第24話 滅亡と新生の輪廻

<第四渦・玄太冥識タルガルイ>


 ――深く識るものは語りがたる。


『これこれ、そう剣を構えなさんな。そんなものでぶった切られたらわし痛くて泣きじゃくるわ』


 大剣構える俺に亀は落ち着くよう言ってくる。


 けどよ、虚渦だと名のなられちゃ落ち着けるかよ!


 羽を握り締め臨戦態勢のティティスはともかく、エリュテを特に見ろよ。虚渦だと知るなり唇噛んでは肩を震えさせているぞ。


『わしの役目は黄昏について踏破者に教え語ること。他の虚渦と違って戦闘力など皆無じゃよ。まあいきなり攻撃されていいように、甲羅の硬さに関しては虚渦一じゃがな』


 亀は小さき口を大きく開けて笑う。


 その笑いはどんな攻撃でも耐え抜くという余裕だろう。


 冷静になって思い返せば、今まで遭遇してきた虚渦は言葉を発せず、姿を渦に隠して現さず、正体不明の災厄として人々を蹂躙し恐怖と絶望に陥れてきた。


 こうして人語にて意志疎通を行う虚渦が目の前にいる。


 ただ今まで相対してきたことを踏まえれば信頼に値するかは別問題だ。


『信頼するか、せぬかはおぬしらが決めることじゃ。わしはただこの地に現れた踏破者に黄昏について語るのみじゃよ』


 敵意はないか……話を聞くため俺は一先ず剣を降ろす。


 もちろん降ろすだけで収納はしない。


 虚渦だけに警戒するに越したことはないからな。


 だからティティス、シャドーボクシングはやめろ!


 牽制の拳圧で浮遊物破壊するな!


「なら黄昏となんだ? 夕焼け夕暮れとはニュアンスが違うんだろう?」


 俺はどうにかティティスを宥めながら開口する。


『黄昏とはざっくんばらんに言えば世界の終焉。世界に下される最後の審判じゃよ』


「世界の終焉、それに最後の審判だと?」


「神様気取りなの?」


 愕然とする俺を横にエリュテの声が怒りで膨れ上がる。


『神様気取り? いんや、この世界を創った神だからこそじゃ』


 この世界の宗教観はさっぱり分からないし、窮地と船内問題の連続が慌ただしく続いた結果、神に祈る暇すらなかった。


 祈れば指が塞がれて作業が滞るからな。


『まあ神なんて人の心の数だけ、世界の数だけおるもんじゃ。女神は世界に満ちた生命が存続するに相応しき存在であるか否か見極めるため試練を課す。それこそが黄昏じゃ』


「黄昏が女神の試練?」


 ならよ、虚渦は女神が放ったことになるぞ。


 望みもせず試練に強制参加される身にもなれよと、俺はエリュテを横目で見るも当人は手帳を広げては亀の話を一心不乱にメモっている。


 切り替え早いなとついつい感心してしまう。


『小僧、顔に書いておるのう。そうじゃ、虚渦とは女神が持つ虚無の権能を顕現させた滅亡装置じゃよ。生命は同じ種であろうと殺し合い、いがみ合う。女神はそんな世界の姿に失望してのう。審判を下しては新たな世界を最初から作り直す<滅亡と新生の輪廻>を繰り返しとるのじゃ』


「え? なら亀のあんたも女神の一部なのか?」


『正確には女神から強制的に委託された亀じゃな。確かに力は持っておるが、わしはただ女神から押し付けられた知識を語るのみといったじゃろうて』


「……精霊ではないと?」


『違うのう。こんな姿をしておるが元は人間じゃよ。正確にはわし以外の虚渦全てが黄昏踏破に失敗した者たちを元としておる。仮に踏破ならずとも強き力を持つからこそ役目に最適なんだとさ』


