第9話 黄昏舵の鍵剣

 嫌な予感は見事に的中!


 ショッピングモールの外は見事な阿鼻叫喚の地獄絵図!


 空は黒く覆われ、視界を覆わんばかりの巨大な渦がテント村を呑み込みつつある。


 先の地震で現れたのは避難所か!


 渦は逃げ惑う人々を掃除機のように吸い込み、消失させている。


『イチカ、後ろを見て!』


 ティティスの叫びに俺は振り返るなり絶句する。


 ショッピングモールを突き抜けるように黒き竜巻が現れた。


 竜巻であろうと、耳鳴りは起きず、風圧も感じない。


 日記に記してあった無が竜巻の形で建造物を一切破壊せぬまま留まっている。


 素肌より走る微電流はあれも渦だと本能が伝えてくる。


「クッソ、そういうことかよ!」


 悪態つこうともう遅い。


 どうして日記が危機を書き記さず途中で止まっていたのか、どうして出入り口近くに弾痕が残されていたのか、温度差の正体はこの竜巻だ。


『ホント、元凶って悪趣味よね! あのまま中で休んでいても、外にいても呑み込まれて消えるなんて!』


 ショッピングモールは希望と言う名の寄せ餌。


 疲労困憊で辿り着き、安寧を得た瞬間に絶望で呑み込む。


「こんなところで!」


 気合や根性でどうにかできぬほど状況は積んでいる。


 逃亡すら許されず、絶望する俺とティティスは無残にも渦に呑み込まれた。

             *

 そこは何一つない無だ。


 いや無がそこにある。ただ無がある。ただそこにある。広がるは無。有が有を生もうと無は無である故に何も生じない。無は無となり、無は無として無のままあり続ける。


「うおっ! なんか生きてる!」


 唐突に目覚めた戸惑いが俺を襲う。


 周囲を見渡そうと果てしない黒の地平で染まり、上か下か、動いているのか、立っているのか、平衡感覚がマヒしているときた。

 

 手の存在を目視で確認。足もある。耳もある。口も鼻も、俺が一部も欠けずしっかりとある!

 

 だが本当に生きていると確認はできていない。


 下手をしたら生きているのか、死んでいるのかすら判別つかない可能性だってある。


「あ~シュレーディンガーの猫箱だっけか、あの話嫌いなんだよな」


 ぶっちゃけると箱の中の猫の生死はどっち? というもの。

  

