第11話 非難轟々
振り下ろした刃が骨プラモの頭部を粉砕骨折させる。
粉々になった骨は霧散するも粉一つ灰化世界に舞い降りずして消失した。
「あ痛った!」
油断した。霧散しなかった骨の一欠けららしき物体が俺の額にダイレクトヒット。
デコピンで弾かれたような痛みが走り、思わず涙目になる。
「っと、なんだこれ?」
思わず掴んだ物体の正体は割れたギアだ。
まるでワンカットされたピザのような形で、先端は尖り、耳の部位はギア特有の歯形が刻まれている。
割れたギアは俺が処遇を逡巡している間、光の粒子となり黄昏舵の鍵剣に吸い込まれてしまった。
「なんだったんだ?」
疑問を打ち切らせるのは大剣より響く強制廃熱の駆動音ときた。
柄に埋め込まれたエンジン部が赤熱化し、触れれば火傷では済まされない熱風を吐き出している。
ただこの大剣は使い手が火傷せぬよう廃熱孔を剣先に向けて設計しているのは助かった。
ブースト機能の単発使用はともかく二重使用は大剣に強制廃熱を行わせるまでの負荷があるようだ。
体感的に強制廃熱は一分ほどで終了している。
ギアの組み合わせ次第では状況を一変できる切り札になるだろうと、使い方を誤れば自身が追い込まれる諸刃の剣となるから注意せねばならない。
「まあ欠けたギアは悪いものではなさそうだな」
吸収された欠けたギアも今のところ様子を見るしかない。
まあ取り出す方法と正確な内部構造が分からないから手が出せないってのが正解かもな。
「しっかし、文字化けあったがアグガルは名前としてニ渦とかあったな。日記に書いてあった渦は六つ……それはつまり」
現状では骨プラモ以外にやばいモンスター五体が渦に身を隠して世界を荒らしまくっている。
灰化した世界の有様を見れば、どの国も抵抗虚しく滅んだのは確か。
唯一対抗できるのは黄昏舵の鍵剣と各能力アップのギア。
何故、俺がこの剣やギアを手にしたのか、今考える理由ではない。
『イチカ、無事かしら!』
ティティスが弾丸の如くもの凄い速さで急迫しては俺の鼻先で急停止する。
その丸っこい身体のどこに制動を行えるのか――精霊だからで片づけて置こう。
「まあ、なんとかな、しっかしお前の時もこんな感じだったか?」
『消失させる意味では同じだけど、渦があんなゲテモノになるなんて初めてよ。あの三人は普通にぶった切って波を消し去っていたもの』
ふぬと俺は軽い嘆息を零す。
波と渦の共通点はあろうと似て非なる面もあるようだ。
『そのギア、あたしの記憶じゃあの三人の剣にそんなもの組み込まれていなかったわ』
「そうなのか、あら、外せるぞこれ」
ふと赤のギアを一摘まみしてみると少しの抵抗後、簡単に外れた。
見れば各ギアの側面には漢字が二文字ずつ、打刻されている。
赤のギアは
掴部位の凹みを見る限り、着脱可能なスロットルがあるようだ。
『ん~なんか懐かしい感じがするわね』
ティティスは俺の掌にある三つのギアを覗き見ながら唸る。
「このギア、お前が閉じ込められた後、自動人形の技術を応用して作られたんじゃないのか?」
『ギアに精霊の力を宿し自動人形如く波への対抗手段とした、と考えれば懐かしいのに納得だできるけど……ん~』
もちろん確証のない推論である。
ティティスが唸るのも当然の帰結だ。
「謎は未だ多すぎるが、当面の問題は……」
『あの人間たちどうするの? 恨めしそうにこっちを見ているけど?』
離れた位置に集う避難民の視線が俺の背後に突き刺さる。
人種性別はバラバラでも誰もが共通して怨嗟が込められているときた。
