第17話 虎穴に入らずんば虎子を得ず、ではなく
『どれもこれも物の見事にぶっ飛んでるわね。この爆破っぷり三女マゾーエとの戦いを思い出すわ』
瓦礫立つ俺の頭上をティティスがくるくる飛び回る。
親父たちから渡された装置の仕様用途が今なお分からぬと、気分転換として同行してきたのである。
あの親父が意味なく渡すわけないはずだが、なんからの使用条件でもあるのか?
『あれ、無機物ならなんでもかんでも爆発物に変えることができるから、小石どころか砂粒を一つ一つ丁重に変えてきて迂闊に地なんて踏めなかったわ』
「はいはい、その話は後でね」
当時をまた語るようだが、ティティス、日頃から浮かんでいるお前がどうやって地面に足つけて歩くんだ? 実は足は収納していますってオチか?
俺は金色の大剣を肩に担ぎながら、今は思索すべきことではないと打ち切り、周囲を改めて睥睨する。
まるで過去の戦争ライブラリ映像で見たような爆撃受けた光景に俺は閉口するしかない。
大瀑布より離れた位置にあるこの都市は、資料によると観光都市として発展してきたからこそ、ホテルなどの宿泊施設や水害に対するシェルターが建造されている。
今最も必要とされる水は大瀑布から入手できる。
シェルターを発見できれば備蓄された物資を回収できる。
ただ大瀑布は水の飛沫ですら鉄を貫くほどの威力があり、近づくのは自殺行為。まあ離れた位置にある河川から水を得れば問題ない。
問題はシェルター。どこもかしこも瓦礫の山であるため、発見は容易ではない。
この地に土地勘のある人物がいれば助かったが、誰も観光地として知っているだけで足を運んだことはないそうだ。
「普通、この手の場所は避難経路とか案内図があるんだが……」
『どこからぶっ飛んできたのやら』
案内図はティティスが見つけた。ただ半分に圧し折れた案内図は瓦礫に突き刺さっており、役に立たない。
「なんだこの違和感……?」
痒いところに手が届かぬような感覚が俺に警戒を強くさせる。
人っ子一人いない荒廃具合は虚渦の一つが出現した地域だからだ。
虚渦による襲撃で間違いないはずだ。
違和感は俺の胸の中で渦巻き、不安をかき立てる。
「キャプテン、微々たる反応でもいい。嫌な予感がしたらすぐ知らせてくれ」
俺は手に持つ黄昏舵の鍵剣を介してブリッジと通信する。
親父たちが金色の剣を魔改造する際、黄昏踏破船と機能を連動させたとか言っていたが、まさかの無線機ときた。
他の有史者たちが連絡にトランシーバーを使用するも、俺の場合、この剣一つで済むから連携に便利だ。
『入口どこ~?』
ティティスは有志に混じって瓦礫をどかしてはシェルターの出入り口を探している。
遠くから響く滝の水音が俺の不安をかき乱す。
『へん、嫌な予感なら兄ちゃんたちが街に入った時からビンビンよ。どうもこの空気、気に食わねえ』
素人の俺と異なりキャプテンのは経験則によるものだろう。
『この感じ、朝一で海賊の奇襲を受けた時に似ている』
『ですが周辺に虚渦反応はありません』
モアが否定するのは索敵に何一つ反応がないからだ。
「うわあああああああっ!」
緊迫を打ち破るのは有志の悲鳴だ。
俺はすぐさま瓦礫を蹴っては悲鳴の元に急行する。
「大丈夫か!」
駆け寄った俺は網膜に腰を抜かした有志たちを映す。
次いで瓦礫に埋もれた多くの焼死体を目撃した。
折り重なるように倒れこんだ死体に嫌悪より先に怒りが沸き上がる。
「し、死体があったもので、それでつい、す、すいません」
「いや死体に出くわせば誰だって驚くさ、謝ることじゃない。ケガなくて良かったよ」
恐らくこの地点はシェルターの入り口だったのだろう。
虚渦の襲撃にてシェルターに駆け込もうと間に合わず、無惨にも命を散らした。
