第22話 亀裂

 光射すコンパスに導かれて早一週間。


 警戒されていた虚渦の襲撃はなく、船は問題なく目的地に辿り着く。


「瀑布以上に壮観だね」


 ブリッジに立つ俺は双眼鏡でほの暗き渓谷を覗き見る。


 ぽっかりと大地に走る大規模な亀裂。


 立ち入り禁止を示す看板と柵が亀裂を取り囲む形で張り巡らされ、近くには街と思われる廃墟がある。


『どれどれ、ちょっとあたしにも見せなさいよ』


 俺の右肩を止まり木にしているティティスが耳たぶを羽でパシパシと叩いては双眼鏡を要求してくる。


 ええい、撫でて撫でてと前足でノックする飼い猫か、お前は。


 もう少し観察したかったが、俺は渋々ティティスに双眼鏡を渡す。

 

『ここも例に漏れず虚渦にやられた後みたいね』


 案の定、索敵から廃墟内の生体反応なしとの報告が届く。


 この街は元々、瀑布同様に立ち入りは禁止されていようと、大地の切れ目を売りとした観光名所だったようだ。


 前回が爆撃痕だったのに対し、この廃墟は真上からプレス機で粉砕された破壊痕ときた。


 この地は、他のシールズグラウンドと異なり虚渦が唯一現れなかった場所のはずだ。


 別なる虚渦の襲撃を受けたと考えるのが妥当か?


 それならば襲撃した虚渦は重機染みた奴か、あるいは重力使いと見ていいだろう。


 もし襲撃を受けた場合、スピードで対応するのはその重圧に殺されるため愚策、道理を無茶で穿つパワーが一番求められる。


 使用するギアは、烈熊・鋼子・封龍の三つがベストのはずだ。


「<モア>渓谷の深さとか測定できるか?」


『一応やってみましたが、一〇〇メートルを越えた先から測定不能でした。こう見えて私、マントルの対流まで測定できるのですよ。不能である以上、なんらかの存在が測定を妨害していると私は予測します』


 その存在がもしかしたら冥府の亀かもしれないな。


 推考した時、格納庫から通信が届く。


『ブリッジ聞こえますか、こちら格納庫です。降下準備ができましたので、イチカさん、お越しください』


「よし、ちょっと地底探索に行ってくるわ。留守は任せたぜ、キャプテン」


「おうよ、虚渦が来たらバシバシ撃つからよ、流れ弾には気をつけてくんさい!」


「亀に当たって機嫌損ねないといいがな」


 俺の何気ない冗談に、それはまずいなとクルー一同笑いあう。


 亀が味方なら助かるも、流れ弾が原因で敵対しては目も当てられない。


『私の機嫌は損ねてもいいのですか?』


<モア>の指摘に誰もが気まずそうに押し黙る。


『あんた、意外と根に持つタイプね。そんなんだから根っこに絡まれたんじゃないの?』


 ティティス、一言多い!


            *


 俺は格納庫で予想外の人物とはち合わせた。


「あ、あんたは!」


 一週間前、クルーの酒を横取りした男だ。


 ここ最近、食堂ですら姿を見ないと思ったら意外な場所で出くわすとは思いもしなかった。


「私は私のできることはした。それでは休ませてもらうぞ」


 俺を一瞥もせず有志に告げるなり男は足早に歩き去る。


『なんなのよ、あの人間、偉そうに~』


 ティティスが不快さを抱くのは当然としても、男が何故、格納庫にいたのか、俺は疑問を抱く。


 酒でもくすねに……いや、加齢による皴があろうと、あの顔は酒に染まっていなかった。


 揉め事があるなら、すぐさま<モア>が俺に報告するはずだ。


「遅かったわね。こっちは準備完了しているわ」


 ヘルメットやプロテクターを装備したエリュテが俺とティティスをお出迎え。


 見れば、物資の入ったミニコンテナが背もたれ長いイスとドッキングしており、リュックのように背負える改造が施されていた。


『確かに人一人抱えるより背負うほうが早いけど、文字通りお荷物ね』


 だからさ、ティティス、わざとか、わざと一言多いのか?


 当然のこと、エリュテの表情は不快に染まり、バチバチとティティスと目線を激突させている。


「それで、さっきの男は……」


 言い争わないだけマシだと目線バチバチは放置しておいて、俺は先の男が気になった。


 すると有史の一人が教えてくれた。


 なんでもエリュテを運搬するのに必要な器具を制作している中、突然現れたそうだ。


「さっきの人、五日前に突然やってきては人の設計にダメ出ししてきたんですよ。ムカついてうっかり殴りかけちゃいました」


 苦笑しながらも有志は語る。


 男はそのまま、この組み方では負荷がかかりすぎる、この配置で荷を積めば亀裂が走るなど、設計上の不備と解決策をあれこれ提示したそうだ。


 寡黙に組み立てる中、どうにか有志が聞き出した情報によれば、元々は建築技師として働いていたとか。


 建てるものに大きい小さいは関係ない。


 男の協力により当初以上に頑丈でなおかつ軽い運搬器具が完成した。


「……そうか」


 理由を知った俺はただ端的にはにかみながら返す。


 何が男の心を変えたのかは分からない。


 けれどまた一人、前に進もうとしている。


「後で酒の一本ぐらいお礼にやっとくか」


「そう言って渡したのですが、いらんと突き返されました」


 なら酒以外の要望を聞いておく必要がある。


 労働には対価を。


 これは働く上で重要なことだ。


 例え自発的にしたとしても、その行為に報いるのは必然である。


「荷物には三人分の食料を一週間分入れています。足りるかどうか」


「ん~まあ一週間経過したら穴に落としてくれればいいさ」


「普通に受け止める気満々ね」


「補給路は確保されているんだ。上から下にだがな」


 俺のおどけた発言に有志たちが忍び笑いをする。


 ただ一人エリッテだけは笑わなかった。


 口をへの字にして不機嫌面ときた。


 いやそこは一緒に笑おうよ。


 ああ、もうティティスはティティスで羽をすくめて失笑しているときた。


「もし落とすなら物資落とす前に照明を一つ先に落としてくれ。それから三分後に照明つけた物資の投下。それで行こう」


 日の光届かぬ谷底だからこそ光源は重要だ。


 照明がガイドの役割を果たし、物資補給を受けやすくなる。


「それじゃ亀さんに会いに行きますか!」


『イチカの足、引っ張るんじゃないわよ』


「安心しなさい。少なくとも足の無いあんたは引っ張らないわ。引っ張り様がないもの」


 意気込む俺を前にティティスとエリュテが皮肉り合う。


 冥府の亀――敵か、味方かと考える前に、仲間同士の諍いで俺の昂揚は渓谷降下を前にして降下していた。

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