第18話 どうにもこうにもならない、そんな時

<%五=:爆欺欲滅バライヤ>


 ――欺き騙す欲は死へ向かう。


<第六#:擁縛樹帰ヴェニディア>

 

 ――その愛は抱きしめ帰さない。


            *


 虚渦二体の同時出現。


 片や分裂と増殖による爆破と欺瞞が得意な青い球体。


 片やクラゲの如く船体に絡みついた木の根っこ。


『警告! 警告! エネルギー出力が急激に低下しています!』


 大地の裂け目より現れた根っこは黄昏踏破船<トア>に絡みつき、航行を封じていた。


 それだけならまだしも<モア>から報告は戦闘の流れを虚渦に持って行かれてしまう。


「どうにか振り切れないのか!」


『船体に絡みつく根っこがエネルギーを吸い取っており、振り切れるだけのパワーを出せません!』


 どうする! 俺は判断を迫られる。


 今なお青き球は分裂を繰り返しては増殖と爆発を繰り返す。


 俺は轟鯨ギアによる砲撃を出力調整しては散弾のシャワーで弾幕を作り、船に近づかせんと青き球の群れを抑え込んでいる。


 触れれば爆発するだけあって、一度爆発させればパズルゲームみたく消失の連鎖が起こる。


 すぐさま船の救援に向かうのは容易い。


 容易いも、青き球の本体とは距離が離れているからこそ背中を見せることになる。


 砲撃のシャワーを止めようならば、分裂した青き球が一気に波として船に襲い掛かるはずだ。


 一方で木の根は大地の裂け目からなお伸び続け、船内にまでその先を入り込ませていた。


『報告! 根が船内に侵入を開始! あ、……っ!あぅ……っああぁッあぅ……ッやめ、あぁっ!』


 報告システム<モア>から子供が聞くには早すぎる喘ぎ声が漏れ出した。


 この緊迫した状況でなんちゅう声出してんだ! 船が身体だからって感じすぎだろう!


『非クルー全員の避難はできているな! よし、三〇秒後、第三から第六の隔壁閉鎖を開始しろ! これ以上根っこに入り込ませるな!』


『クッ、あっ……くっあひゅあ……エネルギー不足につき第五隔壁が閉鎖できましゅえん!』


 キャプテンが指示を飛ばそうと、どうにか堪える<モア>から危機的報告が届けられた。


『だあああ、もううっとおしいっての!』


 通信がティティスの苛立つ声を拾う。


 それだけではない。ドカバキバキゴキと破砕音まで拾っている。


 間違いなくティティスが船内に入り込んだ根っこを殴り壊している音だ。


 だがティティスが根を壊せたとしても、その小ささ故、焼け石に水。根っこは船体を締め付ける形で中に入り込んでいる。このまま行けば船体は根っこに締め付けられて破壊されるか、入り込んだ根が機関室を破壊するか、そのどちらかだ。


『はいはい、これ使えばいいのね! えっと、ここを持って、これを引いて――ブルブルン! ブルオオオオオ!』


 うお、なんか唐突にエンジン音が響き出したぞ。


 それだけじゃねえ、なんか高速回転する音が多重演奏までするし!


「おい、ティティス、なにしてんだ!」


『なにって根っこを切り倒すのよ! 行くわよ、みんな!』


 切り倒すってただの根っこじゃない、虚渦だぞ! 立ち向かうのは危険すぎる!


 高速回転音に混じり、何人もの人の声と慌ただしく動く靴音が通信越しに聞こえてくる。


「お前らなにやってんだ! <モア>報告しろ!」


『……ぞ、ぞこ、お゙ぅっ゙い゙っ……あっ……』


 こんのクソ報告システム! 実質機械なのに妙な喘ぎ声出してんじゃないよ!


 ブリッジと通信を繋ぎたくとも、<モア>が喘ぐせいでなかなか繋がらないでいる。


「ええい、一か八かだ!」


 俺は砲撃のシャワーを止めると同時、立ち込める爆炎の中に突っ込んでいた。


 ほんの少し砲撃が止んだ間隙を突くように青き球は瞬く間に増殖を繰り返し、倍以上に数を膨れ上がらせる。


 俺は赤と黄のギアを大剣から外せば、白と黒のギアに入れ替えた。


<白の鋼子!><黒の封龍!>――ダブルギア・ベストコンボイグニション!


<鋼封強印のシールダー!>


「ア~ンド、疾鷹の歯車イグニション!」


 瞬間、俺は青き彗星となって爆炎の波を切り裂いていく。


 剣先が青き球体を切り裂こうと、封龍ギアの抑制効果によりほんの少しだけ爆発に遅滞が発生する。


 爆発した時にはもうその場に俺はいない!

