第27話 忘れて

 またしても夢から唐突に覚めたような戸惑いが俺を襲う。


「亀えええええええええええっ!」


 俺は飛び上がらん勢いで叫ぶ。


「あれ、身体が、重い……それにここは?」


 並の重力を感じれば消毒液の匂いが鼻につく。


 天井は白く、前方・左右は白きカーテンで閉じられている。


「目が覚めたの?」


 エリュテの声がするなり右側カーテンが開かれ、特徴的なポニーテールを揺らして入って来た。


 なんだこの違和感――今まで感じていた突き刺すような態度がエリュテから感じられないぞ?


「……ここは船の医務室か?」


 覚醒しつつある脳が現在地を把握する。


 ここは紛れもなく黄昏踏破船<トア>の医務室だ。


 出航当初は埋まっていたベッドも今では三分の一にまで使用率は減っていた。


「あの後、そうだ。亀が俺たちを地上に……」


「ええ、まるまる三日は死んだように眠っていたのよ」


「そんなにか」


 恐らくはリチュオルイグナイター使用の反動だろう。


 肉体を酷使した結果、休ませんと強制睡眠に陥った。


 ずっと寝ていたから各間接はゴリゴリだが、手足は問題なく動く。


 傷らしき傷はなく俺はベッドから起きあがった。


「ちょっと目覚めたばかりでなに動こうとしているのよ」


「……<モア>状況を知りたい」


 ベッドに戻そうとするエリュテを余所に俺は<モア>に呼びかける。


 ん~なんかエリュテ、甲斐甲斐しくない? なんか企んでる?


『おはようございます。マスター、地の底では大変だったそうですね』


「ってことは黄昏とか輪廻について」


『はい、彼女たちから一通り説明を受けています。船内のクルーたちもまた』


 はてさて真実を知ったクルーたちがどのような反応をしたのか、気が気ではない。


『多少の混乱はありましたが、全会一致で狂った黄昏を踏破し楽園を目指すと話はまとまっております』


 俺が寝ている間に話はきれいにまとまっていた。


「次の方角は?」


『帰還後、赤きコンパスが光を再び指し示しました』


 やはり虚渦を討伐したからこそ次なる道が開かれたか。


 虚渦の討伐数を踏まえればあの鬼面で六体目。


 夜明け前が一番危ういと亀は言っていた。

 

「亀はあれからどうなったんだ」


『地上に帰還と同時、激しい地揺れと共に亀裂は閉じられました。そのためその冥府の亀とやらの安否は不明です』


 なら無事を確かめることも今一度語り合うこともできない。


 亀の慌てようからして相当やばいイレギュラーが冥府に現れたのはイヤでも分かる。


 損耗した状態での戦闘では、いや現状では勝てぬからこそ、亀は敵を閉じ込める形で冥府への入り口を閉じた。


 俺たちを生き残らせることが狂った黄昏踏破に繋がると判断したからだ。


「そしてこれか……」


 俺は棚の上に置かれたグリップを手に取れば大剣に展開させる。


 柄のスロットには銀の小箱がはめ込まれていた。


「ちょっとあんた、大丈夫なの!」


「ああ、ギアを発動させなければ大丈夫みたいだ」


 だが、銀に小箱を外そうとするもガチガチに噛み合って外れない。


 銀の小箱にも三つのスロットがあるため、以前と変わらずギアは装填できる。


 だが使用すれば、強大な力を会得できるも、まつろわぬ霊に身体を乗っ取られ暴走する。


 恐らく工具を使っても外すのは無理だろう。


「困ったな」


 銀の小箱をはめたのは俺だが、まさかあれほどまでに暴走するとは思わなかった。


 使えば暴走するなど、まさに銀の厄災だ。


 このリチュオルイグナイター、ティティスが自動人形の自爆特攻に使用する起爆装置だと言っていたな。


 精霊の力宿したギアの前に製造されたはずだが、スロットが三つあるのに疑問を禁じ得ない。


 もしかしなくてもあの苛立つ声主が改造でもしたか?


 それなら俺が冥府で自滅するのを見越して渡したことになるぞ。


 自滅すれば良し、仮に滅びずとも損耗しても良しと。

 

「兄さんが何か記していると思ったんだけど何もなし」


 エリュテは嘆息気味に手帳を広げてはあれやこれやとページをめくっている。


 本当にこの甲斐甲斐しさはなんだ?


