第25話 禁断の暴走装置
<第三@・断演羅面ペシャドルナ>
――仮面外せぬ愚か者。
『ぬぬぬおいいいい、ペシャドルナ! ここはわしの領域じゃぞ! 女神の一部とはいえ、おいそれと領域侵犯していいわけなかろう!』
甲羅より亀頭を飛び出させた亀は鬼面に向けて怒り心頭に叫ぶ。
この怒り様、演技でも偽りでもなく本当に怒っていた。
「おい、亀、どういうことだ!」
『どうもこうも。わしの役目は黄昏について語ること。語る途中で襲撃でもされてみい。語るに語る役目を果たせんじゃろう! そうならんようこの冥府はわし以外の虚渦が侵入できんようされておる!』
つまり亀にとってあの鬼面は招かれざる客というわけか。
「ティティス、エリュテ、お前たちは亀を盾にして隠れていろ!」
俺は運搬器具を脱ぎ捨てると同時、鬼面へと飛び出していた。
「ちょ、ちょっとあんたは!」
「こいつは今ここで倒す!」
俺はすぐさま烈熊ギアと疾鷹ギアを入れ替え、浮遊する瓦礫を足場にして鬼面に急迫する。
『ええい、人間を守るのは虚渦として業腹じゃが、状況が状況じゃ! 嬢ちゃんら、わしから離れるんじゃないぞ!』
虚渦とはいえ話の通じる亀で助かったよ。
俺は地上とは勝手の違う無重力地帯だろうと、浮遊する残骸を足場とする戦法を取る。
疾鷹ギアはまだ使ってない。純粋なまでの慣性を得て加速する。
「先手必勝!」
浮遊物を足場にしては蹴り加速と同時に疾鷹ギアを起動。
別なる浮遊物を蹴っては繰り返し、加速を得るだけでなく、一カ所に留まらぬことで敵虚渦に狙点を定めさせない。
「烈熊の歯車・イグニション!」
鬼面の真横に踏み込む寸前、疾鷹から烈熊へと再度入れ替える。
大剣を振り下ろした時のインパクトに烈熊の力を乗せるためだ。
気づいた鬼面はこちらを振り向こうともう遅い。
一撃一殺の破壊力でその鬼面、粉々に砕いて冥府の仲間に入れてやる!
『いかん、小僧! 真っ正面からかち合うな!』
亀の叫びが俺に既視感を走らせる。
まただ。また視界が急激に停滞していく。
同時に走る既視感は脳内で映像となる。
鬼面は俺の重撃を受けるなり、全く同じ重撃を俺に叩き返す。
攻撃したと同時に反撃をされた!
回避など不可能な状態の俺はまともに受け、大剣握る右腕が千切り飛ばされる。
「――はっ! 今のは! くっ! 封龍ギアイグニション!」
走馬燈のように駆ける中、俺は大剣が接触寸前、烈熊ギアを解除、間髪入れず封龍ギア発動を発動させ、自らの重撃を封印する。
振り下ろした大剣は鬼面に接触する寸前で停止、俺は即左足を起点に鬼面を蹴り上げては距離を取った。
「ぐうっ!」
鬼面と接触した左足に痺れが走り、後から来る痛みに俺は歯噛みする。
大剣の加護効果か、幸いにも骨や筋には影響はないが痛いのは痛い。
「こいつ、受けた攻撃をそのまま跳ね返しくるのか!」
浮遊する瓦礫の一つに着地した俺は体勢を立て直さんとする。
くっ、反射とか滅茶苦茶面倒じゃないか!
誰が言ったか強大な力の弱点は強大な力であると。
強大な力は使い方を間違えれば己を傷つけると。
大剣の威力が絶大だからこそ相性は最悪だった。
「これならどうだ!」
距離を取った俺は鋼子ギアを抜いては轟鯨ギアと入れ替え、疾鷹ギアと噛み合わせる。
<ダブルギア・ベストコンボイグニション! 疾迷轟雨のディザスター!>
一撃一殺の火砲ではない。数と速力を活かした広範囲に降り注ぐ光線のシャワー!
一発一発が貫徹弾並の威力だ、受けやがれ!
光のシャワーは鬼面を覆う形で降り注ごうと、粒子の一つ一つを無駄なくご丁寧に反射してきた。
俺と鬼面の間で無数の光芒が瞬いては消えていく。
『熱っ! あちちっ! これ小僧考えて撃たんか!』
飛び交う高熱の粒子は浮遊する瓦礫にぶつかっては乱反射を繰り返し亀に命中する。
その背後にいるティティスやエリュテに一粒も当たらなかったのは幸運だった。
「くっ、こいつ、攻撃だけじゃない! その効果すらも反射するのかよ!」
鋼子の能力抑制効果にて反射攻撃を抑えるつもりが、まったく同等の効果すら反射に乗せてくる。
抑制と抑制の効果がぶつかり合っては相殺し合いギアの意味がない!