『一応、目覚めが悪いから避難させといたけど、歓迎ムードとは程遠い空気よ?』
普通、この手の流れだと虚渦なる敵を倒したのだから歓声が沸くと思ったが残念にも真逆なのが現実であった。
「ふざけんなバカ野郎!」
「そうよ、今更出てくるなんて!」
「なんでもっと早く来てくれなかったの!」
あ~骨プラモの集中砲火が終わったと思ったら、今度は人間から非難轟々の集中砲火がきたよ。
誰も彼もが疲弊に深く染まった顔で怒りを露わとして感謝歓迎ムードは一切ない。
完璧恨み節の八つ当たりである。
「救助要請受けて急いで来たら遅いと文句言われる救助隊の気持ちがよ~く分かるわ」
俺は呆れるようにぼやきながら頭皮をかく。
生存者たる避難民たちに詳細なる事情をあれこれ聞きたいのだが、嫌悪ムードが壁どころか崖となり友好ムードへの道を破綻させている。
いや、全員じゃないな。
黒に混じる白の発見が容易いように、非難轟々の視線に混じる別なる色彩の視線を感じ取る。
まるで期待と希望の混じった視線。
誰だと視線の主を探そうとするも、すぐさま非難轟々の波に飲み込まれ消えてしまった。
「おいおい非難飛ばすのは、まだいいが次は石まで飛ばすか」
ぽつんぽつんと小石が俺に飛んでくる。
当たってやる道理はない。
骨プラモと比較して小雨にすらならないが限度はある。
今から行う手は良心が痛むも両者隔てる崖を無理にも埋めるのに必要な手だ。
「てめえら好き放題言いやがって――少しは黙って俺の話を聞きやがれ!」
俺は大剣構えるなり、近場にあった自動車を剣の腹にてフルスイングでぶっ飛ばす。
自動車はホームランの弧を描きながら避難民の前に着弾。
振動と飛び散る灰に当たったらとゾッとした表情の者もいるが人間に当てる気は更々ない。
この一打が効いたのか、嘘のように罵詈雑言は静まり、代わりに不可視の怒りが俺に注ぎ込まれる。
「怒りは結構、文句も結構!」
接客バイトしている身としてただ感情に任せて怒鳴り散らす人間が醜悪に見えて仕方がない。
あまりにも酷いようならばマスターの指示で店から物理的手段で追い出したりもした。
そのような体験もあってか、この手の嫌悪が生まれ、自制と自戒を踏まえて余程のことがない限り怒らぬようにしている。
ただ不条理と理不尽には身を持って怒りを体現させてもらうがな!
「恨みの使いどころを間違えんじゃねえよ!」
正論を説いても無駄だろうと説かずにはいられない。
恨みを抱いたならば、無関係の者にぶつけるな。
それは一時凌ぎの八つ当たりだ。
ぶつけるだけぶつけようと気が晴れず、逆に鬱憤が溜まり、その鬱憤を晴らさんと次もまたぶつけるだけ。
次に起こり得るのは無関係な者同士が勝手に恨み辛みをぶつけ合う。
「そんなに虚渦が憎いのかお前ら!」
俺の問いかけに当然の叫びが飛ぶ。
「あいつらに家族を殺された!」
「あの子が、一〇歳になったばかりの子が目の前で殺されたのよ!」
「軍人の親父はみんなを守るために盾となって殺された! 全滅だ!」
「どの国も歯が立たなかった! 呆気なく渦に飲み込まれて消えた!」
「逃げて逃げて、逃げて、あの人は私を助けるために――」
こいつら全員が、虚渦から逃げ逃げてきた避難民か。
恨みは当然だろう。憎しみ抱くのも当然だろう。
ただ面倒なことになったのは否めない。
国や軍隊を全滅させる虚渦が俺一人に倒された。
その瞬間を目撃すれば嫌でも恨み節は抱くわな。
まああれこれ考えても前に進まない。今できることをやるだけだ。
「俺の名はイチカ! 日本から来た!」
改めて名乗りあげようと、誰もが素っ頓狂な顔をする。
