パソコンデータから見える真実


 空を見上げた。冬空に白黄色の月が見える。時計を見ると、まだ午後五時前である。


「なぜ……、師長は自首したんでしょうか?」と、雪乃は阿久道に聞いた。

「そんなわかりきったことも理解してないのか。かばっているのだ」

「かばう」

「被害者の肋骨が折れた理由が、どうしても引っかかった。心臓に細い針状のもので穴を開けてから、心臓に付加をかければ血流が早まり、死を早める。そんな面倒なことを、なぜ犯人はしたのか? 師長が助けようと、間違って心臓マッサージをしたと考えたほうが辻褄つじつまが合う。犯人が意図したのかもしれない。胸部にできた掌状の痣も師長の掌と一致している。じわじわと殺害しようとしている犯人像とは結びつかない。あるいは、師長の行動を意識していたか」

「では、警視正、犯人に目星がついているんですか?」

「そこをあぶりだすのが難しい。だが、師長がかばっている相手はわかっている」

「麻衣子ちゃんですね」

「そうだ。彼女はクローンだ。そして、性転換を米国でした」

「え?」

「クローンで性別が違う、これはありえない。とすれば、外見的に性転換したと考えうる」

「な、なんで、その、そのようなことを」

「あの、向山という男は何を考えているのか。あるいは、女になりたかったのかもしれん」と、阿久道は言って黙った。


 麻衣子が向山のクローン。俄に信じがたいが、もし、向山准教授が犯人だとしたらと考えると、雪乃は違和感を感じないと思った。つまり、麻衣子は向山なのだ。


「もう一度、一から洗い直そう」

「はい」

「向山の自宅にあったパソコンを証拠品として押収している。データをゴミ箱に入れて消去した履歴の復元を頼んでおいた。家族が見たサイトなどが消されたものだ。復元できたデータを共有フォルダに入れた。大量の愚にもつかないデータの山だ。その中から、何かを探せ」

「何かとは?」

「それがわかれば苦労はしない。が、しかし、それを見つけることができたならば、自ずと解決に至る」


 雪乃は署に戻ると、パソコンを開いた。共有フォルダに新データが入っている。ぱっと見ただけでうんざりした。何万にも見えるアドレスの羅列。


「まったく、人間というものは、ほとんどの時間を無駄に費やすために生きている」と、パソコンを開いた阿久道のうめき声が聞こえた。

「花子」

「はい」

「殺害当日、麻衣子が学校を出たのが四時頃、帰宅するのは四時半頃のはず。こっちに来て見てみろ」


 阿久道のデスクに行き、中央のパソコン画面を見た。


「これだ。三時一分にデータが大量に消去されている」

「師長がしたんでしょうか」

「だとすると、麻衣子をかばっているという推測が崩れる。もし、麻衣子が殺害犯だとしたら、四時半以降でなければ変だ」

「被害者がした」

「それだとしたら、なぜ、この日に限って、これほど大量に消去したのだろうか。なにか隠したいことが、この中にあるはずだ。もし、殺害犯が師長でもなく麻衣子ではなく、第三者だとしたら」

「そうすると、なぜ師長は罪を被るのですか? 麻衣子さんを実子だと勘違いして庇っていると思うのですが。やはり師長が犯人ということに」

「すべての謎は、この中だ」


 消去されたメールやネットのドメイン名は、半年ほどあり、その数は数万に及びそうだ。阿久道が言うには、一般的に個人のページビュー数は月千以上が平均的だという。それから類推しただけでも、この中には六千以上、おそらく万は超える数の内容があるはずだ。


「今からデータをソートしてアルファベット順にする。Zから調べろ。私は頭からいく」

「わかりました」


 デスクに戻ると、膨大なドメイン名がアルファベット順に並んでいた。それを見てすぐに、雪乃は妙なことに気付いた。


「警視」

「なんだ?」

「時間です。夜の時間に、それも午後六時過ぎから十二時くらいの時間にアクセスしていますが、この時間帯は被害者が外出して自宅にいないことが多いのですが」

「そうだ。麻衣子がネットサーフィンしているんだ」と、阿久道が疲れた声で言った。


 Zから調べ始めるとゾーンという項からで、それはマックのサイトだった。時間にして一秒くらいで次に移動している。少なくとも数秒で切り変えているサイトは、ただ単に偶然にそこに至っただけのものなんだと思った。そうして、絞り込んでいけば、もしかすると何かを見つけるのは、案外と早くできるかもしれない。少なくとも、そのサイトを読む時間が長いもの。最も頻繁にアクセスしている所から調べていくことだと考えた。


(つづく)

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