 ならティティスの姉たちとは因果関係が一切なく、攻撃方法が酷似しているのは偶然の一致か。


 もちろん亀が欺いている可能性があるも、虚渦とはいえ真摯に語る言葉に淀みたる嘘は感じない。


「世界のリセットを繰り返す……」


 俺はただ困惑気味に頭をかくしかない。


 知りたくとも情報の入手手段はなく、話を聞こうとも生き残るのを何よりも優先してきた。


 ただ世界が女神の都合でリセットが繰り返されているのは理解できる。


 まるでゲームだと率直に思った。


 気に入らぬ結果だからリセットしてスタートあるいはセーブポイントからやり直す。


 目的のアイテムが手にはいるまで、今度こそ敵を倒せるまで何度でも。


『確かに新聞とか雑誌を読む限り、人間同士、諍いはあったわね。領土問題や人種問題、紛争等々、あたしたちは精々、姉妹同士王位を争うだけだったけど、人間はその上を行っているわね』


 メモを取るエリュテを横目にティティスが羽をすくめて嘆息する。


『女神は他者を理解しようとせず、認めず、偽る種を嫌う。逆に他者を理解し、受け入れ手を取り共に歩む者を世界に相応しき種として好んでおる。当然、女神もそこまでバカじゃない。全員が全員愚か者ではないと理解しているからこそ試練を課す』


「他者を受け入れ共に歩む――共存共栄か」


 理解し合うってのは簡単そうで難しい。


 祈る神が違う。言語が違う。血が違う。肌が違う。住む国が違う。住む街が同じだとしても人がいがみ合う火種となる。


 手を取り合おうと、打算や妥協が重なり不和を招くリスクがある。


 みんな違ってそれでいい――なんて言葉、俺からして、揃いも揃ってダメばっかの裏返しとしか思えない。


『意志持つ種ほど窮地と脅威に曝されれば本性が暴露される。じゃからこそ女神は世界各地に虚渦を放ち、試練を課す。お前さんたちがシールズグラウンドと呼ぶ特異な大地は虚渦が現れるための孔という訳じゃ』


 試練か……けどよ、ライブラリを閲覧した限り、国や軍隊は抵抗する間もなく虚渦により消滅しているぞ。


『お前さんが持つ剣……今は黄昏舵の鍵剣じゃったな。その剣は元々、唯一の対抗手段として女神が用意したもの。振るえば無に偏在する本体を曝け出し討ち倒す有の権能を宿す武器……なんじゃが、精霊の時代に色々と改造されたのう』


 亀は首を捻って唸っているが、この剣に魔改造を施したのは親父たちと精霊なんだよ。詳細はそっちに聞いてくれ。


「なあ亀、黄昏を踏破した精霊が、その後どうなったか知っているか?」


 女神は世界を滅ぼしては新たな世界を創世すると亀は語っていた。


 なら今ある人の時代が、かつては精霊の時代であったことになる。


『言葉通りの意味じゃが? 言ったじゃろうが、黄昏とは女神による審判であると。精霊なんてとっくの昔に世界ごと滅んでおるわ』


 前に進むあまり、深く考えないようにしてきた。


 俺がこの世界に飛ばされたように、ティティスもまた精霊の世界から飛ばされていたのが妥当だと思っていた。いやそう思い続けてきた。


 精霊が滅んだ確証は……あったさ、虚渦の無により手に入れた黄昏舵の鍵剣、黄昏踏破船<モア>、渦と同等異質の波たる存在。遺物たる形の状況証拠は数多くあった。


『はぁ? あたしはしっかりここいるわよ! それに精霊たちはイチカの父親たちと黄昏を踏破したんじゃないの?』


『ん~かれこれ一億年は軽く飛んでおるしのう。歴史なんてもんは繁栄と滅亡の繰り返しじゃよ? 生まれれば死ぬ。死んで新たに誕生する。仮に黄昏を踏破して世界を存続させようと滅びはいつしか必ず訪れる』


 なら精霊女王が見た未来視は今ある世界の滅びだったわけか。


 親父たちはその未来を把握したからこそ俺に剣やギアを残した。


『ん~と、ふむ、精霊女王の抵抗のようじゃな』


「なんだよ、突然。女神辞書でも引いたか?」


『女神から押し付けられた知識を再認しとるから、あながち間違っておらんのう』


 やれやれと言った具合に亀は頭を唸らせている。


『精霊の時代が自ずと滅びるからこそ、当代の女王は一人娘を封印し、世界の未来を託した。それだけじゃないのう。廃棄所・船、そして剣にギアと今回の黄昏への対抗策を残しておる。女神の世界に干渉できるなど、この女王なかなかのやり手だのう』


「なんのために?」


『なんのためにって決まっているじゃないの! あたしが次期女王だからよ!』


 お前のポジティブさは一体どこから来るんだ?


