第28話 機器の謎は晴れようと霧は立ち込める

 ピーガーガガガガレデレレと、親父たちから渡された謎の機器が駆動音を発していた。


「ティティス、どういうことだ?」


 机上に置かれた謎の機器は今なお駆動音を鳴りやませない。


『あたしが知りたいわ! 触ってもうんともすんともいわなかったのに突然、動き出したのよ!』


 精霊女王から親父たちに三分割の形で託され、俺を経由してティティスに渡された謎の機器。


 用途不明、起動方法不明の機器が今音を立てて起動している。


「お?」


 ポケットから微かな微振動を感じ、取り出してみれば白の鋼子と黒の封竜ギアが二つ、淡い光を放っている。


「まさか……」


 俺は直感に従うまま、白と黒のギアを機器の中に入れる。


 上蓋となる透明ケースに文字が投影される。


 白と黒のギアをスキャンするように縦横と無数の光が機器内部で走駆する。


「なんの文字だこれ?」


 投影される文字は日本語でも外国語でもなかった。


 強いて言うなら象形文字に近いな。


『読み込み中……ってこれ精霊文字よ! あたしの世界で使われた文字!』


「翻訳よろしく!」


『任された!』


 精霊の技術で製造された機器だから精霊文字が出るのは当然だが、今になって起動した原因が分からない。


『読み込み完了。次にギアを取り出し、剣を入れてくださいって、イチカ』


「ああ、分かった」


 ティティスに頷き返した俺は黄昏舵の鍵剣を入れようとする。


 おおっと、収納状態にするのをうっかり忘れていた。


 おい、みんな、そんな目で見るなよ。


「ごほん、では気を取り直して」


 グリップ状態の黄昏舵の鍵剣を改めて機器の中に入れる。


 先と同様、縦横に光が走駆し、待つこと三分、読み込み完了の文字が表示された。

 

『剣を取り出したら材料を入れてください。読み込み完了後、成形を開始します。なお可能ならば硬質な物を、だってさ』


「まさかこの機器、成形機だったのか」


 読んで字の如く、物を型にはめて作る装置のことだ。


 プラスチック製品を製造するのに使用されるのを親父の視察に同行した際、見た覚えがある。


 もちろん、世間一般の成形機と今ある機器が同等同質ではない。


 製造に精霊が関わっているからこそ、何ができるのか予測できなかった。


「材料って、あそこなら!」


 ピーンと俺は咄嗟に思い浮かぶ。


 俺はベッドから飛び起きるなり、待機中と表示された機器を注意して運び出す。


『どこ行くのよ!』


「材料があるところさ!」


「目が覚めたばかりなんだから無理しないでよ!」


「なんか凄いことやってる! ブラゴト防衛隊、追跡だ!」


 医務室から飛び出た俺を追うようにティティスやエリュテ、それどころか子供たち五人もついてきた。


              *

 

 船というのは長い航海を行う特性上、自前の工作室を船内に抱えているものもある。


 機関にどのようなトラブルがいつ発生するか分からない。


 万が一部品欠落によるトラブルが起こった場合、持ち込んだ金属塊から部品を一から製造する。


 予備との交換が手っ取り早くとも、一度に積める物資が限られている。


 交換部品を一つ一つ積むよりも、部品の原料を積んだほうが、あらゆる部品を製造できるため積載コストを減らすことができ、幅広い修理を可能とする。


 工作室に駆け込んだ俺たちを作業員たちは事情知るなり快く金属を別けてくれた。


 今現在、機器内に収納された金属塊は内部を走る無数の光により形成作業中だ。


「こりゃたまげたな、一体どういう仕組みしているんだ?」


 工作室で頭を務める男は興味深そうに機器を覗いている。


 確かに旋盤やプレス機などで形成する工具はあろうと、光で形成するなど技術者として興味を抱くのは当然だ。


「生憎、こっちが知りたいぐらいなんだ」


『なんで今になって起動したのかしら?』


 ティティスにとっては調査しようとまったく効果を為さなかったため、突然動き出した機器に困惑気味だ。


「……鍵が揃ったから?」


 ふとエリュテが思い立ったように口を開く。


「鍵? ……鍵ね」


 俺がまず取り出したのは白と黒の二つのギア、そして収納状態から展開した黄昏舵の鍵剣と、スロットに噛みついたままのリチュオルイグナイターだ。


『リチュオルイグナイター所持が最後の起動条件だったわけ? なら精霊女王はこうなる事態すら未来視で見ていたことになるわよ』


 一体どれほど深き未来を視ていたのか、精霊女王の底知れぬ力に身震いする一方、遺された力に感謝した。


「なあ、エリュテ、ロッソはどこでこのギアを手に入れたんだ?」


 今の今まで俺自身、負い目を感じていたからこそ、聞くに聞けなかった。


 エリュテの返答は、わからないと頭を振ったものだ。


「兄さんがどうしてギアを持っていたのか、私でも分からないの。あの時、ショッピングモールでの戦いの時、一人走り出したと思ったらあんたにギアを投げ渡して、それから……」