「なら次は!」
疾鷹ギアを単体起動させれば、俺は瓦礫を蹴り一瞬にて鬼面の背後に回る。
真っ正面からやりあえば反射されるのならば裏面から叩くのみ!
「まずは一発!」
俺は大剣の腹打ちで鬼面の姿勢バランスを崩さんとする。
この重力が軽い浮遊空間で一方的な慣性を与えられれば姿勢制御すらままならなくなるからな!
「ぐああああああっ!」
だが俺の目論見は見事に外れ、大剣の腹打ちと同等同質の威力が戻ってきた。
身体は弾き飛ばされ、とある廃船に背面から激突する。
当然のこと、瓦礫の埋もれたままの形で俺の意識は途絶した。
*
回る、回る、ぐるぐる回る。
ただ回る。輪廻のようにぐるぐる回って繰り返される。
「よっ、元気か?」
ぐるぐる回る中、どこからか響いた声。人を小馬鹿にしたような、遊んでいるような軽薄で愉悦に混じった男の声。
「おうおう派手にやられちまって、あれはぶっちゃけなにもしないで放置するのが得策なんだが、まあ戦わないといけないわな」
お前は誰だ?
「さあ誰だろう?」
この声にどこか既視感がある。覚えがあるも朧気で思い出せない。
「ほう、既視感ね、なるほどなるほど」
冷やかしなら帰、いやどっか消えろ。お前のその声を聞いているとどこか腹に来る。
「なんだよ、折角、俺が状況を打破できる便利な物やろうと思ったのによ。お前と接触するのは危ないが、この状態なら勘づかれねえ」
まるで悪魔の囁きだな。
「ん~悪魔とか神とかそれは人間の好き嫌いが勝手に決めた宗教観でしかないぜ。まあ俺はどこぞの神様と違ってピンからキリまでメリットとデメリットを説明する親切さんだから安心しろ」
自分から安心しろという奴ほど信頼できねえよ。
「そういうなって。黄昏踏破のためにも必要なものだ。ほれ受け取れ。イヤでも受け取れ、断っても握らせるからな」
そう言ってそいつは俺に銀の小箱を握らせてきた。
小箱の正体は複数のギアが内蔵されたギアボックスだ。
既視感が警告を発する。
今すぐ目を覚ませ、今すぐギアボックスを捨てろ。
それは使ってはならぬ禁断の暴走装置だ。
「そいつはリチュオルブースター。鍵剣の性能を何十倍にも引き上げるメリットがあるも使い続ければ負の衝動に意識を支配されるデメリットがある。まあ短期決戦で挑めばどうにかなるさ」
気軽に言ってやがる。
「お前なら手身近に終えると信頼しているからさ」
会ったことも顔も知らないのにどの口が言うか。
「ふっははは、それじゃ喰われないよう頑張れよ、グッバ~イ」
声は笑いながら俺の意識から遠ざかっていた。
*
またしても夢から覚めたような戸惑いが俺を襲う。
「夢、だったのか?」
廃船の中で意識を失っていた。
身体に伸し掛かる瓦礫を押し退けて立ち上がれば、亀裂の隙間より鬼面が俺を探して平たい顔をあちらこちらに向けている。
ティティスやエリュテ、亀は眼中にないのか、一瞥もしない。
「いや夢じゃ、なかった!」
俺の左手には銀の小箱が握られている。
あの夢の中で会った奴が俺に握らせたのか?
既視感が警鐘を鳴らし続け、手放せと叫ぶ。
それは銀の厄災だ。手離せ、使うな!
だが、メモ書きにあった銀の災厄を手放すなの文字が俺を踏み留まらせる。
誰が書いたのか分からないメモ書きは、何であろうと信頼できると既視感が教えてくる。
「あの謎の声は癪に障るが、メモ書きのあんたを信頼してみるよ」
信頼しているからこそ残した。
誰になんて疑問、野暮だ。
男なら応えるのが義理ってもんだろう!
「リチュオルブースターオン!」
銀の小箱を装填するには鍵剣のスロット全てを開ける必要がある。
鍵剣のスロットは埋まるも銀の小箱にも三つのスロットがあるため三つまでギアが使用できる。
三つのギアを抜き取った俺はスロットに銀の小箱を装填した。
「ぐっ、ぐうううううっ! があああああああっ!」
銀の小箱の中でギア同士が高速で噛み合い、爆発的な音を上げる。
大剣より伝わる衝動は身体をバラバラに弾き飛ばしそうなほどだ。
何かが俺の中に入り込む。
それも一つではない。
嵐のように俺の中で入り込んだそれらは暴れまくり増殖を繰り返す。
絶叫が響く、怨嗟が雪崩れ込む、憎悪が意識を蝕み縛り付ける!
<悪意・狂気・怨念・悔恨・破滅・絶望・滅亡!>
――楽園冥府問わず全てを滅せよ!
この瞬間、俺は俺でなくなっていた。
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