王城の夜更け②
「古代精霊の力で作る
軍務大臣兼、軍務局局長のドラーツィオ侯爵閣下が、チャールズの作った
僕――神誓騎士団団長アンドレアス・グランドーニは、閣下の後ろに控える、出向組の二人の反応を窺う。
「ほぁー
ストロベリーブロンドを二つに結ったチェチーリアは、ソファから身を乗り出してまじまじと
「団長、この薬を手に入れた経緯を
美神の加護を持つ黒髪の美丈夫――ベンジャミン・ジュスティーノが、余韻の残る柔らかな声で僕に問い掛けた。ドラーツィオ閣下への説明も兼ねて、僕は居住まいを正して説明する。
「報告書には書いていませんが、地の神ゴルゴンの攻撃を受けた現場の騎士が
「うそ、誰!?」
「ジャンニーノ・ピアーニ騎士。智神の加護で地の神を観測しようとして、『邪視』と『石化』の呪いをまともに喰らいました」
「ジャンニ君!? 団長、ジャンニ君は無事なの!?」
ソファの背を掴んで前のめりになって、ジャンニーノの安否を確認してくるチェチーリア。
同じ智神の加護を持ち、騎士団内で唯一自分より年下のジャンニーノは、彼女にとって大事な弟分なのだ。
「無事だよ、その薬のおかげでね」
僕は机の上に置いた
「報告によれば、ピアーニ騎士にその
「なるほど……それで貴殿は、この薬を神誓騎士団で独占するために報告しなかったと」
閣下は非難がましい目で僕を見たが、知ったこっちゃなかった。
「
僕の言葉に、閣下がため息を吐いた。この
「閣下、団長。よろしいでしょうか」
ここで再び、閣下の後ろに控えていたベンジャミンが口を開く。
「なんだ」
「薬の効果を、私の身で確認させていただきたく存じます」
もっともな提案だった。僕も薬の効果を自分の目で確認したわけではなかったので、丁度いい。
「僕は構わないよ」
「……部屋は汚すな」
僕たちの許可を得たベンジャミンは改めて深く一礼し、「失礼」と一声かけてソファの後ろを離れ、僕と閣下の間にあるローテーブルの隣に移った。
ついでにチェチーリアも反対側のテーブルサイドに移動し、ベンジャミンの正面に陣取る。
ベンジャミンは跪いて上着をテーブルの上に広げ、シャツを捲った左腕をその上に突き出した。
「【限定起動】」
そう唱えると、右手に嵌めていた手袋が黄金の短剣に変わり、白い掌に横たわる。そのままクルリと短剣を一回転させて逆手に持って、真下に伸ばした腕を迷わず貫いた。
反対側から突き出す切っ先から落ちた血の雫が、ポトリと一滴、上着に落ちる。
「――っん……」
唇を引き結んだまま短剣をゆっくりと引き抜けば、傷口からあふれ出た血が上着のシミを増やし拡げた。
「【変われ】」
引き抜かれた黄金の短剣は、その一言で止血帯に変化して腕に巻き付く。そしてベンジャミンが
煌めく星屑が肌に触れた瞬間、刺し傷が跡形もなく消えた。
「……………………は?」
目の前の現象に理解が追いついていないベンジャミンが、喉の奥から
「…………傷が、消えた…………」
ドラーツィオ閣下も、辛うじてそう口にするのが精一杯だったのだろう。先程まで鮮血を溢れさせていた傷口があった場所を凝視したまま固まっている。
チェチーリアに至ってはテーブルの上で四つん這いになり、短剣の刃が貫通した側――薬がかかってないのに既に傷口が塞がっている肌を、鼻先がつきそうなほど近くで覗き込んでいた。
僕は固まる三人を横目に、再び
――チャールズくん、ちょっとお!?!? ここまで効くとか聞いてないけどお!!?
