マザー天神ノ宮の夜は祈りで終わる



 その夜も、いつものように修道院の食堂では、十二人のシスター達が質素な夕食に与っていた。それはいつもの静謐で穏やかな時間であった。


「警察の方に、あの日、なにかをお聞きになった方がいらっしゃるかどうか聞かれましたよ」


 夕食後の静寂を破りマザーがたずねた。


「恐ろしいことですわ。御聖堂で……」と、シスター島原が続けた。

「そうですね」

「あの嵐の日に、お外ではそんな恐ろしいことがあったと想像するだけで、ああ、神さま」

「いいえ、わたくしは違うと思っておりますよ」と、マザーが答えた。

「ただ、どうして御聖堂の裏に汐緒さんが安置されたのでしょうか? わたくしは、なんとなくですが、これが慈しみのような気がしてなりません」

「どういうことでしょうか? マザー」

「どなたかが、あの場所に汐緒さんをお運びすることで、少しでも彼女の魂が安らかであるように、深く祈っているように感じるのです」

「そうですか」と、シスター西園寺がつぶやいた。


 つぶやいた西園寺は百歳に近い。いつも聖堂で、うつらうつら眠っているのか祈っているのかわからない。そんな西園寺が口を開いたことにシスター達は驚いた表情を浮かべた。彼女は斜め横に傾けていた不自由な身体を起こすと、小刻みに首を揺すってから続けた。


「私は、夜は眠れないのです。年齢のせいでしょうかねぇ、ねぇ、ねぇ」


 フムフムというように首を振ると彼女は言った。


「だから夜は寝室のカーテンを開けて、いつもお外を見ているのです。恐ろしいほどの風で枯れ葉や枝がとんできて、雨粒が窓を激しく打って、それを見ているのは楽しいものですよ。神さまは、時にとても素晴らしい娯楽を与えてくれます。午前零時を回ったくらいでしたよ、白くて大きい、ほら後部がまっすぐの車」

「ボックスカーのことですか?」

「そういうのですか? その車が御聖堂の裏口にしばらく停車していました」

「シスター、車種とか覚えていますか?」

「車種っていうのは、車の種類ですか? それはわかりませんが、よく病院などで見る大型の白い車でしたよ」

「どなたか、お人をご覧になりましたか?」

「いいえ……。車しか見ておりませんが。十分くらいで消えました」

「十分ですか。お人を運ぶには、随分と早いですね」

「私くらいになりますとね。時間が過ぎるのが若いお人と違い早いのです。もっと時間がかかったかもしれませんね、ねぇ、ねぇ……」


 そう言うと、シスター西園寺は身体を斜めに傾け、小刻みに揺すりながら目を閉じた。こうなると、もう反応がないことをマザーは経験で知っていた。しかし、高齢ではあるが西園寺の頭はまだ明晰めいせきだということも、マザーは理解していた。


(つづく)

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