第7話 三本足の導き

 ――動けぬ弱者になるな、動く強者になれ。


 止まっていては始まらない。進まなければ打開できない。


 眼前に広がるは灰色の地平線。夜はなく日夜降り注ぐ太陽光。


 建造物は影すら見えず、生物の脈動も感じない。


 水もない食料もない最悪な状況だが、不思議と疲れや飢えが出ないのは不幸中の幸いか。


 俺の身体はどこか変になったのか――なんて疑問は足を止めるだけ。


 疲れも飢えもないならば、この状況を変えるため進み続けるのに好都合だと前向きに進む。


 前へ、前へ、前へ。


 前へと進む度、三回ほどあの自動人形捨て場脱出のきっかけとなった地震を体感する。


 激しい横揺れは灰色の世界を軋ませ、舞い上がる塵が視界を覆う。


「げほげほ、なんちゅう揺れだ」


 舞い上がる塵に俺はせき込んでしまう。


 防塵対策にゴーグルやマスクが欲しいも、今の俺の服装はTシャツにズボン、スニーカーとオーソドックスなもの。


 加えて自動人形捨て場で揉みくちゃにされたせで、服のあっちこっちに細かな傷が目立ち、舞い上がる塵が容赦なく隙間から入り込むからこそばゆいし痒くなる。


「あ~風呂入りたい!」


 俺は思わず願望を口に出す。


 先行きが見えからこそ願望を口に出すことで希望に繋げる。


『そうね。どこか泉でもないかしら。できれば清流がいいわね』


 俺の横に浮かぶティティスは羽に積もる塵を煩わしそうに振るい落としている。


「なあ、ティティス、飛べるんだから空高く飛んで真上から何か探せないか?」


 進むことに気を取ら過ぎて、ティティスに羽があるのを失念していた。


『無茶言わないでよ。空高く飛ぶなんて簡単なように見えるけど、けっこう体力使うのよ』


「あ~確かにな」


 俺はティティスの言い分をどこか納得して受け入れてしまう。


 次いで浮かんだのは時速一二〇キロで走るチーターだ。


 走ると飛ぶとでは縦横と移動の違いがあるも、最速のチーターとて最速を維持できるのは三〇秒から四〇秒程度のスタミナしかない。


 それが空を飛ぶとなれば重力に逆らっているのだから体力はより消耗する。


 鳥が空を飛べるのも、身体が軽いことと翼で風を受けているからだ。


『あたしは飛ぶより物理で殴るほうが得意なの』


 ティティスは羽を握り拳のようにしてはシャドウボクシングをして見せる。


 おい、今、一〇〇メートル先の地面が突然えぐられたぞ。気のせいか? いや違う。気のせいじゃない。ティティスの拳にて生じた風圧が灰色の地面がえぐっていた。


 流石、クィーンファイト(勝手に命名)を勝ち進んだ精霊だ。


 ただファンタジーに出てくる精霊のような人外的な力をティティスは持ってないのか、見せないのか、もしくは喪失しているのか、はてさてどっちだ?


(現状維持なのを踏まえれば、持ってないか、喪失しているかのどちからだよな)


 敢えて俺に伝えないのは次期女王たる強い矜持故か。


『あれなにかしら?』


 ふとティティスが空を見上げている。


 連なる形で俺も見上げるが眩しき太陽光のせいで目を細ませてしまう。


『黒い何かが飛んでいるわね……? ん~鳥系の精霊かしら? それになんか足が三本あるわ』


 この灰色世界に生物がいた驚きよりも、ティティスが零した黒・鳥・三本足と、三つの言葉が俺の脳内辞書を刺激させる。


「黒い鳥に三本足――まさかヤタガラスか!」


 三本足の烏はサッカー日本代表のエンブレムに使用されている鳥。


 その由来は、神話にて天より遣わされた三本足の烏が道先を案内したとされ、現代ではゴールにボールを導くとしてサッカー日本代表のエンブレムと幅広く認知されている。

 

『ヤタガラス? ってことはあれ、あんたの知り合い?』


「知り合いじゃないが、有名な鳥ではあるな」


 今になって現れた理由――考えるよりも先に足が動いていた。


「あのカラスを追おう。もしかしたらその先に町があるかもしれない」


 灰色の世界で生存の希望が見えた。


 どこの誰がカラスを遣わせたのか――いや神様かもしれないが――日本神話の通りならば俺たちを道案内しているはずだ。


「ティティスはカラスを見失わないようしっかり見張っていてくれ」


『任されたわ!』


 眩しき太陽光で俺は黒の点すら確認できないというのに、三本足まで確認できるティティスの視力は大したものだ。


 目はどこにあるかだって? 野暮な質問だよ!