 精霊の世界が既に滅んでいて、自分が最後の精霊だというのに、空元気や落ち込みすらないときた。


『ふっふっふ、流石女王ね、どの娘たちよりもこのあたしが女王に最も相応しき精霊だと見抜いていたのよ!』


 ああ、もうこのポジティブ球は放っておいて話を進めるぞ!


 エリュテはエリュテで恨み節でもぶつけるかと思えばメモに熱中してるし。


 新たな質問をしようとした俺は、ふと降下途中で見た何隻もの朽ちた踏破船を思い出す。


 様々な種類の船があったとエリュテやティティスに確認をとろうと、エリュテはなおメモっていれば、ティティスはあたしこそ女王だと昂揚しており、聞くのを諦めた。


「途中で何隻も見かけた船の残骸はなんだ?」


『あれは虚渦ではなく、自らの手で滅んだ者の末路じゃよ。最後の試練は最後だけに皆で力合わせて乗り越えることが求められる。じゃからこそ踏破者の誰もが踏破船を造り上げる』


「デザインが共通しているのは?」


『そりゃ簡単じゃ、女神が踏破者たちに無意識で造船法を教えとるからじゃ』


 思い返してみれば、精霊女王の命で建造されただけで、設計者が精霊女王とは言ってないよな。


 デザインに差異があるのも世界や文化の技術レベルの違いか。


『滅んだ理由は様々。ただ行き先を巡って、ただ対立を回避できずして、金色の剣たる強き力を誰もが求めてと。ここは世界の吹き溜まり。審判下された世界の残留物が流れ着く――故に冥府と呼ばれておる』


 この亀は一体いつから生きて何度世界の審判を目撃したのか。


 漂流物の多さから一千年や一億年は越えているのではないかと俺は類推する。


『虚渦を共に乗り越え、楽園にたどり着ければ女神は相応しきと審判を取り下げて世界を存続させる。ダメなら審判を下し新生させる。じゃがのう、今回の黄昏はちぃとおかしすぎる』


「おかしいと?」


『まず世界が海も山もない灰化現象を起こしておること。確かに灰色に染まるがのう。それは虚渦と遭遇した場合のみ、色彩が染まる程度の限定的な現象じゃ。世界全土を灰化させるなど今までの黄昏では起こっておらんかったわ。加えてお前さん、虚渦と遭遇した時、おかしなことはなかったかのう?』


「あった!」


 俺は遭遇した際の記憶を思い出すなり即答した。


 今まで倒してきた虚渦は四体。


 %二渦:狂骨壊乱アグガル

 第一@:刻天葬柱ダリスベ

 %五=:爆欺欲滅バライヤ

 第六#:擁縛樹帰ヴェニディア


 番号が割り振られていながら出現順はバラバラの文字化けつきだ。


 今目の前にいる五体目の虚渦である亀はしっかり<第四渦・玄太冥識タルガルイ>だと表示された。


 亀は俺の即答に意味深な顔をする。


『あやつらは試練の滅亡装置。黄昏の踏破者を優先的に狙うはずが誰彼構わず無差別に襲っては破壊活動を繰り返しておる。最後に、小僧、お前さんの存在じゃ」


「俺の存在?」


 確かに自分がイレギュラーなのは理解している。


 この大剣だってそうだ。幾つものギアと組み合わさり魔改造が施されたものだ。


『本来、その剣は精霊世界でのみ運用されしもの。それが今、人間世界にて使われとる。今回の試練は人間世界に対して。ならば人間世界にて運用されるべき剣があるはずが、どこにもない。試練を課すが以上、踏破の鍵を渡さぬなど最初から破綻しとる』


