第12話 白いネズミと黒のドラゴン
<第一@:刻天葬柱ダリスベ>
――天に定められし刻に逃げ場なし。
安らぎなど仮初。次に現れし虚渦は天使のマネキンときた。
第一とあるあたり、こいつが最初の虚渦なのだろうが、俺にとっては二つ目の虚渦だ。
「くっ、硬い!」
雨後の筍の如く灰化世界に刺さる無数の十字架は竹林となり俺を囲い込んだ。
邪魔な十字架を斬り倒そうと大剣を振るう俺だが刃は通らず弾かれる。
十字架には傷一つつかず、ただ俺の手に痺れを残していた。
――ギャッギャッギャッギャッギャッギャッギャッギャッギャッギャッギャッギャッ!
マネキン天使が動く。一切の声を出さぬ代わりか、球体関節から不気味な笑い声のような軋み音を発し手身近な十字架を掴めば、俺目がけて投げつけてきた。
その投擲速度はプロ野球のピッチャーが放つ投球と同じ。
なら打ち返して――俺が大剣を構えて応戦せんとした瞬間、第六感が叫ぶ。
「ぐうううううううっ!」
あれを直に受けてはヤバイ――俺は咄嗟に烈熊ギアを弾き、受けから流しへと大剣を構え直す。
切っ先と十字架が接触した瞬間、凄まじい重圧が襲い掛かる。踏ん張る両足は大地にめり込み、暴れる大剣の柄を強く握りしめては歯を食いしばり全てを受け流さんと耐える。
「強化した状態でも受け流すので精一杯だと!」
どうにか受け流した十字架はすぐ背後に突き刺さる。
骨プラモは四方八方からビーム攻撃が主であったが、今度のマネキン天使はただ純粋なまでの投擲ときた。
騙しなしの単純な力であろうと騙しがない分、攻撃力を強化しようと力押しでは分が悪すぎる。
マネキン天使は振り子のように揺れ動きながら一定の場に留まることなく掴んだ十字架を投擲している。
「行くぞ、疾鷹ギア!」
どんな動きをしようが俺には関係ない!
速さで翻弄するだけだ!
青きギアを弾いた瞬間、思考を引き延ばす感覚ではなく凄まじい重圧が俺に襲い掛かる。
まるで空気という空気が、水圧ように上から俺に伸し掛かる重圧。
加速した身体が意識を置き去りにするのではなく、鈍化した身体が意識に追い抜かれた真逆の展開ときた。
「な、なんだ、か、身体が、お、重い!」
『い、イチカ、どうしたのよ! 滅茶苦茶動きが鈍くなっているわよ!』
肩からティティスの叫びがはっきり聞こえようと、俺の身体は俺が望まぬ動きを実現させている。
「か、解除、だ! うおおおっ!」
どうにか力を振り絞って青きギアを弾く。
加速を解除した瞬間、身体の鈍化が解け、俺は前のめりに倒れこむ。
直後、頭上を投擲された十字架が過ぎ去り心臓バクバクの冷や汗に襲われた。
「ど、どうなっているんだ!」
まさかと俺は大地に伏せるなり、轟鯨ギアを弾く。
九〇度傾いた刀身は真っ二つに割れ、輝き集うも、その輝きはLED一つ分の輝度ときた。
輝きは増大されることなく、豆粒の光が放たれ、そして剣先から飛び出ることなく潰える。
『どれもこれも威力が落ちてるのよ!』
「排熱が済めば再使用できるんじゃないのか!」
この黄昏舵の鍵剣やギアは未知な部位が多い。
パワー・スピード・バスターと三つを強化するギアが戦闘の肝のはずが、今では逆に足を引っ張っている。
ギアには俺が知らないエネルギーが込められ、充填しないと真逆の効果を発揮するのか? それとも最大効果を発するには長い時間経過が必要なのか?
