第2話 清野という家々

 ここは東北にある地方都市・清ヶ原せいがはら


 三方を山に囲まれたこの地は、都心より離れながらも発展してきた。


 それは昔、鎌倉の時代より清野たる家がこの地の発展に多大な貢献をしてきたからだ。

 

 一地方に座する幅広い人脈と財を有する家。


 清野家と敵対するよりも与するほうが利益。


 間違っても敵対するな、等などと各方面からそのように評価されている。


 もちろん地域経済に貢献した歴史があろうと順風満帆とは言い難い。


 清野家始祖たる男には三人の息子がいた。


 昔は長男に家督を譲るのだが当たり前だったそうだが、次男三男も負けず劣らず優秀であることから、当時まだ未開発であった広大な清ヶ原の土地を三分割で与え開発するよう遺言に記していた。


 兄弟三人、切磋琢磨しあい開発に邁進せよと祈りを込めて。


 始祖の祈り通り、三人は互いに協力し合い清ヶ原の地を開発する。


 子から孫に、孫から曾孫にと始祖の願いは継承され続けた。


 ところがぎっちょん。鎌倉から飛んで江戸と呼ばれる時代。


 三つの清野が我こそが真なる清野だと言い出した。


 どちらが先なんて関係ない。


 清ヶ原の中心たる清野三家のお家騒動。


 まだまだ未開発であった土地の開発主導を巡る衝突も火種となり、あれやこれよと住人を巻き込んだお家騒動に発展する。


 昭和になろうと、平成が始まろうと三家の諍いは終わらず鎮まらず。


 清ヶ原は東の清野・西の清野・北の清野と三つの勢力に分断され、この地は混迷を極めていた。


 東の奴と結婚するな。

 西に足を踏み入れた奴は裏切り者だ。

 北の子供が東の子供と遊んでいたぞ。


 等など地方ならではの問題がてんこ盛り。


 これはもう呪いだ。


 発展への祈りがいつしか呪いとなり清野家だけでなく土地そのものを蝕んでいく。


 当然のこと、住人は諍いを嫌って外に出るのは自然の流れ。


 いくら清野の家々が財を持とうと経済回す要となる住人がいなければ清ヶ原の地は衰退する。


 人口流出にて四つはあった小学校は統廃合にて一つとなり、図書館も憩いの場ではなく諍いの場となることから、忌避する流れにて利用者が激減し閉館、バスや電車も図書館と同じ理由で本数が減少。


 このままではいけない。


 現状打開に動き出したのが今より二〇年前、各清野家の長子たる三人の男子だ。


 清野に生まれた宿命か、三人とも街で出会えば殴り合うほど険悪な仲であった。


 変わったと周囲に驚かれたのが高校に進学した時。


 出くわそうと殴り合わず、視線すら合わせない。


 周囲には相手にするのは愚の骨頂だと、歯牙にもかけない様子を露骨なまでに現わとしていた。


 三人の父親たちは如何にして偽の清野を蹴り落し、真なる清野に至るべきか、我が子たちにあれやこれやと仕込み続けた。


 劇的な変化が訪れたのは三人の子供たちが大学に進学した時。


 家から一切の援助を受けることなく、株から得た資金を元にして各々の子供たちは会社を設立したのである。


 三人の父親は、その身一つで利達する子供の姿に大層喜んだ。


 誰もが、我が子ならば他の家を蹴落とし、今度こそ真なる清野になれると。


 清野を継ぐ男に相応しいと父親は息子に家督を譲る。


 次に頑張る息子に立派な嫁さん見つけてやるぞと張り切る父親たちだが、それが最後の活動であった。


 実は設立した会社、西・東・北と三人の息子たちの共同経営だったのである。


 既に地固めも根回しも設立前から終えており、父親に届けられる書類や情報は全て偽造された物だったのだ。


 敵対する偽の清野と組むなどけしからん! と父親たちが実権を取り戻そうと動くも時すでに遅し。


 家督は継承済み。


 子供たちは中学時代から根回しに根回しを重ね、運営資金と仲間を増やし虎視眈々と家督が継承されるのを待ち構えていたのである。


 街中で出合い頭殴り合うのも、無視を決め込むのも、全ては父親の信頼を得て家督を得るための自演自作であった。


 清ヶ原衰退の根幹が清野家のお家騒動である以上、三家が諍いを止めぬ限り止まらない。


 諍いなど不利益しか招かない。


 どの清野であろうと清野であるからこそ真贋は関係ない。

 

