美神の下僕たちとアドルナート領の調査
美神の下僕たち①
「ジル様ー! 目線くださーい!」「ああ、なんて神々しい佇まい……!」「キャー! こっち向いてくれたー!」
――やっぱりこうなってたか……
王都北側の神殿街。文字通りスティーヴァリ王国が崇める神々の神殿が立ち並ぶ街で、俺――神誓騎士エベルト・フェルナンディは、広場の一角で盛り上がる人だかりを見てげんなりとしていた。
あの野営地での一件から二日、新たな任務としてアドルナート領での裏付け調査を命じられた俺は、調査に赴くもう一人の同僚と旅神メルキュリースの神殿で待ち合わせをしていた。
しかし肝心の同僚が待ち合わせ五分前になっても現れず、嫌な予感を胸に探しに行ってみれば案の定、神殿から少し離れた所にある広場で同僚が女性たちに囲まれていた。
俺は小さくため息を吐いてから、人垣の中心にいるであろう同僚に呼びかける。
「おーいジルヴェスタ! 迎えに来たぞー!」
同僚を囲む人垣の外側に居た女性の何人かが突然の大声に驚いて振り向くが……知ったこっちゃねえ。こっちは仕事なんだ。
「ふむ……すまない、皆。道を開けてくれまいか」
「「「はい! ジル様!!!」」」
人だかりの中心に居た同僚のひと声で女性たちが一斉に道を開ける。同僚は道の真ん中を堂々と歩いてきた。
紺色の騎士服に包まれた、鍛え抜かれた細身ながらもがっしりとした体躯からスラリと伸びた手足。高位貴族出身ゆえの堂々とした立ち振る舞いが女性たちの目を一身に惹きつける。
腰まで伸ばした銀髪をたなびかせながら、孔雀色の瞳を煌めかせる美丈夫が、俺の前で立ち止まった。
「遅れてしまって申し訳ない、エベルト。私が……美しい余りに!」
前髪を掻き上げながら、同僚――ジルヴェスタ・オリヴェーロは、ちょっと意味わかんねえ言い訳を真っ直ぐな目で言い切った。
「任務の時は馬車移動か加護で地味な格好しろって言ったろ、ジル」
「ふむ。君のいう事は正しい、エベルト。しかし私の場合……それは信仰に反するのだ!」
ジルヴェスタは芝居がかった動きで右手を胸に当て、左の掌を天に向けて翳す。
「
それなのに『人々の目から美しさを隠すため』の振る舞いをするなど……私には、できないっ!」
「「「キャーーー!!! ジル様ーーー!!!」」」
そう言ってくっ、と悔し涙を浮かべながら自分の身体を抱きしめるようなポーズを決めたジルヴェスタに向けて、周りの女たちから再び歓声があがった。
埒が明かねえと判断した俺は、ジルヴェスタの首根っこを掴んで旅神の神殿の入り口を視界におさめる。
「【限定起動】【
旅神の加護による瞬間移動で、神殿の入り口へ移動。周りに居た参拝客の奇異の視線を受け止めながら神殿に入り、首根っこを掴んだままのジルヴェスタを神官用の通路に引き摺って行く。
「ふむ、エベルト。同僚とは言えいささか無体では?」
「遅刻しといて文句言うんじゃねえ。時間も押してる上に、奥でもう一人待たせてんだよ」
「もう一人?」
周りに人がいなくなったのを見計らってジルヴェスタを解放し、早足で歩きながら説明する。
今回の任務は、二日前の野営地の一件で保護したチャールズがアドルナート領を追放された経緯の裏付け調査。
本人曰く『薬師として進めていた事業の利益分配でもめて飛び出した』とのことだが、それが真実だと鵜呑みにはできない。
たとえばそれが全部作り話で、実際は領地に置いておけないくらいの馬鹿やってほとぼり冷めるまで追放処分にされている、なんてこともある。
――まあチャールズに限ってそれはねえ、とは思うがな。
「ふむ、そのチャールズ殿の活躍は聞き及んでいる。なんでも、古代精霊の契約者だとか」
「そう。その古代精霊について調べるために、軍務局から調査に同行させろって言われたんだとよ」
そこまで説明した所で、待ち合わせのために割り当てられた部屋に到着。扉を叩いて、中の人物に声をかける。
「ベンジャミン、戻ったぞ」
「お疲れ様です、どうぞ」
中から聞こえた艶やかな声の返事を受け、俺は扉を開けて部屋に入った。
軍務局の黒い軍服をまとった色白の美青年が、一人掛けのソファに座って暖炉の前でくつろいでいた。
首元で切り揃えた艶のある黒髪が顔を向けた拍子にハラリと顔にかかり、濃紫の切れ長の瞳が妖しさを宿してこちらを捉える。
軍務局から寄こされた人員こと、
「悪いな、遅くなっ――」
「いえ、お気になさらず……どうかなされましたか?」
ことん、と首を傾げるベンジャミンの足元を見て、俺は頬を引きつらせる。
「え、それどういう状況?」
「ああ、足置きですね」
ソファから真っ直ぐ伸ばした軍靴に包まれた長い脚の下で、神官服のおっさんが四つん這いになって恍惚の表情を浮かべていた。
「『僕の美しさに奉仕しなければ気が済まない』とのことでしたので、ご希望通りにさせていただきました」
「他所の神の神官を魅了してんじゃねえよお前は」
「致し方ないでしょう? 僕が美しいのは事実なのですから」
そう言ってベンジャミンがおっさんの背中を爪先でチョンと小突けば、おっさんが「アフン」と喘ぐ。
「……まあいい、とにかく移動を――」
「よくはないぞ、ベンジャミン! 我が同胞よ!」
俺が盛大な溜息を吐きつつ部屋を出ようとした所に、俺の後ろにいたジルヴェスタが待ったをかける。ベンジャミンはジルヴェスタを視界におさめた途端、先程までの妖艶な態度から一変して、盛大な舌打ちをかました。
「なんですかジルヴェスタ。僕の信仰の在り方にどんな文句が?」
「ベンジャミン。確かにお前は美しい。だがその美を根拠にした傍若無人な振る舞いは、却って我らが女神の品格を貶めることに繋がろう!」
厳しい口調で詰問するジルヴェスタに、ベンジャミンは呆れた口調で反論する。
「先程も説明しました通り、僕はこの方からの自主的な奉仕を受け入れているだけに過ぎません。
あなたの身勝手な主張で『美』に対する奉仕を拒む方が、むしろ我らが女神の有り様に反する事ではありませんか?」
二人は声を荒げる事こそないが、有無を言わさぬ口調で互いの信仰を主張し始める。
「お前にとってはそうだろう。だが、周りの者はどう思う? 他の神に仕える神官に膝をつかせ、あまつさえその背に足を乗せるなど。周りが気分を害するような行いを、信仰などと呼ぶべきではない」
「その言葉はそのままお返ししますよ。遅刻したのもどうせ『自分の美で女神の威光を人々に伝えるため』とかいうのが理由でしょう? 僕の振る舞いを責める前にまず己を省みてはいかがです?」
「なんだと?」「なんですか?」「アフン」
険しい顔のまま自分の主張を一歩も譲らぬ美丈夫二人、ベンジャミンが足を組みかえる度に喘ぐおっさん。
――うん、埒が明かねえな。
収集がつかなくなってきた部屋を背に、俺は無言で扉を開ける。
そして廊下が視界に収まるように回り込み、言い争う美丈夫二人の肩に手を置いた。
「【限定起動】【
旅神の加護による瞬間移動で、美丈夫二人を廊下に放り出した。
「むっ!?」「うわっ!?」
突然【転移】させられた二人はバランスを崩して廊下で無様にすっ転がる。
俺は再び扉の前に向かい、尻餅をついた二人を仁王立ちのまま見下ろして言った。
「神誓騎士として信仰熱心なのは結構だが……今は仕事中だろうが!!! てめえらの喧嘩で無駄な時間使ってんじゃねえ!!!」
「「申し訳ない/ありませんでした」」
ブチ切れた俺の怒鳴り声に二人は居住まいを正して即座に謝る。
俺はグルリと振り向いて、四つん這いのまま呆然としている神官のおっさんを睨みつけた。
「おい」
「ヒッ!」
「案内」
「は、はひいぃいい!!」
慌ただしく立ち上がった神官のおっさんの後に続いて、俺たち三人は神殿の奥に向かう。
――ったく、先が思いやられる面子だな……
こうして俺はアドルナート領の調査に、不安しかない顔触れで挑むのだった。
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