第15話 神はサイコロを振らない
水がない。水が後七日で尽きる。
一〇〇名以上の人間が乗っているんだ。
食糧だっていずれ底をつくのが目に見えている。
ないのなら補給すればいいが灰化した世界のどこで補給すべきか、また運よくショッピングモールのような場所が地震で現れるのを待つしかないのか。
神はサイコロを振らない。自分たちで振り続け、前に進むしか生き残る道はない。
船内の問題をどう解決すべきか頭はフル回転だ。
「こんな時、親父ならどうしたか」
俺は部屋に戻ることなく腕を組んでは通路を歩いていた。
親父がもしこの世界にいたら解決できたのではないかと思う。
朧気ながら記憶ある姿はトップに立つ身として様々な問題を解決してきた。
いや、違う。親父は一人で物事を解決してきたか?
「仲間がいた。信頼できる友がいた。託すに値する部下がいた」
一人で全てをなすのが大人ではない。
手を借り、時に手を貸してと、協力しあえるのが大人だ。
「異邦人である俺に仲間や友達はいねえぞ」
ぶち当たる当面の問題。
気づけば別世界にいた身。友人知人などいるはずがない。
船の現状、俺に好意的な者もいるが逆もまたあり。
軍隊を壊滅させた虚渦をたった一人で倒した男。
俺の姿にヒーローだと子供たちは喜んだ。
一方で虚渦倒す力持つ俺を大人たちは恐れた。
その刃が自分たちに向けられるのではないかという恐怖を目に宿していた。
もちろん全員が全員ではないが、前に立つ俺を信頼してくれる大人だっている。
「モア、少しいいか?」
『はい、なんでしょうか?』
俺の呼びかけに天井備え付けのスピーカーから機械的な音声が響く。
ともあれ今頼れるのは精霊世界で黄昏を踏破したこの船だ。
波と渦が似て非なるとはいえ、この船が経験した知識は俺たちに大きな助けとなるだろう。
そこ、情けないとかいうな。
「知恵を少し借りたい。今船内で抱えている問題を解決するにはどうすればいい?」
人を動かすのは容易い。
単純に武力で脅し恐怖で縛り付ければいい。
それでは意味がない。不満は反発となり反乱引き起こすトリガーとなる。
かといって優しくするのもナンセンス。
とある船長が船員たちに反乱を起こされぬよう優しく扱えば舐められてしまい、反乱を招いてしまった例がある。
逆に厳しい規律を用いることで多くの船員たちをまとめ上げた海賊もいる。
ほどよい塩梅は簡単そうで難しい。
『武力で黙らせるのがてっとり早いかと』
当てにしたのが間違いだった。
絶句する俺にモアは『冗談です』とお茶目に言ってのける。
ユーモアに溢れたことで、俺は悲しくらい感心してしまう。
『地道に協力者を作る。それが現状況において最適な方法です』
縁もゆかりもゼロだからこそ地道に作る。
当然と言えば当然だろうが、七日と言うリミットを考えれば地道は荒れ道となる。
ものがなければ人の心は余裕をなくし荒んでいく。
荒み切った者たちの行き着く結末は自暴自棄による暴動。
虚渦が跋扈する状況下、人間同士の諍いは断固として避けるべきだ。
『記録によると、かつてのマスターたちは波の脅威に曝される中、女王に協力せぬ精霊たちを説得・恫喝・ナンパ・雇用と様々な手段で集めていたようです』
待て――と俺は口端をひくつかせながら口走る。
説得はまあ当然、雇用もまあ分かる。
けどよ、恫喝やナンパって親父たちはなに考えてんだ!
