三百年前の真実⑥
「どういう事ですスフォルツァ女史? 毒殺師が暴虐王に毒を盛った理由がカンタリスって」
スフォルツァ女史の言葉に僕――神誓騎士団団長アンドレアス・グランドーニは、
「ニャーン?」
カンタリスはいぶかし気な顔のまま首を傾げて僕を見返した後、隣に座る彼女の主人――チャールズを見上げる。
「うん、多分ご存知だと思うけど、そこから今の話に繋げるのは無理だと思う」
「ニャッ」
「えっどういう事チャールズくん」
チャールズは困ったような顔でこう言った。
「カンタリスが言うには、『ボルジアが暴虐王を
「んー……この面子の中で僕だけボルジアさんと面識ないからねえ。もう少し手掛かりが欲しいかな」
全く話が見えない僕に、チャールズが言葉を付け足す。
「グランドーニ卿は、ジャンニーノからカンタリスについてどのように聞いていますか?」
「カンタリスの事? えーと確か、古代精霊で、土の神と
そこまで言って、僕は言葉を失った。
疫神、すなわち――病の神。
今までの話とは比にならない程の、不吉な予感に身体が強張る。これは多分、知ったら後悔する話じゃなかろうか?
「あのースフォルツァ女史……」
「ふむ、お察しいただいた所で恐縮だがグランドーニ卿。今後の国防のためにも是非、この話は耳に入れておいていただきたい」
何とか話を聞かずに済ませたいという願いもむなしく、スフォルツァ女史が僕の退路を塞ぐ。
――そうだね! 国防の話だったら僕は立場上、聞かなきゃいけないね!
――でもちょっと、コレは……勘弁してほしいなあ……
そんな僕の葛藤などお構いなしに、スフォルツァ女史は淡々と語り始める。
「暴虐王ロマーネルが灰死病の打開策を求めて、ダンジョン攻略に乗り出し、そこで治療薬の手掛かりを見つけたことは先程チャールズが話した通りだ。
では、その『手掛かり』とは何か」
――これは、腹括るしかないかあ……。
僕は今すぐ部屋を飛び出したい衝動を
「ロマーネルは最初、王国内で確認されていた全てのダンジョンに兵士を送り出した。
しかしその中で、攻略に向かった兵士の実に九割が灰死病に罹患したダンジョンがあったのだ。
ロマーネルはそのダンジョンこそが灰死病の発生源であるとし、探索を進めさせた」
ダンジョンの中には高濃度の魔力が渦巻き、時間の流れすら無視されるほどに自然法則が歪んでいると聞く。未知の病の一つや二つあったっておかしくはない。
そもそも、ダンジョンとは――……
「そして十三回目の探索で、本隊からはぐれた一人の若い薬師がダンジョンの最奥に辿り着いた」
ダンジョンとは、魔力が多く溜まる土地や遺跡に強大な精霊や魔獣、あるいはその眷属が棲みつく事で形成されるものだ。
「その薬師は最奥に住まうダンジョンの主――『あらゆる毒と病の精』と契約を交わして、彼女から灰死病の何たるかを聞き、その特効薬を開発するに至ったのだ」
強大な精霊――人の神グラーテが人だった頃から存在する古代精霊は、まさにその最たるものだ。
僕は大きく息を吐き、どうにか喉の奥から言葉を絞り出した。
「………………つまり、灰死病の原因って……」
全身が『この事実を認識したくない』と訴える中で、辛うじて目だけを正面のソファに向ける。
「ニャーン」
三百年前に人間と亜人の別を問わず、数多の魂を帰らぬものとした灰色の猫は、先程と変わらず涼しい顔で行儀よく前足を揃えて鳴いた。
◆
「ニャーン?」
はて、アンドレアス殿は一体どうなさったのでしょうか。
私――カンタリスは、頭を抱え込んでしまったアンドレアス殿を見やります。私がボルジアと契約を交わした経緯をカテリーナが説明しただけなのに、解せません。
三百年前。私がダンジョンに迷い込む獣の魔力を分解・吸収するための術式が『灰死病』と名付けられました。