 猫を飼っている身、大切な家族の生死を勝手に決められるのは目覚めが悪い。


『この状況でな~に訳の分からん事言ってんのよ!』


「ぐほっ!」


 頬に突然の衝撃。目から火が飛び出る痛みが俺を現実に引き戻させる。


「てぃ、ティティス! 無事だったのか!」


 俺の頬を打ったのは当然、ティティス。人間が腰に手をやるように、羽を腰(?)に当てては呆れている。


「ここどこだよって、聞くだけ野暮だな」


『そうよ、野暮よ。どう考えてもあの渦の中でしょ!』


 次に芽生えるのはどうして生きているのか、である。


「俺は渦に呑み込まれて消失する人たちを確かに見たぞ。なんで呑み込まれても俺たちだけ無事なんだ?」


『あたしだって知りたいわよ。ただ答えはありそうだけどね』


 ふとティティスの羽先がとある方向を指す。


 見れば無の空間にあり得ぬ光――山吹色の光を見つけたからだ。


『なにもない空間に光一つ……どうも好きになれない色ね』


 確か波の存在が現われ始めたきっかけが世界が黄昏色に染まった時だとか言ってたな。


「山吹色に黄昏色……同じ色だが言い方が違う」


 ふと無意識が俺に言葉を紡がせる。


 黄昏とは夕方や夕暮れ、終わりを意味し、逆に明け方を彼は誰時と言う。


 もっとも英語だとtwilightといい、明け方夕焼け含めて薄明と呼ぶ。


「星空みたいに遠いな……」


 ここから見える山吹色の光は夜空に煌めく星のように遠い。


 見えるけれども手を伸ばしても届きはしない。


 無駄だと分かっていても俺はついつい山吹色の光に向けて手を伸ばしてしまった。


 伸ばせば届くと思いながら――


『きゃっ!』


 伸ばした手に山吹色の光が収束する。


 世界中の太陽光を凝縮したような光。


 あまりの眩しさにティティスが羽で光を覆っているも、間近にいるはずの俺はまったく眩しさを感じなかった。


 光が収束する。収束し一本のグリップとなる。


 バイクのハンドルと違和感のない陽光色のグリップ。


「おっ!」


 と思ったのも束の間、ガシャガシャンガコンと音を立てながらグリップは拡張進展を開始する。


 まさに男の子はこういうの好きなんでしょう展開。


「でけえ剣になった!」


 ただのグリップがエンジンや歯車を組み合わせたような金色の機械剣に様変わり。


 匠の職人が鍛え上げたかのような諸刃の刀身は俺の背よりも高く、水晶のように透き通っていて刃幅も腕の半分ほどある。


 柄には重量感あるエンジンが埋め込まれているにも関わらず、傘を持っているように軽いときた。


『……こ、金色の剣』


 ティティスもそうだが俺も驚きの展開に声を失ってしまう。


「なあ、ティティス、この剣まさかの……」


『ええ、そのまさかよ! 形は微妙に違うけど、この輝き、間違いないわ! あの時の三人が持っていた金色の剣よ!』


 まさか無の中に有が存在するとは!


「あの三人もこうして波の中から金色の剣を手に入れたのかもな!」

 

 いきなり武器持たされて戦う覚悟を抱けとか普通は無理だ。


 緊張にて早鐘打つ心臓を俺は剣道で学んだ呼吸で整える。


 手に持つ剣が俺の心に火を灯す。


 潰えかけていた希望を再燃させる。


 まだ終わっていない。消えてはいない。覚悟を問われたら、そんなものはないと答えるだろう。


 ただ俺は絶望に呑まれようと、生きるために再び前ヘと進み続けるだけだ!


『――――』

 

 ふと声が聞こえた。どこからか分からない。確かに聞こえ、俺はその名を口にする。


「……黄昏舵の鍵剣トワイラフトラダー


『え?』


「この剣の名前だ!」


 どういう仕組みか分からんが、忘れたことを思い出したかのように、この剣のマニュアルと渦について頭の中に浮かび上がる。


 そうか、なるほど……奴ら渦は虚渦ヴォーテクスという全てを無に帰す虚無の化身。


 無の中に有があるからこそ、虚無たる渦の中に真なる実体を溶け込ませる形で偏在させている。


 この金色の剣には虚無に溶け込む実体を切り離す力が備わっている。


 ならば無に居続けるのは終わりだ。


 さあ反撃を始めようか!


「黄昏舵の鍵剣よ! 偽りの虚無に潜む真なる姿を曝け出せ!」


 俺は虚空に向けて大剣を振り下ろした。


 切っ先が虚空を薙いだと同時、無が鳴動を起こすなどありえない事態を引き起こす。


 ガラスが割れるような破砕音が響き渡り、舞台の天幕が開かれるように俺は元いたショッピングモール前に立っていた。


「戻って――来れた!」


 無より生還したのは俺だけではない。


 横にはティティスが、渦に呑み込まれた人たちもまた訳が分からぬ顔で空を見上げている。


 テント村を襲撃した渦は消え、晴れ晴れとした空が開かれている。


 だが小さな黒点が空に浮かび、心臓のような脈動を不気味に刻んでいる。


 帰還を喜んでいる暇などない。


 あれは虚無より切り離された渦の実体だ!


「お前ら生き残りたいなら今すぐ走れ! 渦の本体が来るぞ!」


 俺は腹に力を入れて叫べば、すぐさまティティスにアイコンタクトを送る。


『はいはい、こっちよ、こっち!』


 避難民の誘導を引き受けたティティスが左右の羽を動かしては避難を誘導する。


 誰も彼も状況を把握できなかったが、空より降下する黒き点に気づくなり悲鳴を上げて走り出す。


「な、なんだ、これ!」


 次いで俺の視界は夥しい赤文字で覆い尽くされる。


<狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨狂骨>


「次から次に!」


 振り払おうとSFのデバイスみたく俺の網膜に投影でもしているのか振り払えない。


 俺は裸眼だしコンタクトもメガネもしてねえぞ。


 視界覆う赤文字は自然消滅するも文字化け混じりの新たな文字が現れたのと、弾けた黒き点より骨で構成された異形が現れたのは同時だった。


 頭部は肉食恐竜、身体は魚、背面より飛び出るは鳥の羽、尻尾は蛇と生き物の骨で構成された異形。


 その名は――


<%二渦:狂骨壊乱アグガル>

 

 ――骨は不可分な死にして狂い壊れるもの。

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