 父親たちは強制的に隠居へと追いやられ、こともあろうか、夫婦三組、清ヶ原郊外に建てられた一軒の邸宅に押し込まれる。


 息子たちのように親同士、仲良くしろというメッセージが込められていた。

 

 といっても先祖代々引き継がれる恨みつらみがあってか、孫には激アマであろうと父親とは現在でも不仲である。


 孫と会えば親を罵倒する言葉ばかりだから心底うんざりだ。


 これでバカ息子を蹴落とせと、どこから入手したのか、こづかいに万札を孫に渡してくるほど。

 

 長らく停滞した開発がようやくスタートし多忙な日々を送る中、三人は同時期に結婚して子供が生まれた。


 東の清野、俺こと一禾(17)、妹の藍香(10)。


 西の清野、楓月(18)にその弟、夢月むつき(10)。


 北の清野、ひなた(14)に、その弟一の陽悟ようご(10)、弟二の勇陽ゆうひ(9)。


 つまるところ全員が全員、清野の苗字であるが、ぶっちゃけ祖先が同じなだけで藍香以外、赤の他人。


 強いて言うなら遠縁であり幼馴染みの関係。


 藍香が楓月やひなたをガン姉として嫌うのも幼馴染みである理由が大きい。


 曰く、発がん性物質と贋作をかけて、ガン姉だとか。


 べたべたしてくるのが嫌い、ずかずか踏み込んでくるのが嫌い、兄の隣にいるのは妹だと。


 かといって楓月やひなたは揃いも揃って嫌も嫌よも好きのうちとポジティブときた。


 更には姉たちは嫌っているのに小学生同士、仲がいい。


 藍香曰く、姉はダメだが弟だからOKとのこと。基準がよくわからん。


 仲がいいとして、あれこれ揃って悪戯を考えては俺に実行してくるなど涙が出てくるよ。


 諍いなど過去のこと、過ぎたことだが、住人の中には家々の衝突再燃を警戒する者もいれば、祖父たちのように今なお他の清野家を認めぬ者も少なからずいる。


 現状、警戒は薄れ、祖父に組する者たちも寿命によりその数を減らしつつある。


 月日が経ち、清藤倉の町並みは幼き頃の記憶と違って開発が進んだせいで随分変化した。


 それでも変わらぬ箇所もあった。


             *


 それが一昔前の昭和を今なお維持するラーメン屋。


 厨房と対面する形で設営されたカウンター席、奥に家族用のテーブルがあり、古ぼけた雑誌が置いてあると、テレビで見たような古い店舗。


 親父の代から贔屓しているだけに店主とは顔なじみであり、こうして大人数で押しかけても快く出迎えてくれた。


「はい、ひなたちゃん! お兄ちゃんのランチタイムに練習飛び出しただいま参上!」


 注文していたラーメンが届いたのと同時、部活に出ていたひなたがやってきた。

 

