アドルナート領の調査②


 そして、王都からやって来たアウレア神誓騎士団を迎えた当日……。


 ――天の下僕じゃなく、地獄の使者の間違いじゃないのか?


 俺――家令のジョルジュが真っ先に抱いた感想がこれだった。


 何せついさっき人を殺してきたと言われても納得する凶相の男が、この世の者とは思えぬ美貌の男を二人も引き連れてやって来たのだ。

 思わず、死を覚悟して顔が強張る。


 しかも、凶相の男が連れてきた麗人の内、黒い服を着た方は軍務局の人間だ。国内貴族の不正監査を務める軍務局から来たと言う事は、伯爵家に国が無視できない何かしらの嫌疑がかかっているのと同義。


 ――いよいよ、この家も終わりか……。


 後ろに控えるメイドや使用人たちもそれを察したのか、どこか重苦しい気配が背後から漂ってくる。俺は努めて無表情を意識し、三人を応接間に通した。


「家令殿」


 廊下に出ると、衛兵長のマリオッティ男爵に声を掛けられる。


「どうされましたか、衛兵長」

「いや……顔色が優れなかったので」


 ポンツィオ様が当主になってから二十年以上の付き合いになる衛兵長は、何とも気遣わし気な目で俺を見る。昔から、実直で情に厚いのは変わらない。


「御心配痛み入ります。何、王都からの使者なので柄にもなく緊張しておりましてね」

「家令殿、そういう事を言いたい訳ではなくてですな」

「衛兵長」


 心配そうに言い募ろうとする衛兵長を遮って、俺は確認する。


「ルチアーノ様のご様子は」

「……ご朝食をお食べになってから、部屋でお休みになっています」


 苦虫を噛み潰したような顔で衛兵長は報告を続けた。


「部屋の外と、窓の下、それと自室から応接間までの通路にも兵を置いてありますので、先日のような事にはさせませんぞ」

「頼りにさせていただきます」


 そう。ルチアーノ様は、現在部屋に軟禁状態だ。

 先日のブレッサ=レオーニ伯爵と同じを王都からの使者になぞしてしまった日は、冗談ではなく取り潰しの憂き目に遭いかねない。


 だから薬師ギルドのギルド長に頭を下げて、内密に手に入れた眠り薬を朝食に一服盛った。


 下げた皿は残らず綺麗になっていたし、衛兵長の報告を聞いた限りキチンと効いているようだ。


 主家の人間に一服盛る事に葛藤がなかった訳ではないが、これ以上ポンツィオ様やルチアーノ様の醜態でアドルナート家の評判を落としてはならない、と割り切る事にした。


 まあ今更過ぎる気もするし、ポンツィオ様とルチアーノ様にはとっくに愛想が尽きているので、守った所で意味はあるのかと聞かれれば、答えには詰まる。


 だが彼らの醜聞が『アドルナート家の』醜聞として、この家で働く者たちに及ぶのだけは駄目だ。彼らを束ねる立場の人間として、それだけは許容できない。


「では、旦那様をお呼びいたしますので、私はこれで」

「はっ。持ち場に戻ります」


 そうして衛兵長と別れた後、ポンツィオ様を部屋まで呼びに行った俺は、そのままポンツィオ様に付き従う形で応接間に戻る。


 応接間の三人掛けのソファの前、中央には使者の代表であろうエベルト・フェルナンディと名乗った凶相の男。

 ポンツィオ様から見て左側には、古代の彫像と見まがうほどの端正で筋肉質な銀髪の美丈夫。そして右側には、軍務局のものだろう意匠の異なる黒い制服に身を包んだ黒髪の妖艶な美貌の麗人が立ち、揃って頭を下げて出迎えた。


「顔を上げられよ、使者殿ら」


 ポンツィオ様の言葉で顔を上げた三人だが、意外にも最初に挨拶をしたのは中央に居た凶相の男ではなく、左側に控えていた銀髪の騎士だった。


「お初にお目にかかります。私はアウレア神誓騎士団所属の、ジルヴェスタ・オリヴェーロと申します。こちらは同じく神誓騎士のエベルト・フェルナンディ。お忙しい中お時間をいただき、ありがとうございます」


 ジルヴェスタと名乗った騎士は、自信に満ちた微笑と共に優雅に一礼してみせる。その完璧な所作に圧倒されたポンツィオ様から、感嘆のため息が漏れた。


「初めまして、アドルナート伯爵閣下。私はスティーヴァリ王国軍務局所属の、ベンジャミン・ジュスティーノと申します。本日は調査へのご協力、誠にありがたく存じます」


 続いて右側に控えていたベンジャミンと名乗る軍務局の麗人も、非の打ち所がない一礼を披露した。

 見たものの理性を全て蕩けさせてもおかしくない程の魅力を放つ微笑みに、ポンツィオ様の口元がだらしなく緩んだ。


 ――勘弁してくれ、本当に。


 おそらく見目の良い者を前に立て、警戒心を下げた状態で話を聞くのが狙いだろう。それはいい、よくある手だ。


 だがそれをポンツィオ様にやられるとマズい。

 何せ貴族の身分に胡坐をかいて増長した見栄っ張りな上に、実の息子をこき下ろす事も平気で出来る男なのだ。美丈夫の口車に乗せられて、あれこれ余計な事を言いかねない。


 ――頼むから、頼むから昨日の打ち合わせ通りにしてくれ……!


 鳩尾のジクジクとした痛みに耐えながら心の中で強く願っていると、ジルヴェスタと名乗った騎士が話を進める。


「さて、本題に入る前に。アドルナート伯爵閣下にお伝えしなければならない事があります」


 そう言ったジルヴェスタ殿は、聞き慣れぬ言語をハッキリと発音した。


「【限定起動】」


 次の瞬間、金色の光がジルヴェスタ殿の背後から溢れ出し、とっさに腕で目元を覆う。


 そして光が収まった後、恐る恐る腕を下げれば、ジルヴェスタ殿の背からは黄金の翼が生え、頭上には薔薇を象った光輪をたたえていた。


「アウレア神誓騎士団は、各々が信仰する神より加護を授かり、その力を以って民の

平穏を護る事を務めとしております」


 天の下僕と呼ぶにふさわしい姿となったジルヴェスタ殿が、言い含めるように言葉を紡ぐ。


「私が信仰するのは美の神アプローナス。彼の女神は真なるもの、善なるもの、そして何より美しきものを尊びます。


 その加護を賜る下僕として、私もまたそれらのものを尊重する立場にあり、それらのものを冒涜する行いや言動を許してはならない立場にもあります」


 故に、とジルヴェスタ殿は続ける。


「私の前にて偽る行為、悪なる行為、卑劣なる行為、及びこれらに準ずる発言はくれぐれもお控えください。

 人の神グラーテの誓約により、三度まで過ちを許します。しかし、それ以上となれば……」


 ジルヴェスタ殿は眼光を鋭くして、低い声で言い放った。


「私は神の下僕として、『神罰』を執行せねばなりません――くれぐれも、ご注意を」





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