 考えもしなかった。確かにそうだ。この剣は元々、親父たちが無に隠したもの。精霊の世界にあるからこそ、人間の世界にもあるのが道理。


 いや、もしかしたら精霊女王の未来視は人間世界に金色の剣が存在しないのを見たからこそ、親父たちに隠させた可能性もある。


『この世界の黄昏は、この世界の種が踏破すべきこと。別世界より別なる種を招くなど本来あってはならぬ。招いて踏破させることすら本末転倒じゃ。どれもこれも狂っとる』


「ならなんで俺はこの世界にいるんだ?」


『わしとて分からん。別世界より別なる種を喚ぶなど女神にもできるかわからぬ所業じゃ』


「神様にもできないことあるのかよ?」


 ならよ、俺をこの世界に、親父たちを精霊世界に召喚したのは誰なんだ?


『世界の数だけ神がおる。好き勝手余所の世界から人や魂をポンポン喚んでみい。それはリソースの横取り。輪廻の妨げでしかない』


 輪廻って命のサイクルだよな?


 滅んだ生命を基盤に新たな生命を創造する。


 一〇〇の生命を元に一〇〇の新たな生命が誕生すると踏まえれば、リソースを横取りされては輪廻に支障が出る。


「まさか清ヶ原が滅びつつあるのは……」


 親父との通話内容を思い出した俺は戦慄した。


 ――世界は一つじゃない。無数にある。無数の世界は輪廻で循環している。輪廻が途切れれば存在は消える。

 

 友や妹たちが誰からも忘れ去られたのも輪廻が途切れたことで存在を消されたから――


 企業運営で例えるなら別企業が運営資金や製品を横取りするようなもんだぞ。


「この黄昏がおかしいなら、楽園に行って真偽を確かめるしかないってことか」


『残る二つの虚渦を倒せれば自ずと楽園への道は開かれる。お前さん、ギアの欠片は持っておるか? ああ、剣に吸い込まれたと、安心せい、七つ集めれば自ずと楽園を導く鍵となるわ』


 亀は甲羅に嵌るギアを外せば欠片として俺に渡してきた。


 なるほど、虚渦から手に入るギアの欠片は楽園への道標だったのか。


「それで、残る虚渦二体はどんな奴なんだ?」


『たわけ、小僧。それを虚渦であるわしに聞くか? 狂っとる現状、答えるのが最適じゃがのう、女神からその手の知識は枷をかけられておるから答えたくても答えられんわ』


 つまりは自らが進み、仲間と協力して虚渦を撃破しろってか。


『わしが言えるのはただ一つ。踏破者よ、夜明け前が一番危うい』


 確かに、夜明け前こそ一番暗い。


 つまりは第七の渦が最後だけに他の虚渦以上に危険で強大なのだろう。


 第七渦は強大だと俺の既視感が囁くも、風が通り過ぎるように記憶から抜け落ちる。


 語り終えた亀は頭や手足を甲羅の中にひっこめてきた。


 お話はこれでおしまい。


 冥府に留まらず前に進めと体現しているようだ。


「ティティス、エリュテ、船に戻ろう」


『オ~ライ』


「分かったわよ」


 手帳を閉じながらエリュテはゆっくりした口調で返す。


『来たのが下りなら、帰りは登るといいさ。その剣があれば迷うことなく踏破船まで帰り着けるじゃろう』


 最後の最後でアドバイスときた。


 まあ行きで下ったのならば帰りが登りとなるのは当然だろう。


 俺はエリュテが運搬器具に乗りやすいよう背中を向けた時、巨大な影が全身を覆う。


 ふと見上げれば巨大な赤き鬼面が真上に現れている。


「こいつは!」


 息を呑んだ瞬間、視界にノイズが走る。このノイズまさか!


<断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演断演>


<第三@・断演羅面ペシャドルナ>


 ――仮面外せぬ愚か者。


 冥府の底に第三の虚渦が現れた。


『ぬぬぬおいいいい、ペシャドルナ! ここはわしの領域じゃぞ! 女神の一部とはいえ、おいそれと領域侵犯していいわけなかろう!』


 甲羅より亀頭を飛び出させた亀は怒り心頭に叫ぶ。


 この怒り様、演技でも偽りでもなく本当に怒っていた。

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