「くっ、どうする!」
俺は自問しながら十字架の竹林を駆ける。
足が重い。息が切れる。灰化世界を飲まず食わず休まず歩き通したはずが、今になって疲労が枷のように肉体を縛り付ける。
ただ一歩踏み出すだけでも体力がごっそり削られ、瞼すら重みを増し目が霞んできた。
マネキン天使は変わらず揺れるように、右に左にと移動を繰り返し、十字架を引っこ抜いては俺に投げ続けている。
大剣で直に切り込みたくとも竹のように生い茂る十字架が進行を妨げる。
マネキン天使が動いていることと、十字架が投擲され続けるお陰もあって奴までのルートは刻々と変化し続ける。
『こんのっ!』
肩に乗っていたティティスが俺から飛び出し、進路を妨げる十字架の一つを殴りつけた。
『くっうううう! なんて硬さよ! このあたしが粉砕できないなんて!』
硬い金属音が響くだけの無残な結果となった。
『きゃっ!』
「ティティス!」
十字架投擲の風圧がティティスを竹林の外に吹き飛ばした。
俺は身体を横転する形でどうにか避けるが、この回避行動でスタミナをごっそり削ってしまう。
「くうううっ、た、立ち上がるのも、剣を持つのも、お、もい……!」
大剣を杖代わりにして俺はどうにか起き上がる。
次は眩暈までしてきたぞ。どうなっているんだ!
「ティティス、無事か!」
俺はどうにか喉の奥から声を絞り出しては叫んだ。
『な、なんとかって――あんたなによ! あ、危ないから下がってなさい!』
十字架で遮られた向こう側が突然、騒がしくなる。
誰と話しているんだ?
『え? つべこべ言わず殴れって? けど、ああ、もう分かったわよ! 殴ればいいんでしょうが!』
横からの轟音と衝撃が十字架の竹林に風穴を開けた。
『はぁ? なんで粉砕できたのよ!』
十字架をまとめて砕いたのは間違いなくティティスだが、自身は呆気ない声を漏らしている。
さっきは凹ませることすらできなかったはずが、外からの一撃で十字架の竹林をなぎ倒していた。
「早く外に!」
声がする。年若い男の声が俺を呼ぶ。
霞む目の中、俺は身体を這わせてどうにか進み、竹林の外より伸ばされた人間の手を掴み取る。
「せ~の!」
謎の声とティティスにより俺は十字架の竹林の外に引っ張り出された。
瞬間、俺を蝕んでいた眩暈や疲労が水泡の如く弾け消える。
「身体が、動く!」
一瞬にして身体の重しが消え去ったことに戸惑い、驚くしかない。
次いで、まさかとの思考が走るなり、大剣を振るっては目の前の十字架を切り落としていた。
弾かれたはずの十字架が熱したナイフでバターを切るかのように呆気なく切れ、倒壊音を立てながら塵を巻き上げる。
「切れる! 切れるぞ!」
『ああ、そういうことね!』
ティティスも十字架の竹林に仕掛けに気づいたようだ。
『恐らくあの中にいると弱体化するんだわ。それだけじゃない。強化しようならばその逆の効果を発揮させる』
最速が遅速に、最大が最小に、最高が最低と悪影響を及ぼすフィールド。
あの竹林の中に居続ければ、原因が分からぬまま衰弱死ししていたはずだ。
マネキン天使の十字架投擲は攻撃とフィールド維持を兼ねていたわけか。
「どこのどいつか知らんが礼を言うぜ!」
俺はそいつの気配を背中で感じながら礼を言う。
避難民の中にも絶望に折れぬ動く強者はいるようだ。
本当なら面と向かって礼を言うべきだが、正面にはマネキン天使がいる。敵に背中を見せられる状況ではない。
「危ないから下がってな! 行くぜ、疾鷹ギア!」
俺は青きギアを弾き、己を加速させる。
先ほどと打って変わり、思考を置き去りに肉体は加速する。
マネキン天使が十字架を束で投擲してきた。
驟雨となって降り注ぐ十字架が大地に突き刺さるよりも先に、俺は超加速にて駆け抜けていた。
「烈熊ギア!」
マネキン天使の懐に飛び込んだ俺は赤いギアを弾き、パワーを活かし超加速した己を急停止させる。
制動により足首まで大地に埋もれようと構わず、眼前に立つ巨体目がけて強化された脚部をバネに跳躍、鯉の滝登りが如く大剣で切り上げた。
鈍き音が響く。マネキン天使の頭上に高く躍り出た俺は歯噛みした。
「くっううう、硬い!」
手に残ったのは衝撃による痺れ。
十字架の竹林の範囲外からの攻撃だってのに、マネキン天使には傷一つついていない。
眼下のマネキン天使の五指が軋み音を上げて動く。
その手で宙にいる俺を掴み上げるのかと読んだのは大間違いだった。
力強く大地に叩きつければ、その衝撃で突き刺さる全ての十字架が跳ね上がり、宙にいる俺を檻の如く取り囲んだ。
「やっべっ!」
赤いギアでパワー強化しているからこそ、十字架の檻が再度、俺を弱体化させ、回避や防御を行わさせない。
鏃の如く全ての十字架が先端を俺に向ける。
マネキン天使はのっぺりした顔で俺を見上げ軋む音を発しながら右腕を振り上げる。
それはまるで死の宣告。
腕を振り下ろした瞬間、全ての十字架がお前を貫くと、のっぺりとした顔が語りかけている不気味さが伝わってきた。
「イチカくん、こいつを使うんだ!」
俺を助けた奴の声がするなり、何かが俺目がけて投擲される。
十字架の檻の隙間を縫って飛び込んできたものを掴めば、それは白と黒の二つのギアだった。
既視感は走らない。走ったのは緊張と驚きだった。
「こいつは!」
なんで俺の名前を――なんて疑問、抱く暇もなければギアの字を読める状況でもない。
「赤だけ残すんだ――ぐっ!」
『えっ?』
俺はすぐさま声に従い、青と黄のギアをスロットから外す。
後方で何かが起こったようだが、マネキン天使の腕が振り下ろされたことで振り返る余裕などない。
合図を待っていたかのように十字架の群れは牙を剥き、一斉に俺を圧死させんとする。
それでも俺は諦めない。スロットに白と黒のギアを装填する。
「間に合ええええええええっ!」
<白の
<鋼封強印のシールダー!>
「でりゃああああああああああっ!」
大剣が白黒に明滅する。柄にあるエンジン部が激しい動きを繰り返す。
俺は両手で柄を力強く握りしめては、鼻先まで迫った十字架の群れを薙ぎ払った。
「こいつは!」
まるで竹串を折るかのように十字架の群れがまとめて圧し折れる。
白と黒のギアの効果に驚き戸惑うもそれは一瞬のこと。
すぐさま着地すると同時、マネキン天使目がけて駆け出した。
マネキン天使は再度、十字架を投擲してこようと俺は大剣で叩き折る。
「そうか、そういう効果か!」
使っているからこそ、白と黒のギアの効果に気づく。
白の鋼子は他のギアの効果を倍加させるブースト機能。
対して黒の封龍は敵能力の抑制機能。
弱体化させるなど厄介な特殊能力を使う相手にはもってこいのギアたちだ。
特に白黒コンボで使えば、白のギアで弱体化を受けようと、ブーストにて底上げし、黒のギアで敵能力を抑え込める。
加えて白と黒の機能は他のギアにまで及ぶからこちらの能力を倍加させることができた。
「烈熊の歯車・イグニション!」
今度こそ粉々に砕く!
その決意を刃に宿した俺はマネキン天使が突き入れる十字架と激突した。
「せいやああああああっ!」
一刀両断!
振り下ろした刃はマネキン天使を十字架ごと真っ二つにした。
マネキン天使は黒き塵となって全ての十字架と共に消失する。
そして飛んできたギアの破片を俺はしっかりと受け止めた。
「なんなんだこの破片は?」
骨プラモを倒した時に飛んできたギアの破片と同じ。
この破片もまた同じように黄昏舵の鍵剣に吸い込まれて消えてしまう。
「さて、いい加減一息つきたいぜ」
大剣が強制排熱をする傍ら、俺は改めて恩人に向き合おうとした。
名乗った覚えのない俺の名を知っていたこと、白と黒のギアをどこで手に入れたのか。あれこれ聞きたいが、まずは助けてくれた礼が先だ。
「兄さん、しっかりして、兄さん!」
腹部より血を流す男と泣き叫ぶ女の姿が俺の目に飛び込み、衝撃で歩みを止めてしまう。
俺を助けてくれたであろう男は見る限り俺より少し年上の青年であり、その手をきつく握るのは俺より少し下のポニーテールの少女だ。
兄と呼ぶことから二人は兄妹なのか、どことなく顔立ちや目尻が似て揃いの柄のポンチョを着込んでいる。
男の腹部には明らかに刺されたような傷がある。
ティティスに詳細を尋ねるが、分からないと羽を振ってきた。
男を中心に血だまりができている。
医療機器が整っていたのならば助けられる可能性があろうと、虚渦により文明が壊滅した状況、助けるに助けられない。
男はうっすらと瞼を開いては俺を見る。
青ざめた唇が動く。
――背後に気をつけろ。
そして、男は二度と瞼を開けることがなかった。
「兄さんあああああああああああんっ!」
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