 注文は事前にSNSでのやりとりで行っている。


 後はラーメンが来るまで当人が到着するかどうかだが、問題なかったようだ。


「むむむっ! ムカムカ!」


 俺の隣に腰かける藍香はひなたの登場に頬を膨らませているが、家の外では襲いかかりはしない。


 食事時において暴れるのは御法度だと親父にきつく言い含められているからだ。


 清野三家の子息たちが仲良く食卓を囲んでいる光景に重大な意味がある故に。


 今の清野三家は昔のように諍いなく食卓を囲むまでに親密な関係を築いていると周囲にアピールする。


 大人数での食事は金がかかる。


 小遣いなんて高校入ってからもらってないし、バイトで稼いでいる身。


 ただ親父たちから外食するならチェーン店ではなく個人経営の飲食店を条件に資金はしっかり渡されていたりする。


 地元店舗の売り上げ、つまりは地域経済促進も兼ねているからだ。


「はい、おまちどうさま」


 店主の奥さんが注文したラーメンをテーブルに乗せていく。


 ラーメンを受け取った藍香たちがテーブルの上を右に右にと流れ作業で奥にまで行き渡らせる。


「すいませんね。突然押しかけちゃって」


「いいのよ、気にしないで。こっちとしても清野本家の人たちに来てもらえて色々と助かっているんだから」


 奥さんのにこやかな笑みが俺には重く感じるのは家の重さを感じているからか。


「清野か……」


 俺はテーブルを囲む面々を見渡した。


 誰もが美味しそうにラーメンを食べている。


 日頃は騒がしい小学生組も食事時は静かだ。


(こうして三つの清野家が一つのテーブルで食事できるのも親父たちのお陰だな)


 時折思う時がある。


 今はこうして集っていようと、いずれ各々の人生を進み、道は別たれるだろう。


 楓月は将来、医師となり地域医療の発展に貢献したいと考えている。


 全国模試上位に食い込む楓月だ。実現するのにそう時間はかからないだろう。


 ひなたは軽音部のメンバー共々、メジャーデビューせんとする野望を抱いて猛進している。


 演奏ライブを動画投稿サイトに度々投稿しており、再生数も上々ときた。


 妹や弟分たちも将来に夢と目標を持ってはあれこれ挑戦している。


 では俺はどうか――何度も自問したことだ。


 俺は長子として家を継ぐのが生まれた時から定められている。


 他の家々は下の子たちがまだ幼い故、後継については保留中だ。


 もちろんこの土地は嫌いではない。親父たちが発展させてきた土地を引き継ぎ、更に発展させる。


 だが、それは受け継いだだけで自らが得て路を切り開いたわけえはない。


 単に襷を渡されたように、次に継承させるための歯車のようなものだ。


 だからこそ、楽しい食卓を囲む度、空虚に感じてしまう。


 誰も彼もが確固たる夢や目標を持って未知の路を進んでいるというのに、俺は決められた道を進んでいる。


 舗装された路を進む甘ちゃん、人生舐めた小倅、生まれが恵まれただけ等々、その手の陰口を何度も耳にした。


 ――俺には自らが決め、自らが得た無二のものなど何一つない。


 同時に、俺だけが得られるものとは何か?


 自問しても自答には至らないことが俺に益々空虚さを与えていた。 

 

            *


 ふと気づけば、小学生組は全員が全員食べ終えている。


 少し考え事をしたせいか、まだ残っている俺の分に狙いを定めているときた。


 おい、お前ら揃いも揃って野獣の眼光を向けるな。


 ひなた、お前も一応姉なんだから小学生組に混じって同じような目を向けるな。


 軽音部の練習で腹減ってるのは分かるが、口から垂れる涎のせいで姉の威厳が台無しだぞ!