平静を装いながら、内心で色々と規格外な青年に思いっ切り八つ当たりした。
「これは……既存の魔法薬とは比べ物にならんぞ……表には出せんな。見栄の張り合いどころか、戦争が起こるぞ」
「他国への流出など、考えたくもありませんね」
チャールズ謹製の
そんな二人に若干の申し訳なさを感じつつも、僕は更なる情報を畳み掛けることにした。
「その
三人分の視線が一斉にこちらに注がれる。僕はコホン、とわざとらしく咳払いをした。
「なんと、神誓術の効果を底上げすることが確認されてるんですよ」
一瞬の沈黙の後、最初に手を挙げたのはチェチーリアだ。
「はいはいはい! 底上げって具体的にどういう感じ? 確認って誰がしたの?」
「エベルト・フェルナンディ騎士。旅神の加護を強化して、野営地に居た王国騎士二十人を王都の正門前まで一度に運びました」
「エベさんヤバいね!? 二十人一気に【
このやりとりを聞いた閣下とベンジャミンも目を剥いた。
神誓術による加護を使う時、術者は自分の持つ
転移距離が長ければ長い程、対象の
旅神メルキュリースの加護を受けた騎士が一人で、王都から半日の距離にある野営地まで一度に運べる人数となれば、せいぜい四、五人が限界だろう。
それ以上であれば確実に
それを、一度に二十人。
しかもその後に平然と活動できるともなれば、チャールズとカンタリスによって作られた
「閣下の仰る通り、この
僕の言葉を聞いた閣下の目が鋭くなる。
「具体的な交渉内容は?」
「まず『買い取った分は全て神誓騎士団内で消費し、外部には存在を秘匿する』というのは、向こうからも提案されてます。
細かい所は明日
「金貨一枚!? 正気か!? 安すぎるだろうが!! 良からぬ連中が高値を付けて買い占めたらどうする!?」
薬の効果を間近で確認した閣下が声を荒げた。やっぱ安いよね? 僕の感覚がずれてるわけじゃなくてひと安心。
「あちら曰く、『売る気のない相手とはそもそも商談をしない。長期にわたって安定した取引が見込めるから、無理なく買い続けられる値段を提示した』そうですよ。
閣下は盛大に顔を顰めたあと、ぬるくなった紅茶を一気にあおってこう言った。
「軍務局からも購入経費を出すと、そちらの副団長に伝えておけ。一本当たり金貨三十までなら上乗せして構わん」
「あ、閣下。チャールズ・アドルナートがB
「その辺りのさじ加減は、明日の交渉で決めろ。他所に流れるよりマシだ」
「ありがとうございます、閣下」
僕は紅茶を飲み干して、閣下の後ろに戻っていたベンジャミンに声を掛ける。
「ベンくん、紅茶のお替りもらっていい?」
言葉の裏を汲み取ったベンジャミンが、閣下に視線で確認を取る。
怪訝な目を向けてきた閣下を、僕は正面から見返した。
「……ジュスティーノ、私の分もだ」
「かしこまりました、閣下。チェチーリア、手伝ってください」
「え? あー、はいはーい」
遅れて気付いたチェチーリアが、ベンジャミンの後をついて行こうとするのを呼び止める。
「チェチ、このお菓子ナーシャに持って行ってあげて。きっと明日の準備で根詰めてると思うから」
「りょうかーい! あ、さっきのお話もついでに伝えてくるね!」
そうして二人が執務室を去るのを見送った後、閣下が切り出した。
「それで、部下にも聞かせられん話とはなんだ」
「チャールズ・アドルナートが、地の神ゴルゴンから召喚者について聞きだしました」
前置きなしの報告に、閣下の目が鋭くなる。僕は普段の笑みを消して、閣下の顔を真っ直ぐに見据えた。
「『毒殺師の後継者』――召喚者は、そう名乗ったらしいですよ」
その名を聞いたドラーツィオ侯爵閣下の顔が、憤怒に歪んだ。
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