             *


 カラス追跡は四回の地震と舞い上がる粉塵にて終わりを迎えた。


『鳥が消えたわ。まるで空に溶けるようにすーっと』


 道先案内を失ったショックがティティスから漏れる。


 だが逆に神話を知っている俺はこの地点がゴールだと確信を抱いていた。


『ねえ、見て、なんかあるわ!』


 地震にて舞い上がった粉塵のカーテンが鎮まり、視界が開けた時、ティティスが何かを発見する。


「建物、それもかなりでかいぞ……」


 砂漠の中のオアシスかのように、その建物は灰化した世界にあるドでかいショッピングモールだった。


             *


『かなりでかいようだけど、城塞にしてはえらい貧弱ね。堀もないし、見張りの櫓もない。空からの襲撃にも脆い。あたしなら一〇秒あれば奥に引きこもった敵将の首獲れるわよ』


 この戦闘精霊が、俺は呆れを零すも訂正させる。


「あれは城塞じゃない。ショッピングモールっていう買い物したり飯食ったり遊んだりする施設だ」


『あ~だいだい分かったわ。つまりあの建物はあんたの世界のものね。それで飯を食ったりとか言ったけど、それはつまり?』


「……休憩ができる。そしてな」


 大雑把だろうと理解してくれて助かるが、重要なのは次だ。


「『水や食料がある!』」


 俺とティティスの発言が重なった。


『そうと決まれば早速突撃するわよ!』


 舞い上がるティティスを横に俺は周囲に視界を走らせる。


 確かにショッピングモールだが、俺の知る施設と比べてかなり規模がでかい。


 都市部であろうと、土地云々の問題でこれほどでかい施設はお目にかかれない。


 答えは半ば灰色の地面に埋もれた駐車場にあった。


「こいつは左ハンドルか」


 灰色の地面に半ば埋もれた自動車のどれもが左ハンドルだ。


 剥き出しのナンバーだって外国のもの。


 施設の規模を考えればアメリカら辺にあるショッピングモールと見ていいだろう。


 加えて――


「出入り口や窓という窓にバリケードや板があるし……」


 間近で視認したからこそ、この施設の異常事態に気づく。


「あ~これゾンビ映画とかによくある展開だ」


 所謂お約束。


 危機はゾンビでもいい。バケモノでもいい。危機から脱出した人々が避難先にショッピングモールを選ぶのは、そこに豊富な物資があるからだ。


 更に選ぶ理由を押し上げるのはアメリカのショッピングモール内にはガンショップ、つまりは銃火器が普通に売っているというのもある。


 生き残るため、対抗するためにこの手のショッピングモールは立て籠もる施設として打ってつけだ。


『ほら、早く開けなさい! 開けないと扉ぶち抜くわよ!』


 封鎖された扉を何度もノックするティティスの姿に俺は後ろ髪を掻きながらため息一つ。


「待て待て、いきなりぶち抜いてみろ。略奪者扱いされるぞ」


 今にも羽を拳として振るおうとしたティティスの前に手を割って入れ俺は止める。


「俺たちは略奪しに来たわけじゃないんだ」


 加えてティティスは精霊だ。人ではないからこそ下手に接触すれば警戒され、追い返される可能性だってある。


『でもこれだけあたしが来訪を知らせてもうんともすんともいわないなんて、失礼にも程があるわ』


 施設奥に身を潜めているのか、もしくは誰もがこの施設から立ち去り無人なのか。


「ティティス、ちょっと悪いが、この施設をぐる~っと一周してきてくれないか?」


『あ~なるほど、侵入路を探すのね。任せて、このあたしが見事に見つけてきてあげる』


「そういう意味じゃねえよ! おい、待て!」


 俺が止めるのも聞かずティティスは飛び去ってしまった。


「俺はただ施設周囲の状況が知りたいだけなんだか……」


 高いところから俯瞰すれば別なる景色が見えてくる。


 できれば屋上辺りに知りたい情報があればいいのだが。


『たっだいま!』


 はやっ! 飛び立ってから一〇秒も経ってないぞ。


『残念なお知らせだけど、あんたが入れそうな箇所はないわね』


 ただとティティスは続けた。


 灰色の地面に降り立てば、羽先で真上から見たであろう施設を描き出す。


『屋上にさ、こんな形したものが書かれていたわ』


<SOS>に<H>……精霊故に人間の文字が分からないのだろう。

 

