第26話 冥府は亀にて閉じられる

<悪意・狂気・怨念・悔恨・破滅・絶望・滅亡!>


 ――楽園冥府問わず全てを滅せよ!


 銀の小箱を大剣に装着した瞬間、俺は俺でなくなっていた。


「あああああああああああっ!」


 溢れる負の感情が俺の身体を勝手に動かしている。


 俺の身体なのに、俺の自我があるのに、溢れる負の感情が俺の意識を幽閉して手も足も出せない。


「があああああああっ!」


 大剣を振り上げ、先の二番煎じのように鬼面に叩きつける。


 当然のこと、凄まじい衝撃が大剣を介して俺の腕に走る。


 反射された衝撃が俺の腕に激痛を走らせるも、大剣の加護により即座に痛みは消え失せることから構わず叩きつける。


 叩きつけ、殴りつけ、蹴りつけと一切の躊躇も慈悲もない。


 鬼面は反射し続けようと、構わず俺は大剣を振るい続ける。


 傷だらけになろうと止めない、止めない、止められない。


「あ、あいつなんか様子おかしくない?」


『急に暴れ出して――って、あの小箱、リチュオルイグナイターじゃないの! なんでイチカが物騒なもの持っているのよ!』


「なによ、リチュオルイグナイターって!」


『精霊の小娘、なんじゃそれは!』


 遠くからティティスたちの驚愕する声が響く。


 俺の身体は今なお別の何かに奪われ、大剣振るっては鬼面に亀裂を刻み続ける。


『波に対してあたしたち精霊は三人の人間を元に自動人形を作り出したわ! 五つ目の波との戦いでは、数を活かした自爆攻撃で撃破しているのよ! その鍵こそ降臨の起爆装置――リチュオルイグナイターよ!』


「でもあいつは人間でしょう! 人形の部品なんて!」


『いえ、道理で言えば使えるわ! だってギアは精霊の力を宿した対波決戦兵器! 開発された順番を考えれば自動人形の技術がギアに応用されているはずよ! そしてイチカの持つ剣はギアを装填できる! だからリチュオルイグナイターも使える!』


『爆発させる代物なのは分かったが、どう見ても理性が先に爆発して暴走しておるぞ!』


『リチュオルイグナイターの起爆剤は戦場に溢れる負のエネルギー、つまりは死の思念よ! 負の感情! まつろわぬ霊! 戦いたい、仇を討つなどの無念怨念を収集し火種とする! あの時は波に多くの同胞が殺されたから、起爆剤として利用するのに最適だったのよ!』


「ならあいつはそのまま爆発するの?」


『わかんないわよ! ただあの暴走状態を見る限り、イチカの身体を負の思念が乗っ取っているわ!』


『それはかなりヤバイぞ! ここは冥府じゃ! 黄昏を踏破できなかった者たちの無念も集まっておる。使用するには格好の場所じゃ!』


「ならあいつは!」


『見る限りこのままでは死ぬ! 虚渦じゃなく暴走する自身の力に圧し潰されて死ぬわ!』


 ティティスの説明で原因は分かっても解決策が分からない。


 あんの謎の声め! なにが増幅器ブースターだ! 起爆装置イグナイターじゃないか!


 俺の心に凍てつく恐怖が流れ込む。


 もし、もしもだ。


 このまま鬼面を倒したとして、暴走状態で刃を向けるのは次に誰だ?


 エリュテだ。


 身を守る武器すら持たぬあいつに刃を向けてしまう。


 確かにさ、ロッソの件であいつに嫌われているかもしれないが、だからって刃を向けるのはダメだ! 


 ――銃を向けたんだ。刃を向けられるのは仕方がない。

 

 違う! 違う! 違う!


 俺の心は囁く黒き声を否定する。


 その間、鬼面は跡形もなく粉々に砕け、塵状に消失していく。


 俺の目がエリュテを映す。


 次に滅すべき敵だと、まとわりつく負の思念が俺の身体を勝手に動かす。


『目を覚まさんか小僧!』


 亀が頑丈な甲羅を盾として俺とエリュテの間に割って入る。


 邪魔する亀にわずらわしさが生まれ、何度も大剣を叩きつける。


『イチカ、目覚ましなさい!』


 ティティスの声は届こうと肉体を止めるには至らない。


 銀色の小箱は中でなお回転数を増し、噛み合うのを止めない。


『待てよ、暴走原因がリチュオルイグナイターなら!』


 ティティスが何か閃いたのか、その羽で亀を掴み上げる。


 次いで握りしめた羽で、俺の胸部を叩きつけては距離を開かせる。


『おおおい、精霊の小娘、何をする気じゃ!』


『何するかって! こうすんのよ!』


 当惑する亀にティティスは行動をもってして答える。


 羽で掴んだ亀を俺が持つ大剣目がけて投げつけた!


