美神の下僕たち③
「王都よりの使者の方ですね。お話は伺っております。家令のジョルジュと申します」
「アウレア神誓騎士団のエベルト・フェルナンディだ」
アドルナート伯爵邸の大広間で俺――エベルト・フェルナンディを出迎えたのは、疲れ切った顔をした壮年の家令だった。
後ろに控える使用人たちや衛兵たちも、表情にこそ出してはいないが、雰囲気は皆一様に暗い。
「同じく神誓騎士団、ジルヴェスタ・オリヴェーロだ。そして」
「軍務局より参りました。ベンジャミン・ジュスティーノです」
俺の後ろに控えていた美丈夫二人が挨拶をする。
普段なら美神の下僕である二人の美貌と洗練された仕草に、周りの人間は感嘆の溜息を零し、女性たちは黄色い声の一つでも上げるものなのだが……。
「……どうぞ、こちらへ。当主をお呼びいたしますので、応接間にていま少しお待ちいただきたく存じます」
家令のジョルジュを始め、アドルナート伯爵邸の使用人たちの表情は変わらずに暗い。それどころか、処刑寸前の死刑囚にも似た悲痛さを漂わせている。
おかしい。明らかにおかしい。
――俺らが来る前に何かあったか、こりゃ。
家令の案内で応接間に通された俺たちは、三人掛けのソファに並んで腰かけた。真ん中に俺を挟んで右隣りにジルヴェスタ、左隣にベンジャミンが腰を下ろす。
家令が一礼をして立ち去った後、重苦しい空気の中で口火を切ったのはベンジャミンだった。
「なんだか、監査を執行した時みたいですね」
「監査って、軍務局の監査か」
ベンジャミンは「ええ」と頷き、長い脚を組んで話し始める。
「仕える貴族の不正が明らかになり、長年就いた仕事を辞めざるを得ないかもしれない。自分たちも処罰されるかもしれない。
どうなるにせよ、今までのような安定した暮らしは出来ないだろう……と、一種の諦めの境地に入った人間の顔でしたね」
「ふむ。しかし今回は、チャールズ殿の証言が事実か否かを確かめるための調査だろう? こう言ってはなんだが……使用人たちがそこまで深刻にとらえることかね?」
ジルヴェスタの疑問に、ベンジャミンは「さあ」と肩をすくめて返す。
「あくまで僕の経験則ですから、確実ではありませんよ。ただひょっとすると……」
ベンジャミンは、俺の顔を見てクッと口角を上げる。
「エベルトの顔が怖すぎて委縮してただけかもしれません」
「なんで唐突に俺の顔をこき下ろすんだよお前は」
「やだなあ場を和ませようとしただけじゃないですか」
思いっ切り睨み付けた俺に、ベンジャミンは飄々と肩をすくめてみせる。ジャンニーノからもよく『顔が怖い』と言われるが、何十年も見慣れた自分の顔にどうとも思いはしないのだ。
「ところでエベルト。確認なのだが」
おもむろに口を開いたジルヴェスタに、俺はベンジャミンを睨むのを止めて顔を向ける。
「今回の調査、私以外にも高位貴族出身かつ、手が空いている騎士は何人かいたが、副団長は私を指名してきたのだ」
「ああ、俺も副団長から聞いてる」
一昨日の野営地での一件で、俺はチャールズに命を救われている。
そんな俺が聴取を行えば、チャールズに有利な調査結果を出してしまうかもしれない。
そこで公正な調査結果を得るために、野営地の一件にもチャールズ本人にも関わっていない神誓騎士が主導となって聴取を行う必要があった。
さらに今回の聴取する相手の身分は伯爵。礼を失しないためにも、高位貴族出身の騎士が応対しなければならない。
だが、その中で今回の調査に選ばれたのが、美神の加護を持つジルヴェスタであることには、大きな意味がある。
「そういう事で良いのかね?」
念を入れて確認してきたジルヴェスタに、俺は頷いた。
「おう、それでいい。お前の加護、当てにさせてもらうぜ」
「ふむ。存分に頼るといい」
そのやり取りを終えると同時に、応接間の扉が叩かれる。
「失礼いたします。当主のポンツィオ様がお越しになりました」
壮年の家令の声と共に扉が開かれた。俺たち三人は立ち上がり、頭を下げて出迎える。
「顔を上げられよ、使者殿ら」
許可に従って、俺たち三人は頭を上げた。
――あー、これは……
その姿を見た瞬間、『怠け者の禿鷹』という言葉が頭に浮かんだ。
ふくよかな腹を揺らしながら入って来たのは、頭髪がいささか乏しい四十代ほどの男。
目の色こそチャールズと同じオリーブ色ではあるが、全くもって彼とは似ていない傲慢さの滲み出る目つきで、こちらを値踏みするようにジロジロと遠慮のない視線を寄こしてくる。
――これは……チャールズとは相容れねえだろうなあ。
それが俺の、アドルナート伯爵に対する第一印象だった。
俺はジルヴェスタに目配せをすると、ジルヴェスタは『心得た』と視線で返して口を開く。
「お初にお目にかかります。私はアウレア神誓騎士団所属の、ジルヴェスタ・オリヴェーロと申します。こちらは同じく神誓騎士のエベルト・フェルナンディ。お忙しい中お時間をいただき、ありがとうございます」
そう言って微笑を浮かべながら優雅に一礼をしたジルヴェスタに、アドルナート伯爵から感嘆のため息が漏れる。
「初めまして、アドルナート伯爵閣下。私はスティーヴァリ王国軍務局所属の、ベンジャミン・ジュスティーノと申します。本日は調査へのご協力、誠にありがたく存じます」
「う、うむ。王都より、遠路はるばるよう参られたの」
続いてベンジャミンも同じように一礼すると、アドルナート伯爵は一気に相好を崩した。初対面の人間に『踏んでくれ』と頼まれるだけの美貌は、伯爵にも通用したようだ。
伯爵が俺たちの正面に座ると同時に、俺たち三人も再びソファに腰を下ろす。家令のジョルジュはアドルナート伯爵の後ろに控える。
こうして俺たちは、アドルナート伯爵からの聞き取りを始める事になった。
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