「恫喝やナンパはナンセンスとして、雇用か」
現状、船内で動く者は有志、つまりはボランティアだ。
日本においてボランティアは無償で行う活動との認識が強く、善意を食い物にするただ働きの搾取だと批判も時折出てくる。
かといって俺が雇い主になるとしてもこの世界の金銭を持っていない身に雇用など夢のまた夢。
この世界の雇用とか法律の知識がゼロなのも痛い。
そもそも虚渦のせいで国という概念は消失。国の消失は即ち経済の消失であり、経済回す歯車である金銭の価値も消失した意味になる。
『提案ではありませんが、耳寄りな情報はあります』
曰く船内の状況を逐一観察しているとか。
船のシステムを預かる身として状況を情報として収集するのは常。
まるでネットワークのビックデータだと率直思った。
盗聴・盗撮の類だと今は思わないでおこう。
「どんな情報だ?」
モアから提供される情報は確かに耳寄りだった。
*
さて今はどこにいるのやらか。
船内を探し歩く中、とある部屋からエリュテと有志たちの話声が聞こえてきた。
ああ、ここは資料室か。
といってもショッピングモールでかき集めた本が押し込まれているだけだ。
本には知識が記されているからこそ、この鬱屈した状況に置いて憂さ晴らしにもなる。
「すぐフィールドワークで遺跡に行く人だけどね」
探し人はいないと俺が離れようとしたが、エリュテの声は俺の胸に巣くう罪悪感を足止めさせてくる。
ほんの少し開かれた扉の隙間から除けば、山積みとなった本の頂よりエリュテの頭頂部がちょこんと見えた。
机の上には本だけでなく新聞記事が広げられ、どれもこれも世界中で起こった異常事態ついて記載されている。
どうやら自分なりに虚渦について調べているようだ。
(なんで俺こんなデバガメしてんだよ)
自問しようと頭の中で何度も、もしも、が流れてしまう。
もちろん、かもの話。
もしかしたら俺一人だけ助かったかも知れないし、兄だけが生き残っていたかも知れない。下手をすれば全員虚渦により消失していた可能性だってある。
分かっている。頭では分かっているが、心が理解を拒絶し後悔を招く。
「ただ解せない点もある」
今なおロッソが名乗ってもいない俺の名を知っていたこと。何故、俺が使うギアとは別のギアを所持していたのか。既に亡き者に問おうと返ってくることはない。
「あ、あの気に障ったらごめんなさい。イチカさんのこと」
有志の一人が気まずそうながら口を開いていた。
「分かっている。頭では分かっているの。あいつに非なんてないって。ただ前を向いて戦っていたのに。けど、あいつがもう少し強かったら兄さんは死ぬことがなかったって思わないと、あいつのせいだって思わないと……」
生きていけない――エリュテの言葉が俺の心に重荷としてのしかかる。
恨みや憎しみは過去の執着心だ。
執着心は時として生きる糧となる。恨まなきゃ生きていけない。復讐するまで死ぬことはできない。立ち止まれない。
結果と言う未来がどうなるかは火を見るよりも明らかだが。
「兄はどうしてあいつの名前を知っていたか。ニホンなんて国、初耳だし、兄とは初対面。変な玉っころは連れているし嘘を言っているようにも思えない。何より誰も、各国の軍隊が束になっても勝てなかった虚渦をたった一人で倒した。正直言うと複雑なのよね。感謝はしている。同時になんで兄を救えなかったのか悔恨すらある」
「さしでがましいですが、一度、話し合ったほうがいいのでは?」
「今は虚渦について調べましょう。話はそれからよ」
思うところがあるのはお互い同じ。
エリュテは会話を一方的に打ち切れば、室内は静寂の後、ペーパーノイズに包まれる。
俺は立ち聞きを感づかれることなく部屋から離れるのであった。
*
少し寄り道をしたが目的のグループを俺は見つけだした。
つい先ほどまで通路脇で飲んだくれていたと思えば今度は展望デッキに出て飲んだくれている。
外にいるのだから酒臭さが霧散して探すのに苦労するはずだ。
「……モアに居場所聞けば手っ取り早いじゃねえかよ」
報告システムだからこそ、船内の状況を把握できるのに、どうして俺は自らの足で探すという徒労をしてしまったのか?
ええい、見つかったんだ。結果オーライだ。
「がはははは、よう兄ちゃん、どうしたんだよ!」
ショッピングモールで酒を調達したからか、えらいご機嫌である。
「おう、ちょっといいか?」
俺は飲んだくれ集団の輪に返答待たずして入る。
享楽的に飲んでいた集団は嫌悪を出さずとも、疑問の視線を俺に集わせる。
「んだよ兄ちゃん。ニホンじゃしらねーけどよ。こっちじゃ酒は二一歳からって決まってんだぞ」
「そうかい。俺の住まう国だと酒とタバコは二十歳からだな」
二一歳からなのは確かアメリカだと記憶していた。
「面白い話を小耳に挟んだからな、こうしてスカウトに来た」
スカウトの言葉を聞くなり、誰もが酒飲む手を止めては俺に注視する。
「スカウトだあ?」
リーダー格となる爺さんの表情が険しくなるのは必然だ。
「あんたたち全員、船乗りだってな」