「わ、悪い、思いだせちまって」


 涙ぐむエリュテは大丈夫だと返す。


「兄さんのことは忘れてって今さっき言ったでしょう?」


「ああ、そうだな」


『……なにこの波動、イラっと来るんだけど』


 今にも殴りたそうな素振りを見せるティティスを俺はどうにか宥め落ち着かせる。


『和解でもした?』


「まあそんなところ」


『まあ、詳細は敢えて聞かないでおきますか』


 どうこう話しているうちに機材の形成は進み、光がアームを形作ったと思えば金属塊を掴み、表に裏と細かな形成を行っている。


 子供たちは刻々と形を成していく金属塊に大興奮だ。


 小さい子供ってこういうの好きだもんな。


 俺だってなにが完成するか楽しみで仕方がない。


『完成予定時間まで二時間だってさ』


 ティティスが透明な天蓋に表示される精霊文字を読み上げた時、<モア>から呼び出しがかかる。


『マスター、至急ブリッジにお越しください。キャプテンがお呼びです。繰り返します。マスター、キャプテンがお呼びなのでさっさととっととブリッジに来てください』


 というかこいつ最近、個性的になってないか?


 当初の畏まり、敬うような口調はどこ行った?


「今すぐ行くとキャプテンに伝えてくれ!」


『あたしは完成まで側にいるわ』


「私もね、子供たちを看ていないと」


「いってらっしゃい♪」


 俺は皆に見送られながらブリッジに急いだ。


            *


「おう、兄ちゃん。来なさったな」


 ブリッジにたどり着けば、キャプテンたちクルーがお出迎え。


 どことなしか空気が張っており、何かあったと察知する。


「どうしたんだ一体?」


「航路についてなんだが、これ見てくんさい」


 言うなりキャプテンはセンサー情報を正面モニターに映す。


 素人でも一目瞭然、船の周囲を取り囲む形でじわじわと濃霧が迫っていた。


 ブリッジまで内の階段で来たからな、外の様子は把握していない。


『私の計算では二時間後、この船は濃霧に包まれてしまいます』


 ただの濃霧でないことはセンサーが証明している。


 なにしろ濃霧の先が一切探知できないからだ。


 虚渦すら探知するはずが、今では光も音も一切反応を捉えられず、このままでは周辺地形を正確に把握できぬ危険な航海となる。


 灰化世界だと言えども、完全に建造物が消えたわけではない。


 ショッピングモールやシールズグラウンドの街のように、まだ残っているものがあり、下手に進めば岸壁や建造物に接触し座礁してしまう。


「気づいたら船を囲まれていてよ、ただごとじゃねえって兄ちゃんを呼んだですたい」


 赤きコンパスにて次なる光が指し示した先。


 船が霧に包まれつつある現状を踏まえれば、赤きコンパスが示したのはシールズグラウンドが一つ、五感を狂わす霧が覆う森のはずだ。


 そこは一度足を踏み入れれば、二度と帰って来られぬ霧深き森と資料にある。


 今まで六つの虚渦と遭遇し戦ってきた。


 最後の第七渦はこの森に潜んでいるのは間違いないようだ。


「その森から霧が周囲に溢れ出ているのか? だが世界全部を覆うとなると」


 発生源の森の現在地と距離感が分からずとも、この船に霧が迫るのは予定調和の異常としか思えない。


「そう考えるのが妥当ですけどさ、これは尋常ではないんですよ」


『ええ、あらゆる手段で周辺を探ろうと無効化されています。これは由々しき事態です。虚渦とばったり遭遇しようならば対処はごてごての後手です』


「霧が晴れるまで航行停止するのが妥当だが、いつ晴れるか分からないし最後の虚渦が霧に潜んでいると考えると悪手だ」


 冥府の亀曰く、最後の虚渦は最後だけに強大であると。


 暴走リスクを抱えた今の俺では存分に戦えない。


 下手に戦おうならば、まつろわぬ霊に身体を奪われ、仲間を傷つける危険がある。


「な~に、センサーがダメなら目で進むのが航海士ですよ。そうだろう、野郎共!」


 通信機を片手にキャプテンは各部署に呼びかける。


「キャプテンから各クルーへ通達する。現在、この船は濃霧に包まれつつある。センサーの類もまったくダメときた。それでだ。お前らベルグラ海峡を覚えているか? 深き霧に覆われていたあのクソ寒い海峡だ。運悪くソナーがぶ壊れたからよ、霧の中、流氷を目視で確認しながら用心深く進んだな。今回もその手法で行く。各員、今すぐ準備しろ!」


 数多の航海により培われた経験が文字通り活路を開いた。


『進路補正についてはこちらにお任せください。方角は判明しているのです。多少曲がりクネろうとすぐ補正いたします』


 霧に迷おうと正す音声が船にはある。


「任せた」


 俺一人では進めなかった。


 誰一人欠けなかったからこそ、ここまで来ることができた。


 最初は不協和音の船出だった。


 それが今、誰もが動き、働き、一丸となって前に進んでいる。


(来るなら、霧に紛れてだよな)


 ただ脳裏を走る既視感が胸に不安を抱かせる。


 直感であるが、元凶は最初から船内に入り込んでいるのではないか?


 時折感じる、背後からの寒気がその証明ではないか?


 だが背後を振り返ろうと壁があるだけで誰もいない。


(背後に気をつけろ、数え間違えるな。さてこの意味は……)


 真実は霧の奥にある、か?

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