 今まであった拒絶の距離が感じられない。


 いや言うならば向こうから、ドーン! とぶつかってきている感覚だ。


「亀さんが言っていたわ。兄さんもあんたと同じく既視感を抱いていたかもしれないと」


 エリュテは俺に顔を向けず手帳に顔を向けたまま語る。


「これは仮説なんだけど、この世界が滅亡と新生の輪廻によって成り立っているのなら、もしかして既視感の正体は、今ある世界を繰り返しているんじゃないのかしら?」


「繰り返している?」


 繰り返す、ループしている?


 確かに、この世界が滅亡と新生の輪廻によって成り立っているのなら、今ある世界のみ繰り返すのは女神にとって苦でもないはずだ。


 亀は今回の黄昏は狂わされた黄昏だと言った。


 黄昏を狂わせた元凶。


 女神は神だけに世界の理だ。


 狂わせた元凶は世界の理や法則に干渉できる恐ろしい存在ということになる。


 俺たちが迫る死と戦っているように、女神もまた今ある世界を繰り返す形で元凶と戦っているのではないか?


 この手のループ展開だと、死たる失敗を重ねさせることで生存たる正解ルーツを見つけ出させるパターンが多い。


 その例を踏まえれば、女神は元凶に打ち勝てる力をループさせる形で育ませていたことになる。


「確かにそれならロッソが俺の名前を知っていたことも、虚渦と戦闘で時折走る覚えのない記憶も、同じ世界を繰り返していると考えれば辻褄が合う」


 既視感として走る記憶は恐らく俺及びロッソが死亡する形で失敗した世界での出来事だろう。


 背後に気をつけろの警告や、俺が無意識に背中や腹をさするのも、元凶に殺されたと考えるのが妥当だ。


 何回、何十回の回数は分からないが、相応に繰り返していると俺は読む。


「……あ、あんたがさ、兄さんのことで悔やんでいるのはずっと知ってた」


 手帳で顔を隠したままエリュテはやや声を張らせながら続ける。


「義理も道理もない無関係なのに、みんなのために戦って奔走して傷ついて、倒れて、どうしてそこまで動けるの? してくれるの?」


 なお顔は手帳で隠したままエリュテは伸ばした右手で俺の右手を強く掴んでくる。


 女の子に手を握られるなんて四六時中あったと記憶しているが、この手の温もりは俺への問いかけだった。


「半ばなりゆき。生きたいから、訳も分からぬまま死にたくないから。ただそれだけなんだよ」


 行き着く理由は単純でしかない。


 守りたいとか戦いたいとか、そんなご大層な理由はない。


 死にたくないとか生き残りたいというシンプルな理由で前に進んできた。


「そう、まあみんな、そうよね」


 生きたいから、誰もが動き、自分たちができることをやり続ける。


 絶望により立ち止まった者も歩き出している。


 生きるとは前に進むことだ。


 立ち止まっても躓いても、再び立ち上がり前を向くことだ。


 前を向いて進もう。後ろに未来はないのだから。


 けれど、横を見るのも忘れちゃだめだ。


 一人で前に進んで来たのではない。

 

 相棒がいた。友がいた。仲間がいた。


 一人じゃなかったからこそ前に進めた。


「もういいわ。もういいから――兄さんのことは忘れて」


 それは許しの言葉だった。


 もう罪過として背負わなくていい。


 重荷を持ち続けなくていい。


 過去に縛られず前に進んでという願いだった。


「……エリュテ」


 とこんな心拍数増加の展開となればラブコメとなるのがお約束だが、そんなお約束、世界が異なる別世界だけに起こらない。


「あ~お兄ちゃん、起きてる!」


 今日も元気いっぱいのブラゴト防衛隊五人の子供たちの登場である。


 俺とエリュテは感づかれるよりも先に互いの手を引っ込めていた。


「起きたんだ!」「もう大丈夫なの?」「もうあれから大変だったんだよ」「なに話してたの?」「あ~なんか増えてる~!」「俺、みんなに起きたこと知らせてくる!」


 一人が外に飛び出しても、医務室は賑やかのまま静まることがない。


 医療従事者の有志が苦笑しながら静かにするよう優しく注意している。


 ただ日頃からあれこれ手伝いを率先している子供たちだけに他のベッドの患者から苦情が一つも飛ばず、誰もが微笑ましいと来た。


『イチカ、大変、大変よ!』


 子供と入れ替わるように大慌てのティティスが病室に飛び込んできた。


 その羽には今なお用途不明の機材を抱えているが、機材の状態がおかしい。


 ピーガーガガガガレデレレと駆動音を発していたのだ。


『なんか突然動き出したの!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る