『ん? ショウシタイって焼けた死体よね? ん? んんん?』
最初に疑問を抱いたのはティティス。感染するように違和感が俺に言葉を紡がせる。
「恐らく虚渦にやられたのでしょう」
一人の言葉に有史の誰もが頷いていた。
そうだ目の前の人たちの死因は虚渦だ。
虚渦により物言わぬ焼死体となった。
「――違う! 全員、伏せろ!」
『どりゃああああああっ!』
俺が咄嗟に赤きギア・烈熊を指で弾くと、ティティスが分厚い瓦礫を殴り飛ばした。
有志者たちを守る壁となった瓦礫を背に、俺は大剣を振り下ろす。
同時、焼死体が大爆発を起こし俺の意識を容赦なく飲み込んでいた。
*
意識を失っていたのは一瞬。
大剣の効果か、爆心地だろうと五体満足で俺は倒れていた。
「ぐううううっ! げほげほっ!」
全身に走る激痛に苦悶した俺は次に激しくせき込んでいた。
爆発の衝撃で肺の空気が吐き出されたのか、酸素を求めている。
「ぜ、全員無事か!」
息苦しさ中、俺はどうにか立ち上がれば、声を張り上げる。
『なんとか全員無事よ、そっちは!』
抉られた大地と崩れ落ちた瓦礫の奥よりティティスが叫ぶ。
立ち込める土煙の中、身を伏せた有志たちの無事な姿を確認した。
爆発物は上に向けて衝撃が出るから、身を守るには伏せるのが確実だと親父に教えられた。
それでもあの爆発規模ではティティスが咄嗟に瓦礫で遮蔽物を作っていなければ確実に有志たちは吹き飛んでいた。
「は、はい、なんとか!」
「今すぐ船に戻れ! 俺に構うな! 走れ!」
誰もが自力で走れると判断した俺は発破をかける。
『はいはい、みんなダッシュ、ダッシュ、走れ!』
殿を自ら務めるティティスが誰一人取りこぼさぬよう、船へと誘導していた。
その間、周辺瓦礫にあり得ぬノイズが走る。
『虚渦反応を確認! マスター、気をつけてください!』
モアからの警告が大剣を介して俺に届けられた。
「こいつまさか、瓦礫に擬態していたのか!」
これまで遭遇した虚渦は、どれもこれも巨大な渦に真なる姿を隠していた。
巨大な渦の姿で人間を容赦なく消し去っていた。
「そうだ。違和感の正体はこれか!」
死体が残っていること自体、おかしかったのだ。
いつから俺は虚渦に襲われれば死体が残ると思いこんでいた?
「ええい、考えるのは後だ!」
周辺瓦礫が変貌する。
どれもがバレーボールサイズの青き球体となり蛍火みたく無数に浮き上がる。
そして俺の網膜におびただしい文字が展開された。
<爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺爆欺>
<%五=:爆欺欲滅バライヤ>
――欺き騙す欲は死へ向かう。
*
『イチカ、外に出ていたのは全員帰投できたわ! これから援護に入るわよ!』
ティティスから頼もしい通信が届く。
これで心おきなく暴れられるぞ!
「任せた!」
俺は大剣を振るい、浮き上がる青き球体の一つを切り裂いた。
「な、なんだと!」
切り裂いた球体の一つが瓦礫に変貌し音を立てて崩れ落ちる。
瞬間、ぞわりと言いしれぬ怖気が俺の足先から頭頂部にかけて貫き走った。
「ぐあああああっ!」
足下に散らばる細かな瓦礫が、ビー玉ほどの青き球体に変貌する。
一斉に爆発して、容赦なく俺を爆炎で焼き尽くした。
それだけで終わるはずがない。
青き球体は分裂を繰り返す。
爆発する球体もあれば、瓦礫に擬態する球体までおり、どれが本物で、どれが偽物か、俺を惑わしてくる。
迂闊に動こうならば俺の身体は爆発に呑み込まれ、地面に叩きつけられことなく右に左にと容赦なく蹂躙される。
敵の分裂と爆破を鋼子と封龍のコンボで抑えたくとも、ギアを交換する間隙は一切与えず波状攻撃を繰り返してきた。
「こいつ!」
並の人間なら死体すら残らぬほど爆散しているぞ!
