王城の夜更け

王城の夜更け①


「で、チャールズ・アドルナートと何を話してきたのかね? グランドーニ卿」

「やだなあ、ただの事情聴取ですよ。ドラーツィオ閣下」


 僕――神誓騎士団団長アンドレアス・グランドーニは、向かいのソファに座る軍務大臣のドラーツィオ侯爵閣下の言葉に肩をすくめる。


 チャールズとスフォルツァ女史を交えた濃密な対談を終え、王城に戻ってすぐ閣下の執務室に呼び出された。

 執務室は豪奢さよりも、素材の質で魅せる調度が揃えられている。軍務を司る閣下らしくて、無駄がない。


 僕はお茶請けに出された焼き菓子アマレットをつまんで口に放りこんだ。アーモンドの風味と蜜のほのかな甘みが、疲れた頭に嬉しい。


「団長、すっごく美味しそーに食べるねー! 甘いもの好きだったっけー?」


 僕が茶菓子を堪能していると、閣下の後ろに控えていた軍務局の黒い軍服を着た少女が口を開く。


 チェチーリア・ミンニーティ。二つ縛りの波打つストロベリーブロンドに、クリッと丸い薄緑の目が愛くるしい印象の、快活な少女だ。確か今年で十四歳。

 ジャンニーノが彼女と同じく智神アルテネルヴァの加護を持つまでは、彼女が神誓騎士団の最年少だった。


「仕事中ですよ、わきまえなさいチェチーリア」


 そしてチェチーリアをたしなめたのが、同じく軍務局の軍服に身を包んだ、絶世の美丈夫。


 ベンジャミン・ジュスティーノ。ベルベットのように艶やかな黒髪に、妖しさと儚さの両方を宿す、濃い紫の切れ長の眼。

 シミ一つない白い肌の上にその瞳と通った鼻筋、薄紅色にうるむ唇がこれ以上なく完璧に配置されていて、見る者をあおりたてるような色気をかもし出している。

 美神アプロナースの下僕しもべに恥じない美貌は相変わらずだ。


「チェチーにベンくんも、半年ぶりかあ。元気そうでよかったよ」


 そう言うとチェチーリアはニパッと満面の笑みを浮かべ、ベンジャミンも妖艶な微笑みを返す。


 アウレア神誓騎士団では毎年、数名の騎士を軍務局へと出向させている。


 王国最強戦力として名高い僕らではあるが、ぶっちゃけ平時はやる事がない。訓練と、国の祭典や式典でのパフォーマンスくらいだ。


 しかし軍務局は違う。

 彼らの仕事は国内外の情報収集。国内の貴族の不正調査から国外での諜報・工作まで、一年を通して働く時間も場所も問わない、間違いなく王国で一二を争う多忙な職場だろう。


 なので僕が団長に就任してから、一年の期限付きで数名の騎士を助っ人として貸し出している。

 助っ人に行った騎士たちの話を聞く限り、智神の【鑑定アナライズ】で国内に侵入した間諜を見抜いたり、旅神の【転移アスポート】で国外の諜報員への物資の支援が容易になったりと、その恩恵は計り知れないそうだ。


 神誓騎士の方も、持て余しがちな加護を思う存分発揮でき、普段目にする機会のない諜報の仕事を間近に見ることで良い刺激を受け、騎士団ではできない経験を積んで成長してくれるので、お互いに利がある交流を続けられている。


「ところで、なんで二人を連れてきたんですか、閣下?」

「こちらの質問に答えるのが先だ」


 閣下はぞんざいにテーブルの上に紙束を放った。今朝の会議用に神誓騎士団から提出した報告書だ。


「貴殿があの場で全てを正直に話す愚か者でないことは、重々承知している。

 だが、こちらにまで情報を封鎖されてしまうと、今後の動きに支障をきたす。

 半月前から続く物資襲撃に今回の野営地の一件……王国に仇なす輩を迅速に捕らえるためには、無駄な労力を使うことは避けたいのだよ」


 要約するに、『隠してること全部吐け』である。伊達に王国の諜報を一手に引き受けている訳ではない。僕が何かを隠しているくらいはお見通しだ。


「いやあ、流石は閣下ですなあ。後ろの二人は、僕への要員ですか」

「で、こちらの質問には答えていただけるのかね?」


 閣下は否定も肯定もせず、僕へ圧をかけてくる。

 もし僕がここで情報を出し渋ろうものなら、後ろの二人に加護を使わせてでも吐かせるつもりなのだろう。

 智神アルテネルヴァの加護はともかく、美神アプロナースの加護は個人的に喰らいたくない。



 ――まあ、全部隠し通せるとは最初から思ってないよ。



 僕は無言で、懐から取り出したをテーブルの中央に置いた。


「――っ、これは……!?」


 一瞬浮かんだ閣下の怪訝けげんな表情は、直ぐに驚愕へと変わる。


強化回復薬ハイポーション……なのか? だが、この輝きは……?」


 テーブルに置いたのは、チャールズとカンタリスが作った強化回復薬ハイポーションだ。


 市販のものとは比べ物にならない、銀河をそのまま汲み取ったかのような神気エーテルの輝きに、閣下だけでなく後ろの二人も呆気に取られている。


「うーわ何それ! キラッキラ! 視ていい? っていうか視るね!」


 言うが早いかチェチーリアが、両手を頭上にかざした。


「【限定起動】!」


 そう唱えた彼女の両手の中に、白い光とともに、薄桃色のレンズがはまった金縁の丸眼鏡が現れる。


【限定起動】――神誓術を、生身で行使できる出力に限定して発動する裏技だ。


 神誓術は神々の力の一部を肉体に降ろす降霊術であるが、神々の力は生身の肉体で扱うには強すぎるため、神気エーテルで作られた疑似神体を必要とする。


 しかし【限定起動】で出力を限定することで、いちいち疑似神体を構築せずとも即座に神誓術を発動できるのだ。

 出力を落とした分、加護の効果も大幅に落ちるという欠点はあるが、それでも尚もたらされる恩恵の方が大きい。


 【限定起動】で呼びだした、自分の顔の半分を覆う大きさの眼鏡を装着したチェチーリアは、閣下の後ろからテーブルに置かれた強化回復薬ハイポーションを覗き込む。


「んーやっばいねコレ! 市販の強化回復薬ハイポの千倍近い神気エーテル量! あと回復薬ポーション本体の濃度も半っ端ない!

 これクラリッサちゃんが癒神の加護で作った霊薬ソーマ並みじゃない!?」


「チェチーリア、それは神誓騎士僕たちにも効くほどの薬であると?」


 思わずといった感じにベンジャミンが問えば、チェチーリアは興奮も露わにまくし立てる。


「効く効く! ぜったい効く! これで効かなきゃおかしいでしょ! ねえ団長、これ何!? どこで手に入れたの!? ねえねえねえー!!!」


 ソファの背に手をかけて身を乗り出しながら叫ぶチェチーリアに、閣下が顔をしかめる。

 ベンジャミンが視線で続きを促すので、僕はニヤリと笑って言った。


「チャールズ・アドルナートが作った、本人曰く強化回復薬ハイポーション。カンタリス――古代精霊との合作だよ」





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