 

「さらに疾鷹の歯車イグニション!」


 次いで鋼子ギアのブースト機能を疾鷹ギアに重ねがけした。


 世界は俺を残して急激に停滞する。


 否、俺は世界を置き去りにする。


「はああああああっ!」


 超加速は此岸と彼岸の距離を縮めるように、俺は根っこに絡まれた船まで帰投していた。


「なっ!」


 甲板に着地したと同時、加速を解いた俺は目の前の光景に愕然とする。


 戦闘中は室内待機の非クルーの誰もがチェンソーを手に根っこを切り落としているときた。


 そのチェンソー、ショッピングモールから持ってきた奴か!


「なにやってんだ! 危険すぎる!」


「できることを誰もがやっているだけよ!」


 小さき球体ことティティスがチェンソーを振り回し、豪快に根っこを切断していく。


 俺の焦りとは裏腹に絡みつく根は船内に入り込むのを優先としているのか、チェンソーに切り落とされようと歯牙にもかけずにいる。


「この根、ティティスたちは無視なのか……なら」


 チェンソーで切断されようと、一切の反撃をしない根っこに俺は閃いた。


「えいっ!」


 俺はダブルギアが発動中の大剣を手近な根っこに突き刺した。


 両断するわけでも、引っこ抜くわけでもなく、ただ根っこに突き刺していた。


『ひゅあくっあ――はっ! 敵、エネルギー吸収率低下!』


 目論見通り根っこのエネルギー吸収を封龍ギアで抑制できた!


 だが一安心なんてできる状況ではない。


 青き球体が津波と誤認するまで大量増殖し今なお動けぬ船に迫っているからだ。


『これは知られたくないのですが、轟沈させられるのは嫌ですからね!』


 正気に戻った<モア>が覚悟を決めた音声を発していた。


『船首突撃角槍、緊急起動!』


<モア>の音声と共に鏃のような鋭角的な船先が機械の唸り声を上げたと思えば、ドリルの如く回転を開始し絡みつく根を引き千切る。


 各個で根を切り落としていた皆の奮闘も後押しとなったか、エネルギー吸収が弱まったことでメキメキバキバキと音をたて船体は絡みつく根っこを引き千切り、徐々に前へ前へと前進していく。


『非クルーは室内に退避を! 続いて各員、ブロックの状況を伝えろ!』


 加速していく船にキャプテンの通信が響く。


 根っこは船体に絡みつき、内部にまで侵入を許したが、ぱっと見る限り亀裂や破損はないようだ。


『こちらAブロック、異常なし!』


『こちらBブロック、しつこい根の除去完了だ!』


『こちらCブロック、待ってくれ……OK完了だ!』


 機関室など重要区画も異常はなく、ひとまず安心する。


 もっとも一息なんてつける暇はない。


 青き球に続いて大地走る亀裂より、木製クラゲと見間違えてしまう切り株つき根が姿を現した。


「あいつら、雁首揃えて追いかけてきやがる!」


 加速に加速を重ねる船の真後ろからは青き球の波と根っこが足並み揃えて追従してきた。


 青き球は跳ねる形で波となって迫ってくる一方、根っこは手足のように根をワサワサ動かしている。


 青き球と根の一部が追従するあまり接触する。


 瞬間、青き球は爆発し、根っこを爆炎で呑み込んだ。


 一つの爆発は連鎖を起こし今度は青き球の波を包み込む。

 

『ちぃ、共倒れしてくれれば御の字なんだが、そう甘くないか!』


 ブリッジからキャプテンの舌打ちが届く。


 青き球は爆発しようと瞬く間に増殖し、根っこは爆炎に焼かれようと、エネルギーとして吸収してはこれまた瞬く間に再生している。


「増殖と吸収を利用した無限再生かよ!」


 虚渦同士が補填し合うなど悪態以外なにが出るというか。


 ただ、この手の打破には増殖や再生を上回る攻撃を叩きこめばいい。


『おい、砲撃どうした、なにやってんだ!』


 キャプテンの声に俺は船の違和感に気づく。


 距離を維持しつつ砲撃を繰り返すべきだが、船から砲撃が再開されない。


 距離はまだあるとはいえ牽制しなければ、いつか爆破されるか、絡みつかれるかのどっちかだ。


『船体加速優先と敵根っこのエネルギー吸収により、砲弾生成に回すエネルギーが確保できません!』


 根っこに船のエネルギーを持って行かれたのが原因かと俺は顔を顰めた。


『バカスカボケスケが撃ちまくっていなければ、現状より良い流れになっていたんですがね、制限なく撃ち続ければどうなるか、事前に注意したはずですよ!』


 と思えば主なエネルギー不足の原因は、戦闘冒頭でドカドカバシバシ撃ちまくったことだった。


<モア>の指摘は爆音より耳が痛い。


 後こいつ、戦局のどさくさに紛れて俺たちを罵倒してないか?