ボルジアが言うには、私のダンジョンはロマーネルが兵を出すまで、長らく人が訪れていなかったので、恐らく術式を浴びて生きたまま外に逃げ出した獣から広まったのではないかとの事です。
ボルジアが私と作った薬『ハオマー』によって治療が進み、私もダンジョンから離れたために、今ではこの病にかかる者は誰もいません。
だから正直、理解に苦しみます。
『坊ちゃま、坊ちゃま。どうして三百年も前に終わった事が、今もまだ問題になっているのでしょうか?』
「……認識の違い、かあ」
答えになっていない答えを返したチャールズ坊ちゃまも、私をいささか遠い目で見つめております。首を傾げると坊ちゃまは苦笑して、私を膝に招きます。
「カンタリス。『あらゆる毒と病の精』であるお前にとって、生き物が死ぬのは当たり前で、何の感慨もないのだろう」
『ええ、そうあるのが私ですので』
私はあらゆる毒と病の精霊。
毒とは、病とは、全ての生きとし生けるものの身体を侵し、蝕み、殺すもの。
そのようにして増えるもの。そのようにして生きるもの。
『あらゆる毒と病の精』たる私は、そうあるように生まれた時から定まっているのです。
チャールズ坊ちゃまは、少し寂し気な笑みを浮かべて言いました。
「でも人は、死を恐れる。とりわけ、為す
『そういうものですか』
「うん。もし灰死病の原因がお前だってことが多くの人間に知られたら、みなお前を恐れて、心ない行いをしてくるかもしれない。だから三百年前の話は、ここにいる俺たちだけの秘密だよ」
『坊ちゃまがそう仰るのでしたら』
私がそう言うと、坊ちゃまは私の頭を優しくひと撫でして下さいました。
「カンタリスとの認識の共有は、どうやら済んだようだな」
「はい。続きをお願いします」
坊ちゃまの言葉に頷いたカテリーナは話を続けます。
「カンタリスと契約したボルジアは、ロマーネルの
だが、とカテリーナが厳しい顔つきで言いました。
「『ハオマー』を作り上げ役目を終えたボルジアに、ロマーネルはある要求をした。チャールズ、君は聞いているかね?」
「聞いてはいませんが、想像は出来ます……カンタリスの力を、欲したのですね」
カテリーナが無言で続きを促し、坊ちゃまが言葉を続けます。
「灰死病と特効薬開発のためのダンジョン攻略、そして侵略戦争。
多くの死者が出て食料の生産が大幅に減る一方、ダンジョン攻略と戦費、そして特効薬の開発と流通のための出費がかさみ、当時の経済は破たん寸前。
すぐにでも金策を行わなければ、大量の餓死者が出て国が滅びてしまう状況でした」
「そこに、カンタリスがどう絡んでくるんだい?」
いつの間にか復活していたアンドレアス殿からの問いに、坊ちゃまが頷いて答えました。
「当時、灰死病の特効薬『ハオマー』を作れるのはスティーヴァリ王国のみ。自分の臣下である師匠と契約していたのは、灰死病の原因となったカンタリス。
暴虐王ロマーネルは、カンタリスの力で近隣国に灰死病を流行させ、
……そして、師匠はそれを許さなかった」
チャールズ坊ちゃまはここで一度言葉を切り、改めて二人の顔を正面から見据えます。
「王としての強権を使われれば、仕える立場の師匠に断る
王の下を離れたとしても、追手が掛かればいくらカンタリスが居ても逃げきれない。
だから、師匠は毒を盛ったのです。
自分の薬と
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新連載、始めました!
『どうやら俺は乙女ゲームの世界で汚れ仕事をしていたらしいです』
https://kakuyomu.jp/works/16816700426459762964
気楽に読めるお仕事物……のはず。毎週火曜日20:00の週一のんびり更新になります。
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