『そういうことか!』


 亀はティティスの閃きに勘づいたのか、己をギアに負けじと高速回転させれば、大剣の柄に自らの身体を挟み込ませた。


 ガキンと硬き金属同士が噛み合う音が冥府に響くと同時、空気でも抜けるかのように俺の身体から負の思念が抜けていく。


 次いで凄まじい疲労感が俺を襲い、無重力空間にだらしなく手足を伸ばしていた。


「か、身体が、動く……」


『ようやく目を覚ましたわね、このバカ相棒!』


 身体に重石を乗せられたようで自由が効かない。


 無重力空間でなければ今頃、地面にぶっ倒れていた。


 無重力空間に揺蕩う黄昏舵の鍵剣を見れば、亀が銀の小箱と柄の接合部に甲羅を挟み込ませている。


 噛み合うのを阻害されたギアはギチギチと不気味な音を発している。


 亀を力ずくで噛み砕いて再回転せんとするが甲羅は易々と砕かせない。


 虚渦一の硬さを唄っていたが嘘偽りではなかった。


『ほれ今すぐ剣を収納状態にせんか。それなら暴走もせんはずじゃ!』


 俺は言われるがまま、どうにか指先を動かしては大剣からグリップ状態にする。


 グリップになったと同時、宙に放り出された亀は身体を三回転ほどさせて亀裂一つない甲羅を俺に見せつけた。


『ふい~自慢の甲羅でなければ今頃砕けちっとたわ』


「す、すまない」


『わしではなく嬢ちゃんたちに謝ることじゃな』


 俺は気まずそうに目線を逸らしてしまう。


『しっかしお前さん、そのリチュオルイグナイターとやら、どこで手に入れたんじゃ?』


『そうよ、あんた人形捨て場で拾ったようには見えないわよ』


 俺はどうにか唇を動かしては入手の経緯を分かる限り説明した。


『ふんむ~渡されたとな』


『何よそいつ、ブースターと偽って渡すなんて!』


「どっかで会ったような既視感はあるんだが……」


『既視感か、んぬ~ぬぬぬっ!』


 亀が唸ると同時、冥府に激震が走る。


「え、じ、地震?」


『ここで地震は起こらんよ。くっ今日は千客万来じゃのう!』


 浮遊する瓦礫の群が瞬時に消失する。


 亀の噛みしめる発言と同時、何かが冥府の奥より身を強張らせるまでの殺気を放ちながら近づいている。


『坊主たち、今よりわしの力で地上に戻す。その状態では戦闘は無理じゃ!』


 近づく正体を亀は知っているのか、問おうとするよりも先に俺たちは光の球に包まれる。


『いいか、今回の黄昏は狂っておる! いや狂わせておる元凶がおる! 小僧が抱く既視感ですべてがはっきりしたわ!』


「元凶、だと!」


『そうじゃ、過剰な役目を果たす虚渦、灰化世界、精霊の遺物、剣と融合したギア、異邦人、存在せぬリチュオルブースター、そしてお前さんの言う既視感!』


 瞬く間に亀から遠ざかる形で上昇していく。


『いいかい、人間の嬢ちゃん! 小僧を許してやれ! 手帳をちらっと覗かせてもらったがメモからしてお前の兄も恐らく既視感抱く一人のはずじゃ! 本来小僧が持つべき白と黒のギアを所持しておった! そこに狂った黄昏を踏破する鍵がある! 元凶を暴き出す術があるはずじゃ!』


 亀の姿はとうに暗闇に消え、ただ巨大な威圧感が冥府を震撼させる。


『生きろ! 生きて亡滅の黄昏に抗え!』


 一際大きな鳴動を感じた時、地上に打ち上げられていた。


 そして凄まじい地揺れと共に大地の亀裂は閉じられる。


            *


 ふっ、虚渦のわしがまさか人間を何度も助ける羽目になるとは情が移ったかのう?


 じゃがのう、まさかそうして黄昏を狂わしていたとは。


 第七渦・崩夢消誕ウリアルクスよ。


 踏破すべき理は、どうにもならぬ絶望――本来なら滅亡と新生の女神自らが最後の試練として立ち塞がる段取りのはずじゃが……貴様、女神をどこにやった! 女神に化けようと、わしの目は誤魔化せんぞ!


 そりゃ異邦人を喚ぶはずじゃ。金色の剣とギアが一つになるはずじゃ。精霊の遺物が今なお残されておるはずじゃ。


 言っておくがここは冥府、わしのテリトリーじゃ、小僧共の後を追えると思わんことじゃ。


 世界も、黄昏も、貴様の玩具にさせんぞ、元凶!

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