「再砲撃までの時間は?」


『大ざっぱに言ってあの球っころと根っこがこの船に激突した瞬間でしょうね』


 おおざっぱとかでしょうねとか、音声だけの存在が人間的に答えるなよ。


『と、とにかく最大船速を維持しろ! あんなでかぶつ共に激突されたら耐えきれるか分からねえぞ!』


『いえ、予測だと木端微塵か、雁字搦めによる真っ二つでしょうね』


 考えろ。思考しろ。


 キャプテンの指示と<モア>の報告が届く中、俺は思考する。


 人は困難に直面すれば考える。


 突破口を開かんとする糸口を見つけ出さんとする。


 考えねば人ではない。動かなければ人ではない。


 現状を打破する手段はある。あるも考えるべきはその順序であり、達成するにはタイミングを計る必要がある。


「……<モア>突貫用意だ」


 俺は槍のように尖った船首に向けて向けて叫ぶ。


 俺の叫びに絶句、驚愕したのはブリッジのクルーたちだ。


『おいおい、兄ちゃん、やけっぱちすぎんぞ!』


「いや、この形状ならできる! そうだろう<モア>!」


『できますけど……あ~もうだ~から、この機能使いたくなかったんですよ!』


 泣き言混じりの肯定がモアから届く。


『この船首突撃角槍は、どうにもこうにもならない、そんな時、切り札の中の切り札を求めた時に使用するもの。軽々しく使えと言われても困ります』


「どこが困るんだよ!」


『人間で言えば鼻先から頭突きするようなものなのですよ! もう痛いのは嫌なんですから!』


 痛いのは嫌だと船からの抗議だった。


 こいつ、先の喘ぎ声といい、罵倒といい、人間臭いぞ。


「……関係ない、やれ」


 俺は冷徹に命じる。


 この船が突貫を前提に設計されたならば使用にも耐えきれるはずだ。


『いえす、ますた~(親もクソなら子もクソだわ)』


 嫌々、渋々との返答と悪態を<モア>から聞くなり、俺はキャプテンに通信を送り、作戦を伝えた。


 この悪態振り、親父たちも同じことをしたようだ。


「できるか?」


『できるかだあ? はぁん、やっちまうんだよ! そうだろう、お前ら!』


 ブリッジや各ブロックから勇ましい声が響き渡る。


『全乗組員に告ぐ! ただ今よりこの船は敵虚渦に突撃する! 繰り返す! ただ今よりこの船は敵虚渦に突撃する! 総員、旋回Gや突撃時の衝撃に備え、何かにしがみつけ!』


 キャプテンの緊急放送が船内を駆ける。


 戦闘中なんだ。荷物の固定や戦闘区画からの非戦闘員退避は完了している。


『急速回頭! 船首を根っこに向けろ! ぶっ刺してやれ!』


『回頭ヨーソロー!』


 キャプテンの勇ましき指示について操舵主から頼もしい応答が来る。


 船は追われる身から反転、船体を大きくグラインドさせることで灰化大地を滑っては船首を根っこに向ける。


 根っこの隣で追走する青き球の波は無視だ!


