価格交渉③


「こちらで作った強化回復薬ハイポーションが重要機密……ですか?」

「ニャー?」


 神誓騎士団団長アンドレアス殿の言葉に、チャールズ坊ちゃまと私――カンタリスは、揃って怪訝な顔で首を傾げました。


「まあそうなるよね」「……妥当な措置かと」「あれはしょうがないね!」


 隣に座るジャンニーノ殿が私と坊ちゃまにやや呆れたような眼差しを向け、正面に座る副団長のナーシャ殿はそっと目を伏せ、軍務局の意向で価格交渉に来たチェチーリア殿までも力強く頷く始末――どうしましょう、味方がいません。


「順番に説明するとね。君達の作った強化回復薬ハイポーションの存在を公表してしまうと国内も国外も大変なことになっちゃうんだよ」


 皆様の反応に苦笑いを浮かべたアンドレアス殿が続けます。


「まず国内。今までよりずっと効能が高い上、見た目にも美しい強化回復薬ハイポーションがあるなんて知られた日には、王都の貴族たちがこぞって作り手を囲い込もうとしちゃうんだ。

 それこそ、王都が半包囲されている現状なんてお構いなしでね」


「政争の元となる、と」

「下手すれば内乱かな。貴族籍を抜けたとは言え、同じ王都住まいの身として恥ずかしいよ」


 ヘラリと笑って肩をすくめたアンドレアス殿でしたが、一転、居住まいを正してチャールズ坊ちゃまに向き合いました。


「もっと危ないのは、国外だ。神誓騎士に効く魔法薬の存在が明らかになれば、隣国――ロマーネル神国が黙ってない」


 ロマーネル神国。

 たしか、三百年前にボルジアが暴虐王ロマーネルを弑した後、その係累たちが落ち延びて作った国でしたか。

 それまで差別してきた亜人たちや、政策に反対した貴族たちから散々追い回されたと精霊の噂で聞きましたが……よくぞまあ懲りずに国を建てたものですね。


 しかしなぜ、その神国とやらが私たちの強化回復薬ハイポーションを狙う事に繋がるのでしょうか?


「神国の主戦力が、神誓騎士たちだからですね」

「そうそう。暴虐王時代の名残と言うか、負の遺産と言うか……おかげで小国だけれど、油断ならなくってね」


 ああ、そう言えば。暴虐王ロマーネルの命で亜人弾圧の実働部隊として働いたのが、当時の神誓騎士団でしたね。

 おそらく、ロマーネルの係累たち共々王国を追われ、身を守るために神国を建てたのでしょう。


 天の神々に誓いを捧げて得た一騎当千の力を以って、建国当時から国を守る要として採用され続けている、と。


 なるほど。そのような国ならば、坊ちゃまと私が作る強化回復薬ハイポーションを欲するのも無理はありません。

 しかも暴虐王の係累が治める国なのですから、精霊その契約者坊ちゃまへの扱いは、推して知るべしでしょう。


「という訳で。公になっちゃうと内憂外患を一気に引き起こす可能性の高い強化回復薬ハイポーションの存在は、機密情報として扱う事になるから、くれぐれも他言無用でよろしくね」


「なるほど……わかりました。それで、はありますか?」


 チャールズ坊ちゃまが視線を向ければ、チェチーリア殿は待ってましたとばかりに、懐から一枚の封筒を取り出し、両手で差し出しました。


「はい! こちら軍務局局長ドラーツィオ侯爵閣下からのお手紙になります!」

「拝見します。レターナイフをお借りできますか?」


 封筒を両手で受け取ったチャールズ坊ちゃまは、まず封蝋を確認しました。

 封蝋にされていたのは飾り文字のD。軍務局とやらの紋章や家紋ではなく、自身の姓の一文字目だけという事は、ドラーツィオ侯爵個人からの私信という形式になりますね。


 坊ちゃまはナーシャ殿から受け取ったレターナイフを使って封筒を開け、中の手紙に目を通します。


『大恩ある薬師チャールズ殿』


 この一文から始まった手紙には、まず二日前の野営地での一件で地の神ゴルゴンを退去させ、さらには騎士たちの命を救った事への謝礼が書かれていました。


 その後、私たちが作った強化回復薬ハイポーションの存在と効果が国内貴族や諸外国、とりわけロマーネル神国に知られる危険性に触れ、他言無用を念押しした上で、具体的な条件が次のように書かれていました。


 ・強化回復薬ハイポーションの存在および製法を第三者に伝えない

 ・アウレア神誓騎士団所属の騎士以外の者に使用しない

 ・他の貴族や商人、外国人(特にロマーネル神国の人間)に売らない・渡さない

 ・強化回復薬ハイポーションおよび古代精霊の力目当てに接触してきた人物がいれば、神誓騎士団から速やかに軍務局に伝える


 そして、以上の条件を守る対価として、次のことが挙げられておりました。


 ・一本当たり金貨三十枚までの強化回復薬ハイポーションの買取り金額上乗せ

 ・強化回復薬ハイポーションおよび古代精霊の力目当てに接触してきた人物への対応代行

 ・その他、予算内で叶えられる要望


「……うーん……これは……」


 手紙を読み終えたチャールズ坊ちゃまが、腕を組んで唸ります。


「はい! チャールズお兄ちゃんに質問!」

「どうしたのジャンニーノ」


「さっき、団長から薬のこと内緒って言われた時にもう、軍務局から何か条件が出てくるって分かってたっぽいよね? なんで?」


 コテン、と首を傾げるジャンニーノ殿に、坊ちゃまが説明を始めました。


「まず、ジャンニーノ。俺と軍務局ってどういう関係だと思う?」

「関係……関係以前に接点がないよね?」

「そう、今の段階ではお互い無関係なんだ」


 前提を確認した坊ちゃまは、ジャンニーノ殿に向かって続けます。


「じゃあジャンニーノは、初めて会ったばかりの無関係な人間にああしろこうしろって命令されたらどう思う?」

「は? ふざけんな。無関係の人間に指図されたくないし、そもそもオレは神誓騎士団の騎士だから、団長以外の言う事聞く必要もないじゃん」


「そう。俺も無関係の人間に自分が作った薬の使い道を指図されたくないし、言う事を聞く義理もない。それは誰にでも当てはまる考え方だし、ドラーツィオ侯爵もこの考え方を理解している。

 


 坊ちゃまはジャンニーノ殿に便箋を渡し、条件が書いてある箇所を指で示します。


「『強化回復薬ハイポーションの存在が公になると大変なので、こちらの取引に制限を掛けさせてください』

 『代わりに、強化回復薬ハイポーションの買い取り価格を上乗せして利益を保証し、俺と強引に取引をしようとする人たちの対応を代わりにします』――こういう形で俺に利益を提案することで、これまで接点のなかった軍務局からの提案を受け入れてもらいやすくするんだ」


 しかも、と坊ちゃまは封筒の裏にある印章を見せます


「立場や身分でごり押ししてこないから、反発しにくい。多分、俺が伯爵家を出奔して来たことを踏まえた上での個人印章だと思うよ」

「そこまで考えるものなの?」

「貴族だからね。充分ありえるよ」


 チャールズ坊ちゃまはそう言うと、手紙を持ってきたチェチーリア殿に向き合います。


「チェチーリアさん、お手紙拝見いたしました。こちらに不利になる条件もないので、提示した条件には概ね同意いたします」


 ただ、と坊ちゃまは続けます。


「こちらからの要望や価格については、後日改めて細かい条件をお話させていただきたく存じます。それまでは、引き続き金貨一枚で神誓騎士団のみに卸させていただきます。

 急なお話でしたので、この場でお答えできるのは此処までになりますが、他になにかありますか?」


 チャールズ坊ちゃまの答えに、チェチーリア殿は笑顔で頷きます。


「条件は概ね同意、具体的な要望は後日ですね! 全然大丈夫です! 急なお願いなのにありがとうございました!」

「いえ。ここまで丁寧な交渉をされたら、断る理由がありませんからね」


 そう言った坊ちゃまは困ったような笑みを浮かべつつも、チェチーリア殿と握手を交わしました。



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