「はい、これうちからのサービスよ」


 ここで助け船、もといサービスの山盛りチャーハンがテーブルにドンと届けられる。


 次いで人数分の小皿とレンゲが並べられた。


「頼んでないけど?」


「いつも贔屓しているサービスよ」


「ありがとうございます。ほら、みんなお礼」


 年長者として楓月が最初にお礼を言う。


 俺も遅れながらも礼を述べた。


「んまい!」


「がつがつ!」


「はむはむ!」


 おい、ひなた。長子として礼を言うのが筋だろう。


 なに小学生組に混じってチャーハンほふって……さっきまで大盛だったチャーハンが呆気なく胃に収まる……俺一口も食べていないのだが。


「そういやさ」


 ふと陽悟が口にため込んでいたチャーハンを呑み込めば、話し出した。


「この前さ、父ちゃんの出張でさ、福岡行ったんだよ」


「ごっくん! 新幹線乗ってバビューって、駅弁美味かったよ!」


 続くように勇陽がチャーハンを咀嚼し終えて言う。


「福岡って名物が豚骨ラーメンだし、あっちこっち店あるから博多駅は豚骨ラーメンの匂いで凄いと思ったんだけどよ」


「びっくりびっくり! ホームから降りるとさ、下からクロワッサンの匂いするんだよね! 豚骨どこよ!」


 ああ、分かる分かる。俺も同じ経験があるから分かる。


 駅構内にも立ち食いソバならぬ立ち食いラーメンがあるほど。


 だが立ち込める香りはクロワッサンときた。


 理由は単純明快。


 ホーム下の改札口真正面にクロワッサン屋があるからだ。


「あとさ、ピヨピヨのお菓子って東京土産じゃなかったんだよ」


「え、マジかよ。このお父さんが東京土産とかで東京の人から受け取ってたの見たぞ!」


 驚く夢月に、あ~それあるよなと俺は頷いた。


 あのピヨピヨのお菓子。売れ行き良いから東京に工場作ったって話なだけで本場は福岡なんだよ。


「後ね、後ね、なんと福岡! 野生の熊いないんだよ! 熊!」


「うっそだ!」


 小学生組の誰もが熊不存在に驚いている。


 本州に位置するここ清ヶ原は山が多いだけあって野生の熊が出没する。


 夏になると餌を求めて人里に現れるなんてザラだ。


 襲われた話なんて珍しいことでもなんでもない。


 昼間に熊が出没しようならば警報に猟友会出動、生徒は校舎に待機など緊急処置が取られるほど。


「なら福岡の人はどうやって熊からの安全策を学ぶんだ?」


 当然の疑問を夢月が出す。


「さあ? 動画のサイトじゃね?」


「でもさ、イノシシとか猿は出るみたいだよ」


「そっか~イノシシや猿は出るのか」


 小学生組の納得する顔は誰もが野生動物は一匹もいないと思い込んでいたようだ。


「どうしたの弟くん?」


 楓月がほのかに笑いながら話かけてきた。


「いやなんか楽しいなって思ってね」


「世界で一番かわいい妹がいるからおにいは楽しいんだよ、だよ!」


 俺の笑顔の裏に隠された虚無の機微に気づいたのか、どっちやらか、藍香が俺の膝の上に座ってきた。


 んっ! 成長期だからか、体重増えたな。


 と口に出せば機嫌が悪くなるので俺は敢えて黙る。


「こりゃあいつらも呼べばよかったかな」


 ふと友の姿を思い浮かべてしまう。


 和気藹々とした食事なのだ。


 あいつらもいればなお楽しく美味しい食事になっただろう。


 やはり清野の家の子だけあって、同世代からは距離をとられるか、疎み喧嘩を吹っかけてくるか、ゴマすりで寄って来るかの三パターンだ。


 それでもやはり同世代で無二の親友はいるというわけで。


「あいつらって誰?」


「あいつらはあいつらだよ。紅樹こうき紅葉くれはの兄妹だよ」


『コウキとクレハ?』


 藍香を皮切りにテーブル囲む誰もが怪訝そうに首を傾げた。


「え? だから紅樹と紅葉だって」


「お兄ちゃん誰ですか? まさか彼女ですか! 可愛い妹をほったらかしにして彼女できたんですか!」


 ひなた待て、落ち着け、どうしてそう飛躍する。


「ふ~ん、弟くんに彼女か。これはもうお姉ちゃんが義妹に相応しき相手か直に確かめないといけないわね」


 楓月、ほの暗い笑顔浮かべるなよ。


 拳握って物理アピールやめろよ!


 それ以前に、ひなた、紅葉はお前と同級生でクラスメイトだろう。


「おいおい、冗談にしてはおふざけがすぎるぞ。去年の夏にみんなで旅行に行っただろうが」


 やれやれと突き刺さる視線に嘆息しながら俺はスマートフォンを取り出した。


「あれ?」


 だが、スマートフォンのフォトライブラリには旅行写真は確かにあろうと、紅樹と紅葉の兄妹の写真は一枚も存在しなかった。


「どういうことだ?」


 この疑問に答えられる者は誰一人としておらず。

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