俺は意識を強く揺さぶられようと、歯と目を食いしばって耐える。
耐えろ俺! 長男なんだろう! 兄ちゃんなんだろう!
無意識が思考を走らせた。
「喰らいやがれ!」
ひときわ大きな爆発が俺の身体を天高く舞い上げる。
涙が出るほど意識がかすんできた。
これ以上、身体はともかく意識が耐えられない!
けれども、天高く打ち上げられたことで生まれたチャンスを俺は逃さず、赤と黄のギアを弾く。
<ダブルギア・ベストコンボイグニション! 轟烈滅火のランページ!>
変形した大剣より極太ビームを放ち、真上から廃墟共々群がる青き球体を一掃せんとする。
「痛って、ん、飛沫?」
ビームの飛沫粒子とは違う冷たき飛沫が俺の頬を直撃する。
照射するビームが青き球体を一掃していく中、何故か俺は冷たき飛沫が飛来した方角に目を向けてしまった。
あっちの方角は確か、大瀑布の――
「なっ!」
絶句する瞬間、一際巨大な爆発が頭上で起こり、俺は容赦なく地面に叩き落とされる。
衝撃は落下による加速+爆風が合わさり、築かれた建造物の基礎を突き破るだけで止まらず、俺は三度、背面から貫かれる激痛を味あわされる。
そして限界を超えたのか、俺の意識はついに途切れた。
*
高校に上がろうと親父との稽古に変わりはない。
今なお続けるのは鍛錬にてあらゆる困難に臆せぬ精神を鍛え上げるため。
親父は今でも厳しかった。比例して鬼畜だった姉は駄々甘になった。
組み手の際、踏み込んでアッパー入れてやったら報復に大人げなく鳩尾に手刀打ち込んできやがった。
体格も膂力も違うから弾き飛ばされ、転がされ、激しくせき込んでしまうと、一時中断の憂き目にあう。
少しむかついたけれど、仕事で忙しくとも必ず鍛錬の時間を作り、言葉ではなく行動で現す不器用な親父をどこか嫌いになれなかった。
起きあがった俺に親父は言った。
体格差のある相手と真っ正面からやりあえば押し負けると。
力に力をぶつけるのではなく、相手の力を受け流し、その力を逆に利用しろと。
良いこと言っているようだけど、大人げなく反撃した親の言葉ではないと、あの時の俺は言葉はなく拳で返しておいた。
*
『イチカ、起きなさあああああああああああいっ!』
『マスター意識回復!』
大剣を通じて届けられるティティスの叫びが俺を呼び覚ます。
夢から唐突に目覚めたような感覚に一瞬だけ戸惑うも、すぐ我に返れば俺の身体は瓦礫に埋もれ、頭上から照らす光が現在地を地下だと教えていた。
『兄ちゃん、無事か、生きているなら返事してくれ!』
「な、なんとか無事だ! それより!」
のしかかる瓦礫を自力で押しのける俺は通信に答えながら全身走る激痛に涙目となる。
本当に頑丈だな、俺の身体。死ぬほど痛い程度で済んでいるなんて。
これはあれか、別世界転移による人体強化の不思議かと自嘲する。
それよりも大至急伝えねばならぬことがある。
「廃墟に浮いている青いのは全部が奴の分身だ! 本体は滝だ! 大瀑布の中にいる!」
頬に水飛沫が当たらなければ気づくことがなかった。
ただの人間では水飛沫にて絶命し真相を語れなかった。
高く舞い上げられた際、俺はこの目で大瀑布に鎮座する巨大な青き球体を目撃した。
夏の河原で冷やされる西瓜のようにプカプカと浮いているときた。
それだけならまだしも、大瀑布より溢れ出る水流に乗って無数の青き分身を放っている。
灯籠流しでも気取っているのか、あれは魂を送る行事であって犠牲者を量産するものじゃねえ!
