに握らされたとは言え、現状でのギア使用はリチュオルイグナイターの使用に連なり自殺行為でしかない。
「ふんぬっ!」
ウバルが左手の甲で振り下ろされた大剣を弾く。
俺は振り下ろしにて生じた慣性を殺せず、前のめりになる。
このままでは奴の一打を身に受けてしまうと死を覚悟した瞬間、刀身を直に掴んできた。
奴の気まぐれか、俺は全体重をかけて刀身から奴の手を引きはがそうとするも宙で固定されたかのようにビクともしない。
くっ、ギアが使えればと俺は歯噛みする。
「悪いが今のお前を殺すと最初からやり直しになるからよ、ここはドロンとさせてもらうぜ!」
「がっ!」
ウバルが掴んでいた大剣を手放すなり、俺の意識と身体は吹き飛ばされる。
蹴り飛ばされたと気づいたのは、右足を槍のように伸ばしたウバルの姿勢を目撃した後だ。
「殺すのは繰り返しの源泉が分かった後だ。まあ、それも今分かったがな……それじゃグッバ~イ」
「ああ、逃げた!」
衝撃で通路を横転する俺は大剣を軸に体勢を立て直す。
子供の叫びに顔を上げた時、ウバルは黒き靄となって俺たちから遠ざかっていた。
「どこに! ブリッジか! それとも機関室か! まさか食糧庫か!」
鈍痛走る腹を抑えながら俺はすぐさま後を追わんとする。
どちらも船にとって重要区画。
ブリッジを潰されれば航行管制を行えず、機関室が破壊されれば、航行すらできない。
ましてや食糧庫をダメにされようならば、ようやく解決した食糧問題が水泡に帰すことになる。
どれもこれも今後の航行に悪影響が出る。
「<モア>、奴の行き先はわかるか!」
『船内スキャン――反応無し。ですが各クルーの反応より現在地を推定します』
船の各所に見張りとして立たせたクルーたちの反応からモアが進入経路を割り出している。
『第四から第五通路のクルーに反応あり。反応より侵入者の侵攻ルートを予測。予測ルート出ました!』
「どこだ!」
『工作室です!』
<モア>の報告と同時、一際大きな揺れが船内に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます