第29話 元凶です

<成形が完了しました>


『お~一時間早くできたわね。ん~なるほどなるほど、これはとんでもない代物ね。ただ使うだけでも充分に効果を発揮する。けど、その本質は――……女王ばっかいい格好なんてさせないわよ。あたしは次代の精霊女王よ! さあ、データと材料はあるんだから物は試しにレッツ成形!』


             *


 濃霧が立ち込めて早二時間。


 あれから部屋に戻った俺はベッドで待機という時間潰しをしていた。


 嵌め殺しの窓から外界を覗こうと、真っ白な濃霧に覆われ灰化世界の灰色すら覗き見えない。


 万が一のため待機しているも、虚渦の襲撃はなく、逆に起らぬことが俺の警戒心を際立たせる。


 お陰で妙に気が張りに張って気疲れしてしまった。


「そろそろ行くか」


 コキコキと肩を鳴らしながら俺はベッドから立ち上がる。


 時間的に形成機の形成作業が完了している頃合いだ。


 完成の待ち遠しさは、プレゼントボックスを開ける高揚感に似ている。


 その箱の中にあるのは現状を打破できる希望であると俺は思いたい。


              *


「ブラゴト防衛隊、汚れを駆逐せよ!」


「「おおおっ!」」


 俺が外縁部の通路に出た時、甲板ではブラゴト防衛隊の子供たがモップを手に元気よく掃除していた。


 工作室にいると思えば、飽きたのか、それとも防衛隊の任務か、いや、子供たちのことだ。きっと後者だろう。


 一寸先は闇どころか濃霧の中、遠望鏡手にしたクルーたちが各所に配置され、目視による監視を行っている。


 クルーの一人が濃霧に気をつけなさいと子供たちを優しく諭していた。


「お兄ちゃん、どいてそいつ落とせない!」


 三人の子供たちが甲板をドタドタ走り回り、モップで綺麗にしていく。


 そのまま通路に飛び込んできたため、俺は危うくぶつかりそうになるも、咄嗟に大股を開いての横移動で通路脇に退避していた。


「あれ、三人? 残りの防衛隊メンバーはどうした?」


 俺の率直な疑問に子供たちは横一列の並びで綺麗に立ち止まれば振り返り答える。


「ん~反対の船尾だよ!」


「そうそう、船首側と船尾側からそれぞれスタートして追いつかれたら負けなんだ!」


 なるほど、競争しているのか。船首と船尾は一本道だ。


 インディーカーコースこと、オーバルコース状の形をしているからこそ競争にはもってこいだろう。


「そうか、霧が濃いから足下には気をつけるんだぞ」


「「「うん!」」」


 元気よく返した子供たちはそのままモップを手に掃除の再スタートを切る。


 俺から活発な足音が遠ざかれば、反対側より元気な足音が近づいているのが霧の中でも分かる。


「後であの子たちにお菓子でもやっておくか」


 日頃から頑張っているご褒美だ。


 楽園への航海はもう終わりにさしかかっている。


 最後の虚渦と黄昏狂わせた元凶を倒した先になにが起こるのか、俺には分からない。


 そもそも達成したとして俺は元の世界に帰還できるのか?


 今なおぼんやりとした記憶は完全回復する保証があるのか?


 元の世界ではどれほど時間が経っているのか?


 家族や友はどうしているのか?


 世界が違うだけに確認のしようがない。


「兄ちゃん、どいてくれ!」


 お、船尾側のメンバーが霧包まれた通路をモップ手に迫ってくる。


 こちらの三人も元気一杯ときた。


「おいおい、あんまり走りすぎるとすっ転ぶぞ」


「追いつかれる!」


 あらあら、目を凝らせば船首側の三人組が追走している。


 ちょっとした立ち話で立ち止まらせたと思えば、追いつくとは大したもんだ。


「こうなったら兄ちゃんを壁に使うぞ!」


「こら~お兄ちゃんに迷惑かけるな! ブラゴト防衛隊鉄則四! 勝負に勝つなら正々堂々と、だよ!」


 子供たちの微笑ましいやりとりにほっこりするしかない。


 当然のこと、掃除の邪魔をする気も、妨害の壁にもなる気がないため、またしても通路脇にずれる俺であった。


「ほどほどに、ん?」


 はっきりと子供たちの姿を濃霧でも視認できる距離まで縮まった時、怖気が自問と疑問を口走らせる。


 おいおい待て、待てよ、ブラゴト防衛隊って全部で何人だ?


 目にした警告文が電流として駆ける。


 おぼろげな記憶が唐突に晴れ渡り、想起される。


 すれ違う間際、脳内人名録が船首組三名と船尾組三名、計六名の子供たちを瞬時に検索した。


「お前は――誰だ!」


 後はもう本能だ。


 俺はポケットに突っ込んでいたグリップを引き抜くなり、大剣に展開させては人名録に一致しない子供に叩きつける。


 一致はしない。だが記憶にはある。


 俺が医務室で目覚めた時、イの一番に目覚めを報告しに走った子供だ。


「お、お兄ちゃん!」


「うわ、兄ちゃんがご乱心だ!」


「お前ら下がれ、こいつは!」


 突発的な展開に子供たちが慌てふためく中、下がるよう注意を俺は促した。


 不意打ちだろうと大剣叩きつけた子供は素手で刀身を受け止めている。

 

 ギア発動せずとも大剣の加護により身体能力が常人以上に強化されているはずだ。


 なのに、押し込めない。強制停止を受けているかのように刃が進まない。


「おっらっ!」


 こいつと子供たちとの距離を開かせるのが先だ!


 俺は大剣を軸に踏み込んでは子供の横っ腹に足先を突き入れる形で蹴り飛ばす。


 加減無しの横っ腹の蹴りだってのに蹴り飛ばされた子供は表情一つ変えず、それどころか口端に笑みを走らせていやがる。


「黄昏舵の鍵剣よ、偽りに潜む真なる姿を曝け出せ!」


 距離が開いた瞬間、底冷えする恐怖を抱きながら俺は大剣を振るう。


 山吹色の燐光が通路周囲の濃霧を吹き飛ばし、蹴り飛ばした子供に直撃する。


 子供の輪郭が歪む。黒き靄が全身より吹き出し膨張する。


「くっ~痛いな~蹴り入れるか、普通?」


 子供は瞬く間に黒き甲冑姿の大人に変貌し、声もまた狡猾さと愉悦さを併せ持つ声音になっていた。


 どこか特撮ドラマに出てきそうなデザインの甲冑だ。


 黒を基調とした各アーマーは機能性を重視した丸みを帯びたデザイン。


 額には半円状の飾り角、顔面はバイザー状のパーツで覆われ、奥底より鋭利な二つ目が覗いている。


「お前は、お前は!」


 慟哭がする。肺腑が膨れ上がる。初対面のはずなのに、澄み渡る既視感が警鐘と怒りを告げる。


 俺は知っている。俺には分かる。こいつを俺は知っている!


 霞かかった記憶領域が唐突に晴れ渡り、歯車同士が嚙み合うように脳内を無数の記憶が駆けめぐる。


 想起される記憶が全てを語る――語らせる。


 あるいは背後から、あるいは真上から、あるいは就寝中に、こいつはあらゆる人や物に化けては船に紛れ込み、俺を殺した。


 いや俺だけではない。妨げとなるロッソに手をかけ、船を轟沈させた。


 大好きなのは争いの種。


 特に人間が生む絶望が大好き。


 悲しみ抱く姿は見ていて楽しいし美味しい。


 化けることで不和の火種を撒き、疑心暗鬼に陥る姿に大笑い。


 その行動の全ては、糧となる負の感情を育ませるため。


 感情を、概念を糧として喰らう別世界の生命体。


 数多の世界を渡り歩き、喰らい滅ぼした元凶!


 奴の名は――


「ウバル!」


 既視感が奴の名を俺に走らせる。


「そうです。ウバルです。元凶です」


 こいつは悪びれる様子なく、おちゃらけに返してきやがった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る