 何を意味するのか、俺にはすぐ分かった。


「SOSは助けを求める信号だ。それにHってのはヘリポート、それも緊急離着陸場。つまりはヘリコプターっていう空を飛ぶ乗り物が下りたり飛んだりする場所なんだ」


 Hの他に緊急救助スペースを示すRもあるが、現状ティティスに説明することではないと敢えて省いた。


 ともあれ救助ヘリを待っていたか、それとも既に飛び去った後か、施設内に入ってみなければ確認にしようがない。


『後、屋上にも扉があったけど、封鎖されていなかったわ』


 この時、俺は思索する。


 文字通り扉をぶち破って中に入るか、それともティティスの力を借りて屋上から入るか。


 どちらにしても施設内の人間からは敵対認定は避けられない。


 バタン! と思索を打ち切るのはすぐ間近から倒れる音が響いた時だ。


 音の発信源は舞い上がる灰色の塵により判明する。


『あら、立て付けが悪かったのかしらね』


 一階の窓を塞ぐ板が一枚、内側に倒れている。


 壊す手間も、屋上に侵入する手間も省けたのは幸運と考えるべきだ。


「はてさて快く迎え入れてくれるかね?」


 俺は周囲を警戒しながら窓の縁に足をかける。


 窓枠を乗り超える支点として手を添えた時、指先が小さき穴に触れる。


「穴? いやこれは!」


 身を乗り出して穴の正体を直に確かめた俺は息を呑む。


『壁のいたるところに沢山あるわね』


 倒れた板を下敷きにして俺は薄暗い周囲に目を凝らす。


 コンクリートの壁には無数の穴があり、足元には小さな金属筒が路傍の石のように散乱している。


 ここの板が外れた原因も固定部位が銃弾にて破損していたからのようだ。


「こいつは弾痕と空薬莢か」


『ダンコン? カラヤッキョウ?』


「銃っていう火薬の力で金属を飛ばす飛び道具から出るものだよ」


 弾痕は弾が命中したことで生じた穴、空薬莢はその弾の入れ物だと俺はティティスに説明する。


『飛び道具ね。ああ、そういえば六番目の姉グリトンとやりあった時、あれの飛び道具には苦戦したわね。あれこれ動いても正確に当ててくるんだから、避けるの意味ないっての。だからさ突撃してアッパーで空高くぶっ飛ばしてやったわ。末っ子の癖に! とかもう泣いて喚いて傑作だったわよ!』


 嬉々としてティティスは当時のことを俺が聞きもしていないのに語り出す。


 バリケードや封鎖された窓を考えれば外的に対する防衛措置なのは明らか。


 当然、籠城するならば万が一の侵入を想定してトラップが仕掛けてあるのが常だが、ティティスは己の力ならば打破できると余裕なのか警戒する素振りは見せていない。


「切れているな……」


 案の定、ほんの少し進んだ先にほつれたワイヤーと垂直に刺さった金属板を発見する。


 下手に進めばギロチンの如く真上から身体を両断される物騒なものだ。


「それに、なんだこれ?」


 空薬莢が比較的多く落ちている箇所には、黒炭をぶちまけたような染みが広がっている。


 指先で触れても黒く汚れないが、第六感が不安を告げてくる。


 それでも前に進むしか現状、選択肢はない。


「どうもここは空気がおかしい」


 薄暗き施設内に響くのは俺の靴音のみ。


 人特有の生活臭はどこか感じられる。一方で静か過ぎることが俺に警戒心を一層抱かせる。


『あっちこっちに黒い染みがあるわね。何かしら?』


 黒い染みからバケモノが飛び出すのではと恐怖心が俺を揺さぶって来る。


 英語表記の案内図によればもう少し進めばホールに出るはずだ。


 映画だと大抵、避難する多くの人がホールなどの広いスペースで身を寄せ合っているシーンが多い。


「ビンゴ!」


 俺の予測通り吹き抜けのホールには大小様々なテントが並んでいる。


 だが、テントの中には誰一人おらず、代わりに黒い染みが一面に広がっていた。


 何故だろう。黒い染みなどここに来るまで何度も見たはずだが、改めて見た瞬間、怖気がこみ上げてくる。


『だ~れもいないわね。みんなしてどこかに移動したのかしら?』

 

 俺の心情など察することなくティティスは周囲を見渡している。


「なにか手がかりがあれば……お?」


 歩を進めた時、靴先が何か物を蹴り飛ばす。


 滑る音がホールに響き、別なるテントに当たって止まる。


「こいつは、まさか……」


 蹴り飛ばした物の正体は茶色の手帳だ。


 表紙は砂ぼこりで汚れているも、開いたページは英語の筆記体で埋め尽くされていた。


『本にして薄っぺらいわね?』


「ああ、こいつは日記帳だ」


 手がかりを見つけた。


 恐らく避難民の一人がここでの生活を書き記したものだろう。


 翻訳すればここで何が起こったのか、状況を把握できる。


 そう、翻訳できれば! できればね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る