「なんか腹に来たなもう!」
プツーンと俺は脳裏で何かが切れる音を聞いた気がした。
電流が駆け抜けるように脳内をあれやこれやと情報が駆けめぐる。
「砲撃用意!」
『あ、あいよ!』
俺の叫びにキャプテンから戸惑いを混ぜた返答が届く。
「<疾鷹の歯車イグニション!>」
あの青球は分身の大量生成・分身による自爆。そして面倒な擬態能力だ。
爆発の規模もさることながら一度に生み出される分身数も多く、瓦礫に擬態しているから発見は爆発するまで困難。
ならば俺が、俺たちが打つ手は一つだ。
「俺に構うな! ドカドカバシバシ撃ちまくれ!」
穿った縦穴を足場として駆け上がった俺は、その勢いを殺すことなく廃墟を眼下に映すまでの高さにまで至っていた。
『ですがマスター、いくら砲弾が自己生成だとしても生成には時を必要とします。制限なく撃ち続ければ――』
「つべこべ言わず撃て!」
『……承知しかねませんでした』
しているのか、してないのかどっちだよ!
<モア>とやりとりしている間、俺の跳躍は限界点に達しては重力に足を掴まれ、自由落下に入る。
当然のこと、その瞬間を狙い澄ました無数の青き球が磁石に引き寄せられる金属のごとく一直線に俺へと迫ってきた。
無数の青き球は手の平のように大きく広がれば、俺を下から包み込まんとする。
逃げ場なく包み込んで、電子レンジに放り込まれたダイナマイトの如く木っ葉微塵に爆殺する腹積もりだ。
「はぁん、なんで俺が逃げ場のない空にわざわざ飛び上がったと思うんだ?」
問おうと虚渦から返答などない。
代わりとして響く飛翔音が無数の青き球体に突き刺さり、爆発を強制させた。
一つの爆発は次なる爆発の連鎖を呼び、パズルゲームみたく消失の連鎖が巻き起こる。
「こんだけ高けりゃいい的だろうよ!」
黄昏踏破船<トア>からの砲撃だった。
左右両舷に展開された砲塔からの実体弾。
<モア>の発言通り、通常兵器が通じない虚渦を撃退せしめる効果を発揮している。
初陣だろうとしっかり当てるクルーに賞賛を送りたい。
「よし、いいぞ! 船は一定の距離を取りながら砲撃を続けてくれ!」
自己生成と自己消費が完結した砲撃。
いかなるギミックか興味をそそるが、精霊の凄い技術だと今は己を納得させることで戦闘に集中した。
「なっ、地震だと!」
船からの砲撃で状況はこちらへ傾いていた時、地震が襲う。
「くっ、なんて間が悪すぎる! 今地形を変えられるとヤバイぞ!」
砲撃戦だからこそ球体と船の距離は離れている。
もし俺と船が分断されれば、それは生死を別つと同位。
黄昏舵の鍵剣は船の起動鍵だ。分断でもされたら船は航行不能に陥る危険性があった。
『緊急報告! 地下一万メートルより動体反応を確認! この反応は――!』
<モア>からの緊急報告を青き球の爆破連鎖が上書きする。
船は地震にも負けず、一定の距離を取って砲撃を繰り返している。
揺れは更に大きくなり、灰化した大地に無数の亀裂が走る。
『最大船速だ! 地割れに呑み込まれるな!』
亀裂はまるで意志を持つかのように船を追跡してきた。
『新たな虚渦反応を確認!』
爆音にかき消されんと叫ぶ<モア>の報告と同時、俺の視界を赤文字が覆い尽くした。
<縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰縛帰>
亀裂の奥底より無数の木の根が飛び出し、船体に絡みつく。
『船長代理、絡みつかれた! 振り解けねえ!』
『報告! 航行不能! 航行不能!』
動きを止められれば爆発の餌食になる。
大地割って現れた無数の根が船体に絡みつき、致命的な状況を生み出していた。
赤き文字が根の名を告げる。
<第六#:擁縛樹帰ヴェニディア>
――その愛は抱きしめ帰さない。
「くっそ、虚渦が二体同時なんてあるのかよ!」
俺の悪態は爆音にてかき消される。
虎穴に入らずんば虎子を得ずじゃねえ!
前門の虎、後門の狼だ!
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