 こいつらは分身であり、本体は大瀑布に鎮座している。相手するだけ無駄だ。


『ギアエネルギーを船首突撃角槍に注入開始。対衝撃防御皮膜展開、機関臨界突破、オーバーブースト! ええい、後でしっかりメンテしてもらいますからね!』


『おうよ、ピカピカになるまで磨いてやるさ!』


 やけっぱちな<モア>にキャプテンが意気揚々と返す。


 船首の穂先は金色のプラズマを発し、機械のうなり声を上げる。


「黄昏踏破船<トア>突撃いいいいいい!」


 急速に船と根っこの距離が縮まる。


 こちらは船のエネルギーを先端に集わせた一撃。


 根っこは拘束によるエネルギー吸収攻撃。


 心臓が爆発的に跳ね上がる。冷や汗が流れ落ちる。


 それでも勝利するのは俺たちだと核心がある。


「さあ、ガチンコ勝負と行こうか!」


 激突は一瞬の出来事。


 加速に加速を重ねた船は船首の穂先を切り株に突き刺した。


 衝撃が船全体に走ろうと、船を包む対衝撃防御皮膜が緩和させる。


 同時、対衝撃防御皮膜に接触した青き球が連鎖爆発を起こそうとその時既に船は切り株を串刺しにしたまま置き去りにしていた。


『報告、第二、第三波を確認! 接触します!』


 船首に串刺しとなった根っこは船に絡みつかんと根を伸ばすも対衝撃防御皮膜に阻まれ届かない。


 船は金色の輝きに包まれ、なお加速する。


 進行を妨げんとするのは、大瀑布より新たに放たれた青き球の波。隙を見せない二段構えの波状攻撃ときた。


 だが船は波状攻撃を物ともせず、猛進し、爆発が起ころうが根っこがなお暴れようが止まらない。止まることがない。


『敵本体を確認! 警告! 機関強制終了まで残り三〇秒!』


「そのまま行けええええええええええええええええっ!」


 俺の視界に巨大な青き球が大写しとなる。


 そのまま俺は船から飛び出すなり疾鷹ギアと轟鯨ギアを噛み合わせた。


<ダブルギア・ベストコンボイグニション! 疾迷轟雨のディザスター!>


 一撃一殺の火砲ではない。


 先の散弾とは数・速力・広範囲が段違いの光線シャワーだ!


 砲煙弾雨の輝きが大瀑布に容赦なく降り注ぐ。


 本体の青き球の輪郭が歪む。歪み、ただ大量の水が流れ落ちる瀑布が露わとなる。


 飛び散る水飛沫が一定の高さで跳ねているを俺は発見する。


 不可視の壁があるかのように、そこになにかあると語りかけていた。


「そこだ!」


 俺は今なお放ち続ける光線シャワーの射線軸を身体を大きく振っては、大瀑布の上空に向ける。


 打ち上げ花火の如く放射される光線がなんも変哲もない空を歪ませる。歪み、空に浮かぶ青き巨大な球が露わとなった。


『へん、流石兄ちゃんだ! 野郎ども、ここが踏ん張りどころだ!』


 分身が瓦礫や死体に擬態していたからこそ、本体が間抜けな位置に居続けるわけないだろう。


 船は崖を利用して大ジャンプ!


 そのまま宙に陣取る本体目がけて船首で突き穿つ。


「爆・散!」


 真っ二つとなった青き球本体と根っこを前に、俺は力強く拳を握りしめる。


 耳をつんざく爆発音が響き渡り、不吉な雲が天に昇る。


 船はしばしの浮遊感を得た後、そのまま重力に引かれて着水。続いて俺が着船と同時、対衝撃防御皮膜は消え機関は停止する。


『虚渦二体の消失を確認。機関停止、次いで強制冷却を開始します』


<モア>から冷徹な報告が届くもブリッジから沸き上がる歓声に上書きされていた。


『この突撃、すんごく痛いからもう二度と使わないでくださいね』


「事と次第によるな」


 俺はバシバシ水飛沫に打たれながら素っ気なく返す。


 今回の虚渦二体は船とクルーたちの力がなければ倒せなかった。


 爆発の連続に曝され、意識を失うほどだ。


 ならば次遭遇する虚渦は意識どころか手足を奪う脅威となる可能性が高い。


「――っ!」

 

 水飛沫がバシバシ当たって痛いのと、びしょ濡れになるから船内に退避しようとした俺の視界を赤き何かが走る。


 反射的に大剣を振るえば、金属特有の接触音が響き、甲板三つの物体が転がり落ちた。


「こいつは、ギアの破片二つと、コンパス?」


 俺が拾ったのは虚渦を撃破すれば現れるギアの破片二つと、もう一つは方位磁石に赤い歯車が合わさった物体だった。


「ギアの破片はともかく、どこから落ちてきたんだ? ブリッジからか?」


 それとも大瀑布から流れて来たか? それとも爆風で飛んできたか?


 だが濡れてはいるも開封したてのように新品である。


 ブリッジでこんなコンパス見かけた覚えはないぞ?


「お、おおおおっ!」


 コンパスは金色の光を放ち、俺の手より溢れ出す。


 目が眩むまで輝き、とある方向に向けて一条の光を放つ。


 そして俺の脳裏に温かな女性の声がした。


<冥府の亀があなたを待っている。あなたとお話ししたいと待っている>


 それは次なる目的への啓示であった。


『あの~水飛沫がバシバシ当たって痛いので、早く移動させてください』


<モア>の懇願も勝利に沸いたブリッジには届かなかった。

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