「元だよ、兄ちゃん。海が灰化したせいで俺たちの船は座標。その上、虚渦に襲われ命辛々陸を逃げ続けたら、今こうして陸走る船に乗っている」
「皮肉なもんさ。家族もダチもどうなったか、今じゃ確かめようがねえ」
「酒でも飲んでないとやってらねーっての」
酒浸りとなるありがちな理由だった。
虚渦により滅びつつある世界で享楽に浸るのはおかしいことではない。
どうにもならない状況だからこそ、酒浸りとなる。
水を探すなり、魚を釣るなり、やることはいくらでもあると訴えようとそれは動ける強者の弁。
動きたくても動けない、動くことができない者からすれば詭弁にしか聞こえない。
「だいいちよ~あんちゃん、俺たちをスカウトするって言ってもよ。んめ~酒でもくれるんなら、飲んだ後に考えてやってもいいぜ?」
「その次も酒くれるなら手伝うぜ?」
酒に酔ったげびた笑い声が一斉に爆発するも俺は別段不快さなど抱かない。
酒、酒、俺は脳裏で反芻しながら<モア>から得た情報を口にした。
「そこのあんたは無人の操舵室に忍び込んでは、舵を握り回しているそうだな」
爆発していた笑い声は急停止すれば、誰もが俺が指した人物に困惑と驚愕の混じった視線を集わせる。
「そこのあんたは機関室に入っては謎の動力がなんであるか確かめているそうじゃないか。そうそう、砲塔や発射室に入ってはバンバンとか口で言っているのも」
「おいおい兄ちゃん、どこでそんな情報仕入れてきてんだよ!」
「プライバシーの侵害だっての!」
当然のこと暴露されたことで非難が俺に飛んできた。
本当は<モア>から提供された情報だが、俺は敢えて嘘を混ぜる。
「黄昏舵の鍵剣はいわばこの船の起動キーだ。操舵室や機関室は重要区画だぞ。侵入あれば防犯の都合上、否応でも鍵剣を介して俺に伝達されるんだ。まあ今のところ破壊活動がないから放置している」
飲んだくれようと、その根は船乗りだからか、誰もが押し黙る。
これらの行動には誰もが船乗りとしての矜持と未練があると俺は見た。
「あんたたち、酒が飲みたいんだよな?」
俺は飲んだくれ共に揺るがぬ目にて問う。
「ああ、飲みてえよ、もっともっと浴びるほど飲みてえ!」
ただ酒を飲みたい願望が誰の目にも宿っている。
俺の脳裏で蠢く既視感が行けると、もう一押しだと核心させる。
「なら誰も飲んだことのない最高の酒を飲ませてやる」
誰の彼も貪欲なまでに目の色を変える。
リーダー格の男が俺に掴みかからんとする勢いでまくし立てる。
「どんな酒だ! あるなら今すぐ出せ!」
「今はない! けどよ、あんたたちが船の運行に加われば何度でも飲める! 味わえる!」
「だから何なんだ!」
「もったいぶらすなよ!」
もう少しじらしたかったが、じらしすぎると酔いと興を冷ますことになる。
ネタバラシの前に俺は天井に向けて声を上げた。
「モア、一つ質問だ。この船の武装は虚渦に効果あるのか?」
『肯定。かつて波に対して集中砲撃を行い、風穴を開けた実例があります。虚渦に効果があるか分かりませんが、真なる姿をさらけ出した状態でならば撃破レベルで効果が見込めるでしょう』
この船の武装は条件さえ満たせば、虚渦を撃破できるだけの可能性がある。
その条件とは偏在する渦の中から本体を引きずり出した時だ。
「お、おいあんちゃん、まさか俺たちに飲ませたい酒ってのは」
リーダー格の男が感づいたようで、酔いと違うベクトルで声を震えさせている。
「そうさ、勝利の美酒だ」
俺は白い歯をむき出しに笑って見せた。
*
考えさせてくれ。
リーダー格の男はグラス内の酒を飲み干し俺に返す。
享楽の宴は急激に熱を潜め、俺は返答を待たずして飲んだくれグループから離れる。
言うだけのことを、伝えるべきことは伝えた。
走る既視感が彼らは動くと、話に乗ると核心があった。
「何なんだろうな、この既視感……」
通路を歩く中、俺は一人ごちる。
一度体験したような、そうあったような奇妙な感覚。
何もかも初体験で、誰とも初対面のはずだが、どこかで見た、聞いたとの感覚がうっすらと脳裏に張り付いて消えずにいる。
「はっ!」
突然、背筋に凍えた微電流が貫き走る。
この感覚は小さき頃、人喰い熊と対面したような恐怖。
あの時は親父が咄嗟にデザートイーグルを(何でマグナム持ってんだよ)ぶっ放して事なきを得た。
「ってあれ?」
俺は咄嗟に振り向くも背後には誰もおらず虚を突かれる。
幽霊の正体見たり枯れ葉花と、誰かと間違えたわけでもない。
本当に誰もいなかった。
「はて?」
首を傾げながら俺は再び歩き出す。
「背後から襲撃受けたような気がしたんだけどな?」
また既視感が走る。
唐突に背中をザバンと切られる光景。
犯人が誰か、分からぬまま俺は絶命していた。
はてさて? 俺は背中に手をやれば服に流血どころか切り傷すらないのを確認する。
「ん~疲れているのか」
恐らく精神的疲労が見せた幻影なのだろうと俺は結論づけた。
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