トチ狂ったのかとさえ思われているが、恨みに狂った人間にその顔をされるとどこか腹に来る。
「あの顔つき、どう見てもアシハラ人じゃ?」
「ニホンなんて国聞いたことないぞ?」
「それにあの空飛ぶ玉っころ、実は渦の仲間じゃないのか?」
『あぁん!』
俺は羽を拳の形に握りしめたティティスを手で制する。
次期女王に一番近い精霊なんだから、それぐらいで怒らない、怒らない。
「というわけで俺は右も左もわからん! 俺だって虚渦とやらの詳細は全く知らんが、来るなら俺がぶっ飛ばす! だからお前ら生きているのなら俺に協力しろ!」
誰もが俺から目を逸らし顔伏せるのは当然の反応か。
自分にはできなることはないと、手詰まりだと無気力に染まっていた。
「力で従わせるのは容易い。だけど、上から押しつければ必ずや反発を招き、反乱の起爆剤になる。親父が言っていたな」
俺がするは要求ではなく要望。
絶望に打ちのめされ、叩きのめされて折れた人の心は早々に立ち直れない。
だが、今ここで動けるか、動かぬかで今後の命運が決定する。
「おっ?」
ふと避難民から青冷めた悲鳴が響く。
避難民の視線の先を見れば、黒き渦が押し寄せている。
空よりも高く、山脈など狭しと形容されるまでの規模。
改めて見ても、これなら軍隊は抵抗すら許されず飲み込まれるわな。
その速度は異常なまでに速く、瞬きする間に距離が縮まっていた。
「アグルガにニ渦とついていたが、俺からすれば第二襲来だよ」
折角、避難民とどうにか協力確保の糸口ができつつあるのに水差しやがって。
「雷落としてやる」
いらつきながら俺は金色の大剣を構える。
黒き渦は尋常ではない速度で急迫しているが迎撃を整えるだけの距離はまだあった。
俺は三つのギアを柄に装填し、赤と黄の二つの歯車を弾く。
大剣は先ように前方に倒れ込めば刀身を真っ二つに開き、その間に金色のプラズマを走らせる。
<ダブルギア・ベストコンボイグニション! 轟烈滅火のランページ!>
一撃滅殺の火砲で消し飛べ!
目映き陽光の輝きは灰化世界を照らし、迫り来る黒き渦を一瞬にして消し飛ばし晴天を取り戻す。
「ちぃ、そうは問屋が卸さないか!」
金色の大剣から強制廃熱が行われる中、俺の視界はまたしても赤い文字の羅列で覆われる。
<刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬刻葬>
晴天は曇天に変わり、雲の奥底より無数の柱が俺目がけて降り注ぐ。
『イチカ、肩借りるわよ!』
ティティスは下がるより俺の傍なら安全だと判断したのか左肩にしがみ付いてきた。
「ああ、離すなよ!」
俺は右に左に避け、時には大剣でいなして弾き飛ばすが、重き柱に手を痺らせ、ただの柱ではないと気づく。
教会にある宗教的象徴たる十字架。
ただし、灰化世界に墓標の如く突き刺さる十字架は煌びやかさや厳かさとは全くの無縁であり、血でさび付いたような赤黒い鉄骨を十字に組み合わせた粗暴な作りときた。
骨プラモ同様、黒き点が曇天より降下する。
赤文字の羅列が消えると同時、黒き点は巨大な異形の操り人形に変貌。
その容姿は天使に近くとも、マネキンの顔つきに纏う衣服は返り血を浴びた様に赤く染まり翼は赤黒い。左翼は半ば折れ、切っ先から鉄骨が丸見えだ。
またしても赤文字が虚渦の名を告げる。
<第一@:刻天葬柱ダリスベ>
